それから私たちは、お付き合いを始めた。お互いに好きとは言わなかったけど、態度は友達と思ってない感じだった。お弁当を届けに行ったら、こっそり見えない様に手を繋ぐ。
今日も弁当を届けて、空になった台車を押しながら店への道を戻っていた。
「ちょっといいですか」
店が見えて来たところで、士官服に身を包んだ男性に呼び止められた。
「あ、そう身を固くしないで下さい。あの工場について聞きたいんです」
ソツのない表情とソツのない物腰…さすが警官。公務員らしい。
「あの工場で何を作ってるか、ご存知ですか」
「ジャスタウェイ」
「すみません、日本語でお願いします」
「だから、ジャスタウェイです」
「Just a way…どんな意味ですか」
「だから日本語だって言ってるじゃないですか」
「すみません。なんか微妙に聴き取れる感じの英語だったんで…。で、何ですか」
「インテリア…」
「例えばどんな」
「なんか、置くものですよ」
「……わかりました。じゃあ、他に作ってるものは知りませんかね」
「…よく知りません。話した事のある人はジャスタウェイ担当だったので」
「…火薬とかについて聞いた事ありませんか。」
「ありません」
警官の人はメモを取りながら質問を終え“ご協力ありがとうございます”と“くれぐれも内密に”と言って去って行った。
火薬…花火なんて作ってないし、裏でひっそり…何か危ない事でもさせられてたら…。警察が聴くんだもの、かなりヤバいかも知れない。
元来た道を、私は全力で戻った。
守衛さんに挨拶して、坂田さんの元へ走る。坂田さんは、弁当を抱えて一人立っていた。
「坂田さんっ」
「あ、さん。丁度みんなに配り終わったとこなん…」
言い終わらない内に坂田さんの首根っこを掴んで、台車に座らせた。
「えっ、さん」
「ごめん、ちょっと来てっ」
「え、ちょっ、さん。この道、ヤバいって」
お構いなしにまた全力で走る。
「痛い痛い痛い痛いってコレっ。お尻四つに分離するって」
この辺の道は舗装されていないから、台車は振動が激しい。
店の裏口まで一気に駆け抜けた。坂田さんは途中から、しゃがむ様な姿勢で乗っていた。
「まじ痛かったですよ…いつも座布団レベルがいきなりハードマッサージャーですよ…」
「本当、ごめん…工場で話しづらかったから…」
「さん、何かあったんですね」
坂田さんは、さすがに気付いていた。
「…うちで…働かないかな」
「え…それは…」
「今の仕事、危ない事してないの」
「いえ、ジャスタウェイ作りだけですから危ない事はありません」
「…でも、期待の新人なんでしょ。近所でも…危ない作業あるんじゃないかって噂が…」
警察の事は万が一、坂田さんが工場内で口を滑らせてしまったらと考えて、近所の噂と言った。
「さん、もしそうだとしても、僕は仕事を辞めない」
「どうしてっ」
「僕は、工場長…おやっさんに、世話になった。やとって貰った恩もある。期待を裏切るなんて出来ない。」
坂田さんは、緩みのない表情でしばらく私を見つめた後に、口を再び開いた。
「…工場に戻ります。飯も食べないと」
「…馬鹿」
「え」
私は、坂田さんの頬をぶった。あまり迫力の無い、高い音がする。
「恩で命落としたら笑えないでしょッ」
涙が滝のように、私の目から溢れた。目頭が熱く、頬は生暖かい。そんな私をなだめようと、坂田さんは頬の涙に触れようとしてる。
「さん…」
「触るんじゃねえっ」
私はその手を、はたきおとす。
「勝手にしやがれっ。恩で飯食って行けたら苦労しねえんだよっ」
勝手口を勢いよく開けて、乱暴に閉めた。
私はその場に泣き崩れて、しばらく動けなかった。
もしも坂田さんが死んだら…危ない事に巻き込まれたら…心配してる事だけを伝えられない。情けない。
反省したからと言って、次の日に素直になれる訳もなく、必要最低限の会話しかしなかった。坂田さんの方は、気遣いを見せて、なんとか仲直りしようとしてくれてたけど…私が素直になれなかった。
店に帰って、忙しく働いてる間は、忘れられる。
「鯵定1っ」
「よし来たぁっ」
‘ズドーン’
大きな衝撃音…。
‘ズズン’
また…。
それが鳴ってしばらく経った頃、常連さんが駆け込んで来た。
「てえ変だ、ちゃん!あの工場、とうとうやらかした。今、大砲出して、警察と睨み合ってるってよっ」
この辺りの工場なんて…坂田さんの働いてる工場しかない。
「おい、っ。危ねえぞっ」
父が止めるのも聞かないで、走る。
着いたら、工場は大破していた。工場では、警官の人たちが現場を整理して、私たち一般人が立ち入らない様に警備している。
「あの、死傷者は…出たんですかっ」
警官にたまらず尋ねた。
「軽傷者だけだよ。知り合いでも居るの」
「坂田さんっ…坂田銀時っていう人が働いてたんですっ」
「あー…まだ確認してないから…後で病院に問い合わせてくれれば分かるよ。ごめんね」
警官はそういいながら、病院の番号を書いて渡してくれた。
でも…三日間、毎日問い合わせたけど…坂田銀時という患者は居なかった。
そういえば、坂田さんは交通事故で記憶が無くなったと言っていた。
爆発とか…身体に何らかの衝撃を受けて記憶が戻ったのかも知れない。下手したら、衝撃で、私の事も忘れてるかも…。
だけど…私は忘れない。
…あの瞳に見詰められると、細胞が一瞬停止してた。だから忘れられない。
父の好きな映画に、王女様がたった一日だけ自由に恋愛する話がある。一日だけの恋なんて…って今までは鼻で笑っていた。でも、今は期間じゃないって分かるよ。短い間だったけど、一生私の心に残る、絶対に。
昼時を過ぎて、一人、遅いご飯を食べている。父は、趣味のパチンコに行った。まぁ、引き際を知ってるから負けても痛手ではないけど。
あ…坂田さんと過ごした期間で…一番悔やんだ事があった。
「好きって言いたかったなあー…」
「あっれぇ、過去形か…今も恋してるよね、さーん」
聞き覚えのある声…。
「坂田さんっ」
坂田さんが、着物を着流して中にピッタリしたシャツを着て立っていた。
「難しい恋って字…なんて覚えるか知ってるかい…まあ、俺の柄じゃねえんだけど」
「…知らない…教えて」
「愛し愛しと言う心…ってな」
坂田さんは、そう言って、私を抱き寄せた。また…坂田さんの腕の中に居られるなんて…夢じゃないだろうか…。
「坂田さん…」
「んー」
「思いっきりギュってして」
「何。可愛い事言っちゃって、もお…」
どんどん締められて行く私…。少し痛い。
「夢じゃないね…」
「何、なんつったの」
「好き…って言ったんだよ」
「…俺もな」