「銀ちゃん!ジャンプ解くなって言ったじゃん!」
「いや、メゾギンが気になってよ。コレは仕様が無ぇって」
「収集車行っちゃうよ!銀ちゃんの馬鹿!!」
古紙回収の朝…2〜3回に1回は、銀ちゃんがジャンプを解いて読み返してしまう。
今日なんかは特に、もう収集メロディーが聞こえてきていたので、また次の回収日を待たなきゃいけない。
私は落ち着かないので、銀ちゃんがそこかしこに置きっぱなしにしたジャンプを1冊づつ拾って行く。
「ー」
「なぁにー?」
ジャンプから目を離さないまま銀ちゃんが呼んだ。
「お前さぁ…いい加減、“お父さん”とか呼べよ」
息が詰まる。胸も少しだけ苦しくなる。だけど、泣くわけにいかない。
少し息を吸って、気付かれないように吐き出した。
「ジャンプ読みながら軽く言うような要望は聞きませんよーだ」
「馬っ鹿、お前、俺は八割方マジメだぞ」
「じゃあ、後の二割はおふざけ?」
「照れ隠しだっつーの。本当可愛く無えな、お前。反抗期か?」
「ジャンプ読みながら説教されりゃ、反抗したくもなるよ!」
銀ちゃんは、私を育ててくれてる。
育てて貰ってありがたいと思うけど、やっぱりカチンと来ることはあるワケで…。よくこんな他愛も無い言い合いをする。
3年前、お母さんが駆け落ちしてどうしていいか分からなかった所を、母さんの元彼だった銀ちゃんが引き取ってくれた。少し年が離れてるくらいなのに。
そして、私は銀ちゃんに肉親としてではない感情を持ってしまっている。倫理的に、もうアウトってくらい好きだ。きっと困らせてしまうから私の気持ちは言うつもりもない。“お父さん”と呼ばないのは、私の恋心から来るささやかな抵抗だったりする。
銀ちゃんが確保してるジャンプ以外を回収して、再び紐で結わえようとしたら銀ちゃんが中途半端に切った為か上手く縛れない。仕方ないので新しい紐を取り出そうと押入れを開けたら…猿飛さんが居た。
「ぎゃっ!」
心臓止まるかと思った。こんなことは初めてじゃないけど、いつもびっくりする。
「おはよう。」
「おはようございます。…いい加減、玄関から入って来れないんですか…?」
「愚問ね…私はリアルな生活を覗きたいのよ。玄関から入ったら貴方達、自然な生活出来ないでしょう?」
猿飛さんは、さらりと犯罪チックな言葉を吐いた。ううん、もう犯罪だと思う。
「盗聴とか止めて下さい。犯罪者」
「ふふ…その言い方、中々いいわ。さすが銀さんの娘!」
猿飛さんが、少し顔を赤らめて微笑んだ。うう、Mっ娘に免疫無いから鳥肌が立つ。
でも…嫌悪したのはきっとそれだけじゃ無い。
「、何ぶつぶつ言ってんだ!ジャンプ読めねえだろーがァァァ!」
銀ちゃんがジャンプを持ちながらこっちに来た。猿飛さんの顔がますますうっとり顔になる。
素早く猿飛さんが押入れから飛び出そうとしたので、とっさに眼鏡を奪った。
「銀さアァアアん!!」
予想通り、銀ちゃんへ向かって猿飛さんが抱きつこうとする。
「うぉっ!?」
銀ちゃんは避ける。私はやっぱり、ほっとしてしまう。
「それ、俺じゃねーよ!」
「ふふふ!意地っ張りなんだから。この攻めは銀さんだって、分かってるんだゾ!」
猿飛さんの抱きついたものは定春で…噛み癖のついてる定春は猿飛さんの頭を咥えて放さない。
粘着質に心を覆っていた思いが治まっていくのと同時に、少し寂しい気持ちに気付いてしまった。今、ここにいたら、惨めな思いをする…。
「私…バイト行ってくるね」
「昼からって言ってなかったか?」
「前残業があるから。いってきます!」
「あ、おい朝メシは!?」
銀ちゃんの呼びかけや騒がしい猿飛さんの嬌声を尻目に、よろず屋を飛び出した。
バイトまで4時間位あるのに、家を飛び出してしまった…。団子とお茶を買って、土手に座って川を見ている。
お母さんは、駆け落ち相手がどうしようもない位好きで、仕方無くて行動を起こしてしまったのかな。
