「まあ。じゃあ、ちゃんは勝負パンツを持ってないの?」
よろず屋に来たお妙さんと、お茶を飲みながら世間話をしていたらこんな会話になったのが二日前。
お妙さんが昔、下着泥棒にあった話からそんな話になったのだけど、私が綿のお子様パンツくらいしか持ってないと言ったら心底驚かれたのだ。
「じゃあ、次の休みに一緒に買いに行きましょうか、勝負パンツ」
「ええっ!?」
「銀さん、男親だからそういう所まで気が廻らないのね…。大丈夫、大人の女の世界はそんなに怖くないわ」
お妙さんは、私の話を聞かないような感じで話をすすめてしまった。
*………*
で、まあ今日私は下着屋にお妙さんのほかに、さん、神楽ちゃんと一緒に来ている。
さんに話したら「私も行く!」と言い出したので断れず…。出かける前に神楽ちゃんに見つかって「連れてってヨ!」とせがまれ、またまた断る訳にも行かず…。
この女傑たちの前では、ただただ“無難なパンツが買えるように…”と祈るばかりだ。
お店の中は可愛い下着が一面に並び、見てるだけで幸せな気分になって来る。
こんな下着に包まれたら、きっと可愛い気分で一日過ごせるんだろうな…。
「。このパンツ面白い形してるヨ」
神楽ちゃんが、可愛い小さな花の飾りのついたパンツを持ってきた。
これといって変なところは無いような気が…。したけれど、広げた瞬間にそれは崩れた。
クロッチの部分に、キレイに縦スリットが入っているのだ。私が言葉を無くしていると、神楽ちゃんが不思議そうに尋ねてきた。
「これ。この形は、何の意味があるネ?」
「さぁ…私も分からないなぁ」
何の為だろう…。一々トイレの度にパンツを脱ぐのは面倒だという人の為だろうか?だって、着物は本来ノーブラ・ノーパンで着るものだから、年輩の人たちは脱ぐ習慣が無いだろうし…。でも、そこまでして履くかなあ…?
まあ、とにかく私は、脱ぐのは面倒では無いので必要ないと思う。
「これはさんにはまだ早過ぎるよ!てか、キレイなさんのままで居て!!」
さんが、えらい勢いでパンツをひったくった。
「、そのパンツは何で穴が空いてるカ?」
「…直接的な表現は控えるけど…夜の為にあるパンティよ!」
……何か、今ので分かっちゃった。さんが、顔を赤くしてパンツの穴に指を通しながら言うんだもの。
「夜?寝ぼけて、トイレでパンツ脱ぎ忘れた時、大惨事を防ぐ為アルか!?」
「……ま、そう言う事にしといて」
さんの気まずそうな顔を余所に、神楽ちゃんは興味深げに穴空きパンツを広げて眺めている。
「さんは、何かいいパンティ見つけた?」
さんが、気分を変えるべく話し掛けて来た。
「あ…私は、こういうプリントが…」
近くにあった、薄紅地にさくらんぼと桜の花がプリントされた、いたって普通のパンツを手にとって広げてみた。
今までの、綿パンよりはグッと大人っぽいと思う。
「…えぇ〜!?」
さんは不満だったらしく、意外そうな声を上げた。
「勝負パンツなんでしょ?もっと思い切らなきゃ!」
「いや、勝負も何も…気合い入れなきゃいけないような事や、戦いも無いので…」
私が弁解をしていると、さんは耳打ちしてきた。
「またまた〜。同じ家で暮らしてるんでしょ?なら、毎日が戦よ」
さんの言葉に、銀ちゃんを思い出してしまった。
こういうパンツ一枚で…銀ちゃんの前に?いやいやいや、無理!恥ずかし過ぎる!
そして、どん引きされそう…。
そんな私を余所に、さんにパンティを握らされた。
「広げてみて?」
言われるまま広げてみたら…Tバックぅぅぅ!?
しかもフロントとクロッチ部分以外、殆ど紐っぽい!
「なっ…、さんっ!?」
「勝負パンツは、いわば起爆剤!それくらいでもいいのよ〜」
いや、それは付き合ってる男女間の話では…!?
どぎまぎして、中々、Tバックをたためない。
「あら。ちゃんには、まだそれは早いんじゃないかしら?」
「きゃ!」
後ろから、お妙さんに話し掛けられて悲鳴をあげてしまった。
振り返ると、お妙さんはやっぱりにこにこしながら、だけどパンツを握って私に差し出して来た。
ずずずい、と。
「ここはやっぱり、ちゃんのウブな雰囲気を殺さない勝負パンツを選ぶべきだと思うの。」
「いや、あの、勝負する人は居な…いえ、何でもありません」
お妙さんの笑顔は、目の前で見るとたまに何も言えなくなる。
黙ってパンツを受け取って広げたら…。
紐パン。しかもちょっと、カバーしてる面積少なくない?
