「さーん」
バイトの休憩中、なついてくれる後輩・さんが話し掛けてきた。後輩と言っても、私より年上なのだけど。結婚してて、パートは友達確保の為という羨ましい人だ。旦那様は、相当儲けているらしい。
「暗い顔して、どうしたの?」
暗い顔…ね。
どうすれば銀ちゃんは、私を女として見てくれるのか考えてたから、そのせいで暗くなってるんだろう。
「女らしくなりたいなー…って思いまして」
私が答えたら、さんが目を輝かせて詰め寄ってきた。
「うっそ、さん、女らしくなりたいの?!じゃあ、今日、飲み行こうよ!奢るからさ」
「や。お酒は、ちょっと…」
「いーのいーの。お酒以外にもジュースとかお茶もあるし。ね、君も行きたいよね!?」
丁度、休憩室に入りかけたさんにも、さんはまくしたてた。
「へ?!」
あー…さん、訳分からないって顔してる…。
「今日、夜は予定無いでしょ?飲み、いいでしょ?」
「そりゃ…無いっすけど」
決め付けられて、でも、それが当たって気まずそう。
「うん。じゃあ、終わったら、ここ集合ね。」
*………*
仕事が終わったので、店の電話を借りてよろず屋に電話をした。
“はーい、よろず屋銀ちゃんです”
この、やる気の無い声は、間違えようがない。
「銀ちゃん。」
“おう、。どうした?残業か?”
「違うけど…今日、職場の人の呑みに付き合う事になっちゃって」
“おいおい…お前、未成年だろ。帰って来い。帰って来たら、もれなくイチゴ牛乳飲んでいいから”
「飲まないもん。お酒も飲みません」
“そうじゃねえって。女が夜遅くまで出歩くのが危”
「おまたせー!ほら、さん、君行くよ!」
銀ちゃんのお説教途中で、さんが割って入ってきた。
「あ、はい。じゃあね。お土産、買って行くから」
“ちょっ…、飲みって男居んのか!?おい、ーーー!?”
銀ちゃんの叫びを無視して受話器を置いた。お母さんが居なくなってから、銀ちゃんは過保護気味だと思う。それはきっと、責任感やら、父親として心配だとか…そんなところなんだろう。
少し、胸が痛い。辛いなあ…。
店を出たら日は落ちていて、ネオンがきらびやかだ。
「ちゃん、大丈夫?もしかして体調良く無いとか…」
さんが、心配そうに覗き込んでくれた。
ああ、駄目だ。辛気臭いのは駄目だ。
「大丈夫です」
私は、慌てて笑う。
そしたら、先を歩いてたさんが振り向いて話し掛けてきた。
「ちょっとー、オバサンを仲間外れにしないでよー」
「いや、仲間外れなんてしてませんよ」
さんが、慌てて反論した。
「まあまあ。さんと二人きりで話したくなっちゃうのも分かるけどねぇ…」
「えっ、そ、そんな事…」
さんは、いつもバイト仲間からいじられてる。可愛いキャラって言うのかな。すぐ困惑したりするのが、加虐心を煽るのだと、店長が言ってた。今だって、顔を赤く染めちゃって。せっかく大人っぽい、スクエアの眼鏡が形無しだ。本人いわく“大人な雰囲気を出したくてこの眼鏡にした”と語っていたけれど、やっぱり慌て方は少年ぽい。同じ眼鏡してる人でも、新八君とは、ちょっと違うな。
もし、さんと銀ちゃんを会わせたら虐められまくるかな。銀ちゃん、かなりSだし。さんみたいな人は、気に入っちゃうかな。
私は虐め甲斐が無いから、銀ちゃんに女として見て貰えないのかな…。
「ついたよー!…ちょっとー!さん、これから騒ぐんだから、楽しまなきゃ損だよー?」
「は、はい!」
さんの言葉で、顔を上げる。
顔をあげたら…予想だにしてなかった種類のお店の名前がでかでかと書かれていた。
“かまっ娘倶楽部”
「あの…さん、ここって」
「私のお気に入りの店」
「いや、奢りって言ってたけど…悪いですよ。高いですよ」