お母さんが居なくなって、お父さんも元々居ないし、すごく寂しい子供だった気がする。銀ちゃん曰く、まだまだ私はガキなんだそうだけど。よろず屋に来て、銀ちゃんと一緒に暮らすようになってから1人で過ごす事の方が珍しくなった。だから、満たされてるんだと思ってた。神楽ちゃんも、新八君も、大家さんも気持ちのいい人だし。お金は無くても、バイト代が全て生活費に消えようと別に良かった。
今でも覚えてる。銀ちゃんが引き取ってくれると知ったとき、実はとても複雑な気持ちだった事。
お母さんと銀ちゃんが別れた後も、お母さんが仕事行ってる時に銀ちゃんを訪ねては遊びを強請った。最初のうちは別れた女の娘だから、気まずそうな顔をしてたけど、その内そんな顔もしなくなって、何だかんだで仕事の無いときは側に置いてくれた。
今まで、お母さんの彼氏はいっぱい知ってる。でも、二度と会えないなんて嫌だと思ったのは銀ちゃんだけ。
私は、その時から銀ちゃんを好きだったんだ。
川は海や色々なところと繋がってるから、お母さんも見てるかなと思ったら、昔の事を思い出してしまった。天気がいいから陽射しは強く、私は徐々に汗をかいていく。暑いかもしれない。
いきなり視界に陰が出来て少しほっとする。見上げると、神楽ちゃんと新八君と定春が居た。
「、何やってるネ」
「…お茶。あ、猿飛さんは?」
「銀さんに押し付けたよ。」
…ってことは、今二人きりで…?
「ぶふぉっ!」
神楽ちゃんが軽く(といっても新八君はものすごく痛がってるけど)新八君をどついた。
「、気にすることないアル。銀ちゃんはジャンプから目を離さないヨ。」
神楽ちゃんのこの反応…私の気持ちはバレてしまってるのかな?
「何すんだよ、神楽ちゃん!」
「空気を読めって合図ネ」
「そんな合図聞いた事ねーよ!!」
ギャアギャアと新八君がわめいた。…賑やかだから、私は、毎日必要以上に落ち込まないで済んでいるのかも知れない。
「新八。お前、定春連れて散歩行って来いヨ」
「ちょ、何言ってんの!?」
「乙女の青空教室ネ。ヤローはちょっと外れてて欲しいアル」
「1人だけ散歩サボ…ぎゃああぁああ!!」
定春が、新八君を咥えて引き摺っていった。
「邪魔者は居なくなったネ。」
神楽ちゃんは横に座って、団子を手にとった。
「は、銀ちゃんに好きって言わないアルか?」
「言わないよ。」
好きって言えるなら…普通に言える間柄だったなら、お母さんと銀ちゃんが付き合ったりしてなかったら…何回も思ったことだ。
「でも、は言いたがってるように見えるネ」
「そんなことないよ!一応、お父さんみたいなものだし」
神楽ちゃんが、お団子を一気に頬張った。
「それに…お母さんの元彼だから、言ったら銀ちゃん困っちゃうよ」
神楽ちゃんがお茶を一気に流しこんだ。
「ぐだぐだ言ってんじゃないアル」
「え…」
「は気付くのを待ってるネ。でも、銀ちゃんは気付かないフリをするヨ。銀ちゃんは、そんな男アル」
「そ、それは思ってない…」
気付かれているかも…とは思うけど、気付いて欲しいとは思ってないのだ。
「思ってるネ。」
神楽ちゃんが立ち上がった。
「いんじゃね?親子どんぶりって言われても。のマミーは、もう昔の女ヨ」
遠くで新八君の悲鳴が聞こえた。声の方向を見ると、定春が突っ走ってリードに捕まって引き摺られる新八君が見えた。あれは、相当キツイ。
「団子、ごっそさんアル」
そう言って、神楽ちゃんは定春達の方向へ走って行く。空っぽになった団子屋の箱を残して…。
その時、私のお腹が盛大に鳴いた。
「朝ご飯…食べてないや」
今日は帰りにご飯を買わなきゃいけないから、また団子を買うお金は控えたい。でも、仕事場の休憩室でバイト始まるまで長時間は休めないし…やっぱり川を見ていよう。
