“明訓が勝ちますように”
朝起きて、“眠い”と思った次に考えたことだ。

朝ごはんを食べてても、“山田君は、今日は何を食べて行ったのかな”とか“もう、家を出たのかな”とか考えてしまって、中々、箸が進まなかった。

学校に行ってもそんな感じで、今日考えた事の殆どは山田君に起因していた様に思う。

いつも話すのは、山田君だけっていうのもあると思うけど、必要以上に温かい気持ちになれるというのが嬉しい戸惑いだ。

昼休みに校内放送で流れた、明訓の勝利に心臓が落ち着かない。
穏やかに、いつもより力強く、熱が全身に広がって行った。

今日は試合が終わって学校に帰ってから、すぐに練習に取り掛かったらしく、午後の授業中に打球の音や守備中の掛け声が耳に入って来ていた。

放課後の頃にはもう、野球部員の人たちはすっかり居なくなっていて、私はさっきまで山田君が居たであろうグラウンドを見つめている。

今日も、ホームを守ってたのかな。

試合用ユニフォーム姿の山田君は近くで見たことが無いので、たまに見かけた練習着の山田君を思い出して、ホームベースを見つめる。

山田君は体格もいいけど、試合や練習中は存在感もやたらあったなあ。

送球は速くて、グローブに届いたら心地の良い音がして、でも山田君の所作は軽やかで…たまに、ちゃんと練習させて貰えた時は見惚れてしまった。

活動的な山田君も好きだけど、私がよく安らぎを貰ってるのは教室などの穏やかな山田君。
あの落ち着いた、人の善い笑顔を見ると、つられて笑いそうになる。

どくどくと心臓を動かすのも、そのまま素直に笑いたい気分にさせてくれるのも、どっちも山田君だ。

「山田君…」

ホームベースに立った、思い出していた山田君に呼び掛けてみる。
当然、リアクションなんてない。私の記憶の中の映像なんだから。

それでも、心の中で尋ねる。

私、山田君を好きだって、自覚してしまっていいかなあ。こんな、ひねくれた事をした私だけどもう、自覚せざるを得ないよ。

それくらい、しょっちゅう“山田君”“山田君”なんだ。

「あれ?さん」

一瞬、胃が大袈裟に動いた。

この抑揚も、声も、分からない筈はない。絶対に山田君だ。

今日は、会えるなんて思ってなかったから、嬉しすぎて自分の顔を平静に保つ自信がない。

でも、山田君の顔が見たい。おめでとうが言いたい。そんな気持ちが、混乱した気持ちを抑えて、深呼吸を促す。

深く、吸って吐いて。

少し口角が上がるのも意識せざるを得ない。笑ってるよ、私。
振り返ると、制服に着替えた山田君が立っていていた。鞄にバットを通して、帰り支度を終えている様だ。

「準決勝進出、おめでとう。」

お祝いの言葉を述べると、山田君は少し照れたように眉を動かした。

「ありがとう。これで、またさんに…応援して貰えるよ」

“応援”と言う前に、少し間があったような気がしたけれど、私への応援の催促の為に照れていてくれたならいいのに。
照れたがゆえの間だったならいいのに。

好きになるのは私の勝手なのに、山田君も同じ気持ちでいてくれたらいいなんて思ってる。

その手に触れて、出来れば手を繋ぎたいなんて思ってる。

なんて強欲。



「兄貴、早くー!アジが無くなっちゃうだろ!」

少し離れた場所で、サチ子ちゃんが山田君を呼んだ。

「あっ。ごめん。じゃあ、さん。また明日」

「うん。バイバイ」

山田君は振動の来そうな体を揺らしながら、サチコちゃんのもとへ走っていった。

そして、サチコちゃんと一緒に手を振ってくれる。
私も、それに応じて手を振った。いつかあの、お夕飯の買い物にまぜて貰いたいなと思いながら。



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2007/09/23

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