それに、奢りじゃなくても様々なサービス料がかかるんだろうし、こういう所は年齢制限がある事が多い…あ、ギリ大丈夫だ。まだ中々、この年齢に慣れない。
「平気!私、玉の輿だから。それに、ちゃんの分は君と割り勘だし」
「え?!聞いてないっすよ!」
「尻の穴の小さい事言わなーい。ほら、行くよ」
さんが率先して、かまっ娘倶楽部に入ったので、慌てて私も後を追う。さんも、小走りで店に入って来た。
「いらっしゃいませ〜…ってちゃん!久しぶりじゃな〜い」
「あずちゃ〜ん!会いたかった〜」
さんは、ボブにもショートにも見える髪型をした、ちょっと顎のシャープなお姉さん…?と抱擁をした。
「も〜、旦那出来たら、すっかりお見限りなんだからー!」
「ごめんって!そのかわり、今日は友達連れてきたから」
さんが私たちを指したら、あずさんは会釈をして、私とさんの手をとった。
「ようこそ、かまっ娘倶楽部へ。ちゃんのソウルシスターのあずみでぇ〜す。ちゃんてば、こんな可愛い子たちならもっと早く連れて来て欲しかったわ〜」
“可愛い”…私は女だから、まあ社交辞令もあるとして…。こんな大人っぽいさんも“可愛い”って言われる…。不思議だなあ。
「あずちゃん、この娘、女らしくなりたいんだって」
「ま〜!見上げた娘ねっ。今日は、女道について語るわよ!そこの坊やもね」
あずみさんがウィンクをさんに向けたら、さんは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「ちゃん、何にする?」
あずみさんがメニューを見せながら、聞いてくれる。
「冷緑茶がいいです」
「俺も緑茶で…」
「なぁ〜に言ってんのかしら。ボウヤは成人してるでしょ!ちゃんのキープボトル片付けなさい」
「えぇっ?!」
さん…こんな時まで、いじられちゃって。
「ちゃんは、鬼嫁?」
「ううん。今日は死神」
「ま!お目が高い事!さすが玉の輿。」
「ありがとう〜!モノを見る目は、ありまくりだから!」
さんは、いつもより生き生きしてる。
さんみたいに、はきはきとした人は憧れる。
「じゃあ、今日は盛り上がるわよー!」
あずみさんが、威勢よく注文をしだした。
*………*
私が、緑茶を飲む傍らで、さんが泣いている。好きな子が居るらしく“アピールし続けてるのに、ちっとも気付かれない”という事で、かれこれ二十分ほど、お姉さん…?と泣きながら恋の愚痴合戦をしている。かなりの盛り上がりを余所に、私が緑茶を飲み干すと、あずみさんがすかさず緑茶を注いでくれた。
「ありがとうございます」
「いいのよぉ。お仕事だから」
さんは、逞しいお姉さん…?と男について語り合ってる。
「みんな、テンション高いんだからぁ。ちゃん、ついて来てる?」
「はい。楽しいです」
「そう。ちゃんは好きな人、居る?」
「え。何ですか、急に」
「だってぇ、伏せ目が色っぽいんですもの〜。是非、聞きたいわ」
あずみさんは、そう言って日本酒を飲んだ。その姿こそ、艶があると思うんだけど。
「私も、女らしくなりたいから、あずみさんの心掛けてる事、聞きたいです」
「あらぁ〜、じゃあ教え合いっこね。」
あずみさんが残りの日本酒を飲んだので、空になったお猪口に日本酒を注いだ。
「あら、ありがとう。そうねぇ…私は、ママの口癖が好きよ。“女より気高く、男より逞しく”って。いばらの道を歩くには、相当な覚悟が無いといけないと思うの。だから肝に銘じてるわ」
「それは今の道が、いばらだって事ですか?」
「ええ。いつか薔薇が咲くのが楽しみ」
あずみさんは、そういって、可愛らしくお猪口に口をつけた。
…私も、こんなふうに、お酒飲めたらなあ。
「ちゃんは?」
「え?」
あずみさんが急に話し掛けてくるものだから、驚いてしまった。
「ちゃんの恋の話。女にさっきみたいな目をさせるなんて…ニクイ男ね。」
