それからは、塾が終わると毎日走ってあの定食屋に走った。
土方さんはかなりの確率で居て、会ったら楽しかった。
だけど…。
**************************マヨの騎士2
「江戸に戻る事になった」
「え…」
アラレが手から落ちた。マヨネーズが、着物にべったりと染みを作る。
土方さんが江戸に…。
体が小さくなる感じがする。
「…いつ…戻るんですか?」
「今夜発つ」
「急ですね…」
土方さんは煙草に火を点けて、やっぱり私に煙が掛からない様に吐き出した。
「言いそびれたからな…すまねぇ。」
「…向こうに行っても、元気で。血栓とかに気をつけて下さい。」
なんとか言い切って、席を立った。
「おい、アラレ残ってるぞ」
「餞別です」
振り返らずに店の戸を開けたら、必死に走り出した。
「ただいま…」
家の戸を開けて、中に入ると、マヨネーズの匂いがした。
「おかえり。」
母が調理場で、とくに振り返らず迎えてくれた。
「ねえ、この匂い…」
「ブロッコリーと海老のマヨネーズ炒め」
「ふうん」
「もうちょっと嬉しそうにしなさいよォ」
“ごめん、お母さん…今はマヨネーズが切ないや…”
心で呟き、居間を通って部屋へ。途中、父がビールを呑みながら相撲を見ていた。
布団に勢いよく倒れたら、目が暑くなって涙が出てきた。なんで、こんなに悲しいんだろう。これって、恋なのだろうか。でも、どこが好きなんだろう。分からない。
分かるのは…ものすごく悲しくて、寂しいという事。
「」
父が襖を叩いた。
「なに?」
「お客さんが来てるから、出て来なさい」
お客さん…?誰だろう。
土方さんかな…?
いや思った人が、そう簡単に来ないのが現実だ。
部屋を出て、居間を抜けて、草履を履いた。
「ちゃん」
定食屋のおじさんだ。
「どうしたんですか。よく私の家が分りましたね」
「この辺、住んで長いからね。最近越してきたさんって言ったら、近所でここだけだから」
「ふうん」
おじさんは、少し笑って話を続けた。
「土方さん、ちゃんの事が心配で言い出せなかったんだよ、きっと」
「え…」
「ほら、ちゃんを初めて連れて来た日。あの日、友達と喧嘩してたんでしょ?」
…あの日…、饅頭を投げ付けて走った日だ。
「…あいつら、友達じゃないよ」
眉をしかめて言い切ると、おじさんは困った顔をした。
「…俺もね、こっち来てからそんな調子だったんだ。それは、寂しくて大変だよ?」
確かに、友達が居ないのは寂しい。でも、あいつらだって悪いのに、私だけが打ち解けようと頑張るのは癪だ。
「俺も、土方さんも、ちゃんにはそういう風になって欲しくないんだよ」
おじさんは、家の中を覗いて母に話しかけた。
「あ、もしかして、マヨネーズ使ってますか?」
母は、得意気に答える。
「ええ、が最近マヨネーズ好きだから、使ってみたんですよ」
「きっと美味しいですよ」
そして、また私に向き直る。
「土方さんの目茶苦茶な食べ方も受け入れられるんだ。ちゃんの頭は堅くない。まだ店に居るから、きちんと挨拶しておいで」
…確かに、さっきのが最後だと、土方さんも気分悪いだろう。
「…お母さん」
「なに?」
母は、皿に、マヨネーズ炒めを盛っていた。
「それ、食べさせたい人が居るの…少し分けてくれるかな?」
母は、眉をしかめた。
「今から出掛けるの?」
確かに、夕飯時から出掛けるというのは、まずいかもしれない。けど…。
「本当、ごめん。だけど、大事な事なの。安心させたい人が居るから…お願い!」
「行ってきなさい」
奥から父が出て来た。
「でも、こんな時間に…」
母はやっぱり難色を示す。
「角の定食屋さんだろう?そう、遠くない」
「大丈夫ですよ、帰りも送ります」
