「無い…無いわぁ」
は帰り道を中腰で、地面を睨みながら歩いていた。
日が沈みきってからも探したというのに、探し物が見当たらない。見つけないと帰れないから、諦めもつかない。

誰かが拾ってそのまま着服したのではないかという考えが頭をよぎった。

「もー…最悪や…」
呟いたの元に影が落ちる。
か」
見上げると同じ学校の、坂田三吉が立っていた。
三吉は息が荒く、汗をかいている。
「三吉…」
「なんや、泣きそうな顔して」
「財布が…」
「無くしたんか」
が力無くコクンと頷く。
「定期も財布の中やし、電話するんも学校まで戻らんと…それまで開いとるかなあ…」
が、しゃくりあげる。
「こんなとこで泣くな。わいが泣かせたみたいやないか」
三吉がズボンのポケットに手を突っ込んで何かを探し始めた。
一瞬、三吉の顔が明るくなり、次にまた眉をしかめて俯いた。
だが次に顔を上げた時は、優しい顔になって、を見つめた。

つとめて優しく肩に手を置いて、もう片方の手をの目の前に差し出した。
「これで足りるか」
三吉の手には五百円玉が乗っていた。
「…ええの」
「言うとくけど、貸しやで」
「…そら、判っとるけど」
「よし、駅まで送ったる。乗れ」
三吉がの前に背を向けてしゃがみこんだ。おぶわれろという事だ。
「嫌や、恥ずかしい」
断ろうとするに、三吉は顔だけ向ける。
「走り込みしとるのに止まってやったんや。重りになるくらい付き合え」
も分かっていた。三吉はピッチャーをしていたので体造りに余念がない。多分、プロに進むだろう。夏の大会が終わってからも変わらない基礎トレーニングをしていた。
通天閣高校に入ってずっと三吉を見てきたから、もそれがイヤらしい意味でない事くらい分かる。
「…分かった。」
が背中に乗ったので、すっと立つ。
「しっかり掴まっとき」
三吉はかなりのハイスピードで走り出した。
三吉はかなりの長身なので、女子では到底体験出来ない視界をは楽しんだ。しかも、好きな人の背中で。



「釣りが出るやろ。電話して迎え来て貰うんやで。もう遅い時間やし」
「うん、ありがとな。明日返すわ」
「頼むで」
を改札で見送ったら、三吉はまたハイスピードで帰っていった。

この日からの長い戦いが始まるのだった…。

次の日、昼休みに三吉を捕まえては500円を返そうとした。
「あー…利子付きなんや。言い忘れとった」
「うわっ。がめついな」
「ええやろ。一日1円でどや」
確かに昨日はとても助かったので、明日返そうと納得した。
財布は昨日帰ったら、交番に届けられていると連絡が来ていた。



その次の日。
「今日は釣りがないから受け取れんわ」
そのまた次の日。
「悪い。今日も釣りないんや」
「ええよ、釣りなくても」
「タダほど怖いもんはないで。受け取れんわ」


またまた次の日。
「うち、今日は小銭たくさん持っとるで」
「五百円玉あるか」
「ない」
「今日は五百円玉が欲しいから受け取れんわ。」



そんなこんなで、三吉は全く受け取ろうとしなかった。
そんなに受け取らないなら、返さなくて良さそうなものだが、はどうしても返したかった。
利子を取りたいのだろう。それでも構わない。
あの時、助けてくれて、心底ホッとした。
それだけで、一日1円の利子は苦痛ではない。



だが、二ヵ月も拒否され続けると焦ってきた。



「三吉っ」
最近、昼休みはを避けて三吉は一人で逃げている。
すごい形相で睨み付けられたのと、見付けられたのとで、三吉は一瞬ひるんだ。
…どないしたん」
「どないした、やないわ。いい加減受け取りっ」
「あー…なんか今日は受け取ったらあかんて、わいの先祖が言うとるわ。大安の日にでも…」
「アホっ」
が、無理矢理に三吉の手をとり五百円玉とピッタリの利子を握らせた。
「うわっ」
三吉がビクっとして、の手から自分の手を離した。
音を立てて、床に硬貨が飛び散る。
「もおぉっ…」
が床を思い切り踏み付ける。
「…
「なんで受け取ってくれへんの…」
俯いたままが怒ったようでもあり、元気もないようにもとれる声で呟く。
「うちは、三吉がお金を大切にしとるのを知っとるから、毎日お鹿バァさんとお金集めとるのも知っとるから…」
の肩が小刻みに震えている。
「だから返したいのに…っ」
が顔をあげる。目から涙が溢れて、顔は真っ赤だった。
「…。ごめんな、泣かせてもうて」
「悪い思うとるんなら、早よ受け取りっ」
そこまで言うと、堰を切ったようには声をあげて泣き出した。
三吉がしゃがんで、五百円玉を拾い上げる。
「…確かに」
五百円玉をに見せつけるようにつまんだ。
「…利子もきっちり拾いっ」
は変わらずに泣きじゃくって呼吸もままならないらしく、短く息継ぎしている。
「ほな、ありがたく半分貰っとくわ」
三吉がの両腕を掴んだ。
三吉の顔が近付いて、唇が涙に濡れた頬を捕らえた。
「え…」
その次は驚いて半開いたの唇に、三吉の唇が重なる。三吉の高い鼻がの頬に当たった。
少し時間を置いて、三吉が唇を解放した。
「しょっぱい利子やなあ」
三吉が自分の唇を舐めながら、を見つめてニヤりと笑った。
「…なっなんで…」
泣いてた時よりの顔は赤くなる。
「受け取らんかったんは、卒業してからも会いたかったからや」
「え…」
は、手紙使わんで直接渡すやろ」
「…なんでそう思うん」
三吉はの頭を撫でてニカッと太陽みたいに笑った。
「わいの事、好きやろ」
は核心を突かれて目を見開いた。
「…外れか…」
三吉が呟くと、はかぶりを振る。
「…一年の時から好きや」
それを聞いて、三吉はまた笑った。
「ほな、今日からは恋人同士っちゅう事で…宜しゅう頼んます」
「はい…」
三吉はの肩を抱いて、耳元で囁く。
「利子の残りは体で…」
三吉が言い終わる前に、が突き飛ばした。
「スケベっ」
「最後まで聞けて」
三吉は宥めるように、に話しかける。
「すぐしよ言うわけやないで」
「…ほんまに」
「ほんまや。五百円の利子じゃ割に合わんか」
は恥ずかしくて黙ってしまった。
三吉はの手を握り、自分の頬に当てた。
「ま、割に合わん思ても、幸せにしたるから難しく考えんでええ」
「…本気にするで」
「わいは今んとこ本気や。やないと、ウチの嫁は出来へんやろうし」
「なんでや」
「ムキになって、五百円を返す女は、そうおらんで」

まだ寒さの残る春の陽射しの中、二人で笑った。



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2006/9/14