初めて食べ物を粗末にした日…私の青春の決め手になる人と出会った。


**************************マヨの騎士1



私は食べ物を粗末にした。

高らかに、朗らかに、嗤う彼女たちが憎かった。
毎日、私の標準語を笑うから…。出来れば江戸で暮らしていたかったけど、単身赴任なんてお金が掛かるし…。父は、栄転して余計に忙しいらしく、母が居なきゃ生活が立ち行かない。
娘1人を江戸へ置いてくると、不安で仕方ないと言っていた。
もう、子供としては、親にここまで言われたら一緒に行くしかない。
でも…近所の子は、私が気に食わないみたいだ。
だからお饅頭を、隣りで笑う子の頭に投げ付けたのだ。

非難の声を聞きながら、その場から全力疾走した。
帰ったら、母からの説教だ。
だけど、私は悪くない。あいつらが悪いんだ。

「おい」

体がガクンとして、先に進めなくなった。
帯を掴まれたのか、腹だけに圧がかかっている。本気で走っていた分、少し痛い。
怖い。人さらいだろうか。逃げないで、あいつらと我慢して一緒に居れば良かった。
恐る恐る振り返ると、警察の服を来て煙草を咥えた男の人が立っていた。
何か悪い事でもしたのだろうか。

「あの…私…」

ものすごく怖かった。警察の世話になったとなれば、あいつらには更に馬鹿にされる。親は、多分、泣くだけじゃ済まない。
警官は、そんな私の不安を察したのか、帯から手を話してくれた。

「悪りぃ、びびらせちまったみたいだな」

私は不審に思ったのと同時に安心してしまった。

「取って喰ったりしねえよ。」

そう、彼が、京言葉を話さなかったからだ。
京都弁の警官しか私は見た事がない。母は、地域に根付く仕事だから地元民が多いのだろうと言っていた。
だから、京都弁を話さない警官を変に思うと同時に、家族以外で私と同じ様な言葉を使う彼に安心を覚えた。

「突っ走りてえのも分かるが、前くらい見た方がいいぜ」

はっとして向かっていた道をみる。
私が向かおうとしていた道は、通行止めの看板がたっており、歩行者も車も迂回しなければいけなかった。止めて貰わなかったら、看板に激突していただろう。

「ありがとう…ございます」

恥ずかしくて、なかなか顔があげられなかった。

本当に私は後先考えてない。
情けなくなってくる。


「泣いてんのか」

「泣いてませんっ」


涙を堪えて拳を握りながら、警官を見た。涙を堪えられなかった自分に腹が立つ。見て見ぬ振りをしてくれない警官にも腹が立った。
ここに居ても仕方ない。

「失礼します」

一礼して歩いて行こうとしたら、今度は腕を掴まれた。

「お前、さっき饅頭食わなかったな」

そんなところから見られてたなんて。人に饅頭ぶつけてる場面なんて恥ずかしい。

「俺ぁ昼飯まだなんだ。そこ、つきあえ」

警官の視線の先には、少し古い外観の食堂があり、引っ張られる様に食堂に連れ込まれた。



「いつものやつとアラレ。」

「あいよ」

格子戸を勢い良く開けて店に入るなり、注文を済ませた。人は出て来ないけど、奥から返事がした。
私たちは一番奥の座敷に向かい合って座り、警官は刀を横に置く。
ここまでノコノコと連れられて来てしまったが、もしも、さらわれたらどうしよう。
そもそも、この人が本当の警官だって証拠はないし、最近は警官だからって信用出来ない場合もあるらしい。