おじさんが、口添えしてくれたので、母も諦めたらしい。小鉢にマヨネーズ炒めを入れて、持って来てくれた。
「あんまり長居しないのよ」
「うん、ありがとう」
私は暖かい小鉢を持って、また定食屋へ急いだ。
「戻ったよ」
「おい、客一人も来なかったぞ。いいのか、この店。」
「まぁまぁ、お客連れて来たから」
「はぁ?」
おずおずと、おじさんの後ろから、土方さんを見る。
「…土方さん…」
土方さんの前まで行って、小鉢を差し出す。
「これ…食べて下さい」
土方さんは、鮮やかな緑と赤のマヨネーズ炒めを見つめている。
土方さんが箸をとった。
「いただきます」
海老を口に含んで、土方さんが咀嚼してる。胸が落ち着かない。
「…うまいな」
言わなきゃ。大丈夫だって。
「…私、大丈夫です。私の家、マヨネーズ一滴も無かったけど、出てくるようになって…だから、私も、頑張って友達つくる」
「…ああ。」
「だから、明日からも平気です。」
言いながら、もう、涙が流れてて、鼻水も出て来てて、顔はぐちゃぐちゃだ。
「…俺も、ずっと話さなくて悪かったな」
土方さんが、頭を撫でてくれて、私の涙腺はますます緩んでしまった。
帰り道、土方さんと並んで歩いている。
一緒に帰るのは初めてだ。明日には土方さんは居なくなって…多分、この路を一緒に歩くのは最初で最後で…奥歯を噛みながら土方さんの顔を見つめる。忘れたくないから。
体に悪いけど、土方さんの吐き出した煙すら出来るだけ摂取したい。
見知らぬ人の吐き出す煙は臭くて嫌いだけど、土方さんのは香しい気がする。
特別な思い入れ…。
やっぱり土方さんを、好きかも知れない。
「何だ?」
私が凝視してるのに気付いて、土方さんがこっちを向いた。
「…あの…」
言わなきゃ。今言わなきゃ、次はいつになるか分からない。
「どうした?」
えぇい、ままよ!
「す、好きです!!」
必死に、土方さんに抱き付いた。
「…好き…」
「……」
土方さんが私の名前を呼んでくれて、我に返る。
「言われても、どうしろって感じですね…ごめんなさい…」
「すまねぇ」
土方さんの断りを聞いて、私は、グラグラしそうになる。
「…駄目ですか、少しも、何にも可能性は無いんですか!?」
頭にちょっとした重み…土方さんの手が乗ってる。
「…今は、考えらんねぇ。それに、はまだ十五だろ?」
十五…ずっしり響く数字。私はまだ子供なんだろうか。頬に当たるのは、土方さんのお腹だ。背丈も発展途上を突き付ける。
「じゃあ…大人になったら?」
「は?」
「背が伸びて、いろんな事をこなせて、お金稼げるようになったら…」
涙と鼻水が出てきて、土方さんの服についた。内心悪いと思いつつ、顔を上げて土方さんを見る。
吸い込まれそうな瞳。開き気味の瞳孔だって、もう、恐くない。
「そうなったら…大人になったら…改めて私を見て下さい!!」
しばらく目をそらせない。そしたら、土方さんが頭をクシャクシャっとして来た。
「その時まだ、お前が俺の事好きだったらな」
「土方さん…」
「だから、とりあえず笑っとけ。笑顔で送ってくれ」
私は、ぐちゃぐちゃでの顔で、笑う。
「ちゃん」
あれから友達も出来た。
「なあに?」
「今日、おやつ食べて帰らん?」
「ええよ」
「ちゃん、ことば…」
「あ…」
初めて、方言がうつった。
「変だった?」
「ううん!嬉しいよ」
「ねぇ、行きつけの店あるんだけど…洋風なのいける口?」
「?うん。」
私は、諦めない。
土方さんを追いかけて、江戸へ行きたい。
でも…まだまだここでも学ぶ事も多いから、頑張って、楽しんで大人になるんだ。
今に見てろよ、土方さん!
銀魂一覧
宜しければ感想を下さいませ♪メール画面(*別窓)
2006/08/08