可愛さをアピールする為か、申し訳程度にリボンと控えめなレースはついているけど。
………私、まともな日用パンツを奨められてない気がする…!
「ー!これ、買うといいヨ!脱ぎ忘れの心配が無いネ」
神楽ちゃんの手には、穴空きパンツ。
「たまには、過激なパンティもいいじゃない!絶対、こっちだって!」
さんの手には、Tバック。
「ちゃんには、可愛らしいパンツがいいと思うわ」
お妙さんの手には、紐パン。
みんな、良かれと思って奨めてくれている。
これらを断るなんて…出来ない。そして、怖い。
人付合いでは、たまに、使わない物に対してお金を使わなきゃいけない事もあるんだろうな…。大人になれ、よ!
「…じゃ、じゃあ、全部試してみます…」
*………*
「ただいま…」
「帰ったアル」
結局、三枚とも買ってしまった。多分、履かないのに、大出費だ。
お店の人は、可愛らしい紙袋に、あの過激なパンツ達を丁寧に入れて、おまけで香水の試供品を入れてくれた。甘い匂い…バニラかな。
「定春ー。散歩行くヨ!」
定春は、待ち兼ねていたらしく、嬉しそうに神楽ちゃんに寄って来た。
定春と目が合う。
いや、目が合ったのではなく、定春は紙袋をじっと見ている。
…もしかして、お菓子が入ってると思ってる?
その通りだったらしく、紙袋に鼻を近づけた。
「さ、定春っ!これは、ダメ!」
焦る。もしも、これを定春が食べて、食あたりを起こしたら医療費もバカにならない。
「そうだヨ。早く散歩終わらせて、夕飯に備えるヨロシ!」
神楽ちゃんは、言うが早いか…定春を力任せに引っ張って出て行った。
「はぁ…」
「帰ったのかー?」
「きゃあっ!」
急に銀ちゃんが、ソファーから身を起こして話し掛けて来たものだから、物凄く驚いた。
もの凄く驚いたのは多分、後ろめたいからで、後ろめたいのは…袋の中身のせいだ。
思わず、袋を強く握る。。
「んな、驚くこたぁ無えだろ。」
銀ちゃんは、大儀そうに立ち上がるとこっちに来た。
「お…。何だ、それ?」
銀ちゃんが、下着の入った紙袋を指して聞いてきた。
「な、何でもないよ!お菓子とかじゃ、間違っても無いから!」
さっきの定春の反応が頭を過ぎって、少し危険な気がした。匂いからしてお菓子っぽいし、そして無駄に可愛い袋だから、お菓子と間違えられるかもしれない。
「何だよ、間違ってもって。そう言うところが、すっげえ怪しいぞ。クッキーか何かなんだろ?見せてみろ」
「だから、違うんだってば!銀ちゃんには、本当に必要ないものだから!!」
「いや、俺は常に糖分が必要だから。丁度、いちご牛乳が切れちまって、落ち着かねえんだよ」
「いちご牛乳って…結構あったのに、飲み干しちゃったの!?」
たしか、家を出る前は殆ど一本残ってたはずだ。
あれを?こんな短時間で?
「いや〜。やっぱ、いちご牛乳は飲み始めると止まらねえんだよな」
「止めなよ!本当に糖尿病になるよ!?」
「はいはい。次から気をつけるからさー」
いちご牛乳で、呆れて気を抜いたのを銀ちゃんは見逃さなかった。
「あっ」
銀ちゃんは、憎たらしくも卑しい笑いを浮かべて、私の下着袋を取った。
「やけに軽いな。パイか?」
「やっ!返して!!」
「ケチケチすんなよ。一つ食ったら返すって。ん?」
銀ちゃんが、袋の中に手を入れて…よりによって穴空きパンツを取り出して、広げてしまった。
あぁー…っ!!
どんどん顔に熱が集まって行くのが分かる。
恥ずかし過ぎて…銀ちゃんの顔が見て居られない!
「…これ…」
やだ!聞かれる事は、パンツについてだって、分かってる…。しかも、声のトーンからして呆れてる。
聞かれても、答えられない。使うつもりも、無いんだもの。
「…これ、預かっとくから。には…まだ早いから…な?」
私がすすんで買ったとか思ってる!?
そんな事、断じて無い!否定しとかなきゃ!
「ち、違うから!人付合いの上で、大人にならなきゃと思って、頑張って買っただけであって…」
「はあ!?お前、彼氏居ないだろ!?そういうのは、焦るとロクな事ねーぞ!」
「何、勘違いしてんの!?別に焦って無いから!失礼な!!」
この後、神楽ちゃんが帰って来るまで延々と言い合いをして、銀ちゃんが穴空きパンツとTバックを没収した。
……ほっとしたような、落ち着かないような……。
お妙さんの選んだ紐パンは、まだ履いてもいいラインって事?
うーん……。
銀 魂 一 覧
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2007/01/08