「なんだ。落ち着かねえ顔して」

警官は、煙草に火をつけて深く煙を吸い込んだ。

「あの…ここって…」

聞ける訳がない。“アジトですか”なんて。

「ああ、京都弁じゃないから驚いてんのか。ここの親爺は上総から来たらしいぞ」

「そうなんですか」

何で世間話になっているのか。

「あの…さらったりしませんよね」

警官は煙草を咥えたまま、目を丸くした。瞳孔が大きめなので、少し怖い。
まずい話の振り方だったと後悔した。

「…すみません。」

警官の視線に耐え切れず、謝ってしまった。
警官は煙を、私にかからないようにゆっくりと吐き出す。

「安心しろ。子供に手は出さねえよ」

ごそごそと、内ポケットから“警察庁”と印字された手帳を取り出して、私の前で開く。

「見ろ。」

目の前で開かれた頁には警官の顔が写っていて、下には“土方十四郎”と記されていた。

「とりあえず、これで納得してくれ。」

また手帳を懐にしまい込んだ。

「…名前が読めなかったんですが」

初めて見る姓で、名前も読み方があり過ぎる。

「ひじかたとうしろう」

灰皿に煙草を押し付けて火を消した。

「覚えておいて得って訳でもねえが、この辺に住んでんならまた会う事もあるだろ。覚えておけ」

土方さんも、この辺に住んでいるのだろうか。

「わかりました。」

近くに住んでて、また私のみっともないところを見られても嫌だなと思いつつ、なんとか笑顔を作った。

「名前なんてぇんだ」

と言います」

、お前」

「ちょっと待って下さい」

「何だ」

いきなり下の名前を呼ばれて体の節々がむず痒くなり、土方さんの話を遮ってしまった。
考えてみたら、土方さんの様な男性に名前を呼ばれた事はなかったかもしれない。

「下の名前呼ばれるの、恥ずかしいです」

眉をしかめて、抗議をした。

「名字で呼ぶなんざ野郎だけでいいんだよ」

そう言って、また煙草を取り出した。

「ところでお前、洋風な味はいける口か」

洋食…嫌いではないし、むしろ好きだと思う。父の好みで和食中心の生活だが、ハンバーグとかをたまに食べると胸が踊ったりする。
「いける口だと思います」

「そうか」

私の返事を聞いて、土方さんは相槌と一緒に煙を吐き出した。
心なしか笑ってるように見える。


奥から白い調理帽を被ったおじさんが出て来た。
片手にお盆を乗せて、もう片手は小鉢を持っている。

「はい、お待たせ」

土方さんの前に鮭定食が置かれて、私の前にはアラレが盛られた小鉢が置かれた。

「おい」

土方さんが刀を持った。
リアルにチャキっと音がする。
今度は私の瞳孔が開きそうになった。
おじさんは、何かしただろうか。
いや、何もしてない。むしろ普通だった。

「え、え、ええっ」

間抜けな声を出してしまった。
私だけが慌てていて、おじさんは特に動じた様子はない。
少し緊迫した状態が続いた後、おじさんが頭を掻き出す。

「今日は両手塞がってたでしょ。今持って来るよ」

普通に暖簾の掛かった調理場まで行くと、こちらを振り返った。

「しかしあんたも飽きないね。忘れる度にこれだもん」

「うるせえ。ちょくちょく忘れやがって。もう一本追加してくれ」

「はいはい」

バタンと扉が開いたり締まる音がすると、今度はおじさんが両手にマヨネーズを持って出て来た。

「はいよ。」

土方さんの前に使いかけの半分程しかないマヨネーズが置かれた。
私には、丸々入ったチューブ。それと小皿。
はたと考え込んでしまった。
何故、定食でマヨネーズ。
何故、アラレにマヨネーズ。
素マヨネーズを食べるのだろうか。

「あの…マヨネーズをどうしろと」

土方さんはもう、出されたもの全てにマヨネーズを掛け終わり、箸を持っていた。
早すぎだろう、いくらなんでも。
ご飯の横には絞り尽くされたチューブが転がっている。

「キープマヨだ。今日のは俺が出す」

そう言って、土方さんはマヨネーズの海と化した定食を掻き込み出した。

まさか、アラレにつけろと。

一口も食べないと後が怖そうなので、小皿におろしたてのマヨネーズを絞ってみた。
我が家にはマヨネーズが置いてない。父が和食派だから。
野菜に付けて食べた事はあるけれど、アラレに付けて美味しいものなのだろうか。
正直、ものすごく気乗りしない。
でも料理にマヨネーズを出し忘れるだけで剣を抜こうとする危険な人物だ。
いらないと言った瞬間にこの世とお別れという事だって無いとは言い切れない。

一つアラレをつまみ、マヨネーズに付けてみた。
アラレはまだ暖かい。お店で揚げたんだろう。
マヨネーズが付いてなければ、手放しで美味しそうと思えるのに…。

えぇい、ままよ。

「いただきます」

意を決して、マヨネーズの付いたアラレを口に放り込んだ。

ひやりとして、一旦舌の上に落ち着くマヨネーズの食感。

今の所、マヨネーズの味しかしない。しかもカロリーオフ系ではないらしくかなり濃厚な味わいだ。

だけど、マヨネーズだけの味なら、ただ濃くて油味の強いだけだから、なんとか食べられる。
問題はアラレを噛んで、アラレと融合した時だ。

サク。

覚悟を決めて噛む。
マヨネーズと混ざってゆく。
アラレとマヨネーズなんて、合わないと思っていたのに…。

飲み込んで、お茶を啜る。

「どうだ」
「美味しい…」
土方さんは、鋭く笑った。
「アラレの塩っ気と、合ってる。口の中が乾きやすくなるのをカバーして…」
「ガキの割にマヨネーズを語るたあ、大したもんだ」

京都に来てから、初めて誉められた。
…でもガキって…。

「ガキって言うならと呼んで下さい」

「なんだ、ガキは不服か」

「はい。もう十五になりますので」

「えっ」

おじさんが驚いた声をあげた。
土方さんは、目を見開いて瞳孔が更に開き気味だ。

驚かれるのは嫌なのだが、その反応も慣れている。
私は、成長が遅いらしく、周りの子よりも背がかなり低い。

「栄養摂ってねえんだろ。マヨネーズを食え。」

マヨネーズを食えと来たか。マヨネーズをメインで食べるということか?
モリモリとマヨネーズを食べる気にはならないけど、母に言って買って貰おうか。

家族以外と、久々にまともに話した気がする。土方さんと、おじさんに感謝したい気分だ。

「ありがとうございます」



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2006/08/08