「おかえりなさいませ」

帰宅したばかりの野球青年・土井垣将は言葉を発した人物に驚き、固まってしまった。

最近、付き合って半年になる彼女・にオフに入ったのを機に合鍵は渡していた。
だから、がいるのはおかしい事ではない。
むしろ、遊びに来てくれるのを心待ちにしていた位だ。いつ来てもいいように、こまめに掃除もしていた。
だが、これは予想もしていなかったのだ。

「将…」

の窺う様な視線と呼び掛けに、我を取り戻す。
「…、どうしたんだ。その格好は」

やっと土井垣が話し掛けてくれたので、は満面の笑みだ。

「似合うかな。」

は頭に着けている、猫の耳を象った手触りのいい純白のカチューシャを弄びながら、顔を赤くした。
鈴の付いた首輪、ファー素材で出来た臍の出る、白いチューブトップとミニスカート。スカートには長い尻尾が付いている。
土井垣は言葉を失ったまま、を見ている。
何も答えない土井垣に業を煮やしたは土井垣に抱き付いた。
厚い胸板に頬を寄せつつ、力を込めて抱き付く。胸を押しつけるように。

「ねえ」

が土井垣を見上げる。心なしか眉はハの字を描いている。

「興奮しないの」

目にはうっすら涙が溜まっている。
肩を掴み、土井垣は改めてを抱き締めなおす。

「…

髪を撫でながら、土井垣はから体を離した。

「座れ」

今度は優しく肩に触れて、が座る様に促す。

「すまんが、興奮出来なかった」

「えっ」

面食らったに淡々と土井垣は説明を始めた。

「猫の耳やら、動物の耳やらが流行っているみたいだが、俺は気になる事がある」

は、なぜ駄目だったのか、必死に探るべく耳を傾ける。

「…何で耳が四つあるんだ」

「へっ」

今度はが面食らった。

「普通に考えたら耳は左右一つずつだろ。」

「う、うん」

「まあ、特長を考えて猫の耳を残すとしよう」

が、思わずカチューシャを押さえる。

「そうしたら、耳なし芳一の状態になるだろう」

「耳あるよ。…猫のだけど」

「いや、猫の耳がなかったら、耳がない状態に見えるだろ。俺は気になるんだ。」

本末顛倒な訳を聞いて腑に落ちないが、はそんな事を言う土井垣に温かいものを感じていた。

「あと、もう一つ気になる事がある」

「今度は何が…」

いい終わる前に、土井垣がを抱き締めた。土井垣の胸板に押されて、喋れないのだ。

が前の男にもこんな格好見せてたのかどうかが」

いつも落ち着き払って、いつも男らしい土井垣の、らしくない台詞。
こんな土井垣を見ると、の独占欲が一瞬にして、お釣が来るほど満たされてしまうのだ。

「…将だけだよ」

土井垣は相変わらず、きつく抱きしめている。

「将だから、何かしてでもソノ気にさせたい」

が力一杯抱擁を解いて、土井垣の唇に自分の唇を合わせる。
(パズルみたいかも。)
それほど、歓びの溢れるキスだった。

「…将」

唇を離してが、いたずらっぽい顔で見つめる。
そんなが可愛くてたまらない土井垣は、頬に唇を落とす。

「私も気になる事があるんだけど…」

「…どんな事だ」

答えつつ、土井垣の手がの胸に掛かりそうな、その時。

「どこで猫耳についてそんなに分析したの」

胸に触れるすんでで、手が止まった。無言で土井垣はを見つめる。

「…ね、どこで見て来たの」

「…昔、付き合いでパブに…」

気まずい声色で土井垣が答える。

「そっか」

一瞬俯いたは、明らかに沈んだ調子だった…が。

「将」

勢いよく土井垣に抱き付いた。
壁に押しつけられて、目を丸くした土井垣のシャツのボタンを外しつつ、は話し出す。

「話してくれてありがと。」

の指は、中のシャツのボタンにかかる。

「これからは私以外のは見ちゃ駄目だよ」

ボタンを外しきってから、じっと土井垣を見つめるの目には、熱がこもっている。

「私も将以外のは見ない」

「俺は、猫耳は着けないが」

土井垣の言葉にが笑い出した。につられて、土井垣も笑顔になる。


「きゃっ」

土井垣がを抱きかかえた。

「お前も、俺以外には見せるなよ」

をベッドに座らせて、今度こそ胸に触れた。

「うん」

久しぶりのの皮膚と体温、優しい匂いを土井垣はゆっくりと感じとる。
もそれに合わせてあまり身動きはとらず、後ろに手をついて土井垣を見つめている。
最近になって出来上がった、二人の呼吸。
の胸に頬を寄せていたら、何かを頭に付けられた。
は、笑いを堪えているような表情で土井垣を見つめている。
土井垣が頭に付けられたものを触ると、ふわふわとした毛が指に纏わりついた。

「可愛い」

は声をあげて笑い始めた。
唖然として、カチューシャを触る土井垣。

「ねえ、鏡持って来ようか」

「持ってくるな」

ようやく土井垣が口をひらいた。

「誰にも見せないでね」

が土井垣の形の良い頭から、するりとカチューシャを外した。

「当たり前だ」

二人の視線がぴったり合わさるのを合図に、どちらからともなく笑い出した。

二人とも、何気ない時間にこうやって笑い合う事に、幸せを感じている。

しばらく、笑い声は絶えなかった。


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2006/9/10