ニクイ男…か。これまた銀ちゃんにぴったりな言葉だ。
でもなぁ…銀ちゃんの事は何て説明しよう。
“お父さんに恋してる”
“お母さんの元カレ”
どっちも、言いにくい。
「ちゃん、そんな怖い顔しないでぇ」
眉をしかめながら悩んでると、あずみさんが注意をした。
「ワケありかしら?」
たしかに、私と銀ちゃんの“今”は様々なワケによって成り立っている。
それによって今、一緒に居られるのだけど、身動きがとれなくなってるのも事実だ。
「…ワケありです。好きと言っては、いけない人を好きなんです」
銀ちゃんは一番近くにいるけど、父と子という時点で、恋い慕う私からは遠い存在だ。銀ちゃんを困らせたくない。でも、好きと言いたい。出来れば、銀ちゃんの傍で一生暮らしたい。
一緒に居たいだけなら、娘のままでいいだろう。だけど、銀ちゃんに彼女や奥さんが出来るのは嫌。娘として振る舞っているのだって、正直なところ辛い。今まで数え切れない位の嫉妬を、お妙さんや猿飛さんにして来た。
娘じゃ、満足出来なくなってる…。
やばい…泣きそう。隣のさんの鳴咽が、余計に私の涙を誘う。
「ちゃん…」
あずみさんが、涙目になりつつある私の肩を抱き寄せてくれた。
「ごめんなさいっ!お酒、まずくなりますよね」
慌てて袖で涙を拭く。そしたら、あずみさんがハンカチを差し出してくれた。
「馬鹿ねぇ。そんな事気にしなくていいのよ。それを言ったら、ボウヤも泣いてるじゃない。」
ああ。たしかにさんの泣きっぷりは凄い。泣き上戸なんだなぁ…。
「そんなに想ってるのね…彼の事」
あずみさんが優しく頭を撫でてくれたので、私の涙腺が刺激された。
「はい。…近くに居るけど、好きって言えないし…。そのうち、彼女や奥さんが出来たらと思うと…堪えられなくて」
ボロボロと涙をハンカチに含ませながら、不安を言ってみた。
嫌だ。嫌だよ。私以外の女とくっつくなんて嫌だったら嫌だ。銀ちゃん、父親でもいいから、独り身のまま傍に居てよ。
なんて自分勝手な思考。
…もしもあの時、銀ちゃんに引き取られなかったら。
…もしも、お母さんが駆け落ちしてなかったら。
こんなに悶々とせずに済んだのかな…。
“もしも”程、不毛なものは無いと思うけど…だけど考えてしまう。
「ねえ、ちゃん」
「はい。」
鼻をすすりながら、返事をする。あずみさんは穏やかな顔をしている。
「愛の形は色々あるわ。私は最終的に、ちゃんが後悔しない形の愛が手に入れられれば、それでいいと思う。今は、足掻きなさいな。足掻いて許される歳なんだから」
「あずみさん…」
「それにね、泣いてもいいのよ。泣きたくなったら、ちゃんにぶちまけちゃいなさい。もちろん私も、ね?薔薇を咲かすには、雨だって必要よ」
今まで人に相談するということをしてなくて、肝心な大きな不安を吐き出した事がなくて…いつも気分が下降気味だった。むしろ、こういった話は聞いてていい気分にならないだろうと思って、進んで話さなかった。
「…こういう話って、暗くなりませんか?」
「もう!ちゃんは気にしすぎよぉ。皆、お互い様。そういうのって巡り巡って均衡がとれてるものよ」
あずみさんが、笑顔で世間を力説して頭を撫でてくれたので、私は余計に泣けてきた。
自分の負の部分を肯定して貰うのって、すごく癒される…。
*………*
それから、一通り不安を吐き出した後、ショウを見て楽しい時間を過ごした。
あずみさんの三味線ソロは特に凄くて、終わった瞬間に思わず拍手をしてしまった程だ。恰好よくて美しかった。音も姿も。
普段溜まり切った苛々が、この二時間で何処かへ消えてしまった気さえする。帰りに、お店のパンフレットを貰って、お店を出た。本当に清々しい。