さっきより陽射しが強くなってきた。何となく、河原の長椅子を見ると、恋人達と思われる人が座っている。
手を繋いで、時々、隠れるようにキスしながら…いや、屋外でする位だから隠れてしてないな。とにかく仲睦まじい。
いいな…私は銀ちゃんと、あんな風に指を絡ませて手を繋いだ事がない。この先も無いんだろう。
「いいなぁ…」
「良かねえよ。」
いつの間にか銀ちゃんが、隣に座っていた。
「なーにサボってんだ。ウチの生活はに掛かってんだぞ」
「娘の給料を当てにする位なら仕事しなよ…」
自分で“娘”と言って、少し苦しくなる。
「仕事来ねえんだよ。無いもんは仕方ねえだろ。さあ、どーする?」
「…頑張るよ、バイト」
銀ちゃんが、頭をボリボリ掻き出した。
「おまえ…そういう時は“お前が働け”とか言い返せよ。んな考え込むな。」
「うん…」
「あー、俺心配だわ。ロクでもない男には引っかかんなよ」
「私に生活費殆ど出させてる銀ちゃんは、ロクな男なの?」
「その辺は気にするな」
…銀ちゃんが言うと、いまいち説得力に欠ける。八割方、弛んで生きてる銀ちゃん。でも、時々たまらなく優しい時があって、怒ってくれたり…きちんと、やる時はやる。
再び長椅子の恋人達を見ると、抱き合って微動だにしないで、そのままそこに固まっている。
羨ましすぎて、ため息が出てちゃうよ。
「あんなん羨ましいなんてもんじゃねーぞ」
銀ちゃんが、私のの表情とため息を読み取ったらしく、口を挟んできた。何だか気恥ずかしくて、私はとぼけたフリをする。
「何が?」
「いちゃついてた奴等だよ」
銀ちゃんは、特に表情も変えずに続けた。
「大体、いちゃつくのも厭らしい事も、影でコソコソするから楽しいんだよ」
「お母さんとも、影でコソコソしてたんだ?」
全く。なんて議論を、花も恥じらう乙女に聞かせるんだ、銀ちゃんは。
「…アイツとは、してねえよ」
一瞬、自分の耳を疑う。
「はい?」
「アイツは、男に手ぇ一つ握らせねえで貢がせるのが上手かったからな。あ、でも俺は手握ったぜ」
「え…」
嘘…。だって、今まで何人も彼氏と会ったし、家に呼んだり、朝帰りだって…。
私の中のお母さんは、儚げで頼りなくて、いつかは私が楽をさせてあげるんだって思ってた。
「お前も騙されたクチか」
銀ちゃんは、ニヤリとして私を見る。私は、言葉も忘れて、ただ頷いた。
「ま、子供はいつボロが出るか分からねーからな」
「…そっか…」
お母さんの実情を知らなかったのはショックだけど…銀ちゃんとお母さんが何もなかったってところに、嬉しく思う自分も居た。
太陽が高くなったのに気付き、時計を見る。少し早いけど、出勤したら、休憩室で時間が潰せる程度の時間になった。
少し地面とくっつきつつあったお尻を持ち上げて立ち上がる。
「私、バイト行くわ」
「やっと行く気になったのか?」
元々この時間だったんだけど…説明すると、私のヤキモチについても説明しなきゃいけなくなるかもしれないので、とりあえず頷く。
「じゃ、俺も可愛い娘を送り届けようかね」
銀ちゃんも立ち上がった。
やっぱり、娘って言われたくない。心臓が少し痛くて、締め付けられた気がする。
自分で言う時はいい。少しだけど心構えが出来てるから、まだ処理のしようがある。だけど…言われた時は、当然準備も出来ていないわけで……。
悔しい。だから、私は細やかに抵抗を試みる。
「手、繋ごうよ」
「お前…幾つになったんだ?」
「いいじゃん。たまには。」
銀ちゃんは頭を掻いてから、手を寄越した。
「しょうがねえなぁ」
私は、その手を握る。さすがに指を絡ませる勇気は、今は無いけれど…。
ねぇ、銀ちゃん。スキンシップだけなら、お母さんに追いつけたよね?
銀 魂 一 覧
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2007/6/15