…さんが酩酊状態なのを除いて。家の所在を尋ねたら粗大ごみ置場を指さしたので、かなり困った状態だ。
「どうしようか…うちは旦那帰って来てるし…ここに置いてく?」
「え!?駄目ですよ!」
さんが、とんでもない事を言い出したので慌てて反対する。それを見てさんは笑った。
「冗談〜。でも、住所分からなかったら、タクシーも乗せられないしなー…」
たしかに…。住所を特定出来るものが、さんの荷物に見当たらない。かといって、ここに置いて行って、さんが犯罪に巻き込まれるのも困るし…。バイト先には寝泊まりする道具は無いし。
「じゃあ、うちに泊めます。ここから遠くないし」
「え…でも、女の子なのに、それはまずいって。旦那に話してみるよ」
「大丈夫ですよ。家族居るから、まずくないです。親は親でよく酔っ払ってるから、人の事言えないと思います」
さんの平穏な新婚生活を、こんな事件で揺るがしたくない。それでなくても、新婚の奥さんが遊んでるような時間じゃないと思うし。もし、銀ちゃんが泥酔したり飲みに行ったとしても、神楽ちゃんと定春は居るはずだ。
それを言ったら、さんは安心した顔になった。
「そう?ごめんね…。じゃあ、タクシー一緒に乗ろう。私、運賃出すから。」
「いや、でも…」
「いいの。付き合って貰って楽しかったし。君の介抱も大変だろうしさ。これくらいさせて」
そう言いながら、さんは手を挙げた。すぐにタクシーは私達の前に停まる。
もう来てしまったので、乗るしかないだろう。
「…じゃあ、お言葉に甘えて。」
さんをまず押し込んで、続けて私たちが乗り込んだ。
さんが行き先を告げたので、私も慌てて続く。
「スナックお登勢まで。あ、その前に、コンビニにも寄って頂けますか」
「かしこまりましたー」
運転手さんがドアを閉めて、発進した。
コンビニで銀ちゃんと神楽ちゃんに、約束のお土産を買って行かなきゃ。
「さん。」
さんが、話し掛けて来た。
「はい」
「あずちゃんと話してた事、聞いちゃったんだけど…私で良かったら吐き出してね。」
さんは、にっこりと私を見てる。だけど、すぐに、慌てた様に付け加えた。
「あ。口が軽そうだとか思うなら、“この野郎”とか“馬鹿野郎”とかだけでいいんだよ?!私、さんのこと恋愛以外で好きだからさ」
口が軽そうとか…そんな事は思ってなかったけど…。でも、落ち込んでるのを心配してくれたんだよね。
それが嬉しい。
「ありがとうございます」
「いいえー。あ、パンフレット見ようよ!私、実は初めて貰ったんだよね」
「はい」
貰ったパンフレットは三つ折りで、開くとショウ様子やオカマさんのインタビューや、オススメのメニューとかが載っていた。
「うわー、あずちゃん写ってるよ!」
「え、どこですか?」
「三味線弾いてるやつ。」
「本当だ!」
あずみさん、色っぽいなあ…。
…あずみさんの近くの踊り娘が、やけに見覚えのある…。いや、疲れ目かな?
「うわ。この人達、可愛い〜!今度、しっかり見ておかなきゃ!」
さんは、私が幻だと思おうとした所を指してにこやかに言い放った。…さんに見えるなら…本当に写ってるんだよね。
銀ちゃんと桂さんが女の子の格好してるところ。
桂さんらしき人が一緒ってところが、否応なしに銀ちゃんだろうという断定に繋がる。
お母さん。私の恋は…沢山の暗雲を伴ってる気がするんだけど。
ううん、気のせいじゃあないね…。
銀 魂 一 覧
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2007/11/24
「死神」っていう日本酒はあります!
「死神を追い払ってしまう」という願いが込められているらしいです。…私も一度しか呑んでなくて、うろ覚えなんですが・汗。
でも、美味しかったですよ!