私にはもう、拠り所がない。
勤めていた藩が取り潰しに遭い、今まで仕えていた君主も斬首刑に処され、この世には居ない。女である私の剣の腕を買ってくれた君主で、ずっと尽くしたいと思っていたのに…。
尽くすものの無い根無し草と成り果てた私は、本当に無意味だ。剣の腕以外はからきしだったし、何より、強い女なんて扱いづらい事この上ないのだ。剣術指南を生業とする家にとっても、女の方が兄たちより腕が立つなど恥でしかない。
ならば、君主の首のさらされているこの場所で、己の幕を引こう。そして願わくば、あの世でも来世でも、君主の傍で…君主のために働きたい。人の居なくなった河原で、刃を首筋に当てた。
何の迷いがあろうか。君主の居ないこの世に何の未練があろうか。すっかり血の気の無い君主の顔は、もう、何も語らない。
「このも、お側に参ります」
力を込めようとしたその時、自分に向かってくる殺意を感じた。空を切る刀の音。すかさず、あててた刀を音の方向へ振りやる。“きんっ”と音がした。
振り返ったら、派手な柄の着物を着て、左目を包帯で隠した男が立っていた。
「くくっ…殺気に対しての反応は流石だなァ。後追い自殺しようってのに」
「…私は自分の意思で、君主に仕え、後を追うのです。余計な手出しは止めて頂きたい。」
「まぁ、そう気を悪くするんじゃねえよ。お前は、それでいいのか?」
見るからに怪しい男は、気持ちの悪い笑い方をして煙管を加える。その笑顔は、底が見えない闇のようで…油断すると飲み込まれそうだ。
男の言おうとしている事は分かる。“死んで花実が咲くものか”と言いたいのだろう。だが、私は花実を咲かせる気など全く無い。
「それで善うございます。仕えるべき君主の居ない世の中など、意味がありませぬ」
「…意味が無えか…。じゃあ、一緒に来い」
「会話が成り立たぬ上に、意味が分かりませぬが…」
男は煙を吐き出す。
「じゃあこう言おう…お前は、仕えるべき者を奪った幕府に何もしないのか?」
…憎い。だが、自分1人の力で痛手を与えられるほど小さな組織では無いのだ。
「…その顔じゃ、一矢報いてやりてぇって顔だな…」
「私のただ一つの居場所だった君主を、奪った幕府が憎くない訳がありませぬ。このような顔にもなりましょう」
「決まりだな。一緒に来い」
男は手を差し出した。その顔は、底知れない笑顔で、背筋が凍りそうだ。
「なぜ、そのように、私を誘うのですか」
「同じ穴の狢ってヤツよ…。俺も、意味が無え世界はぶっ潰したいんでね」
目を閉じて煙を吐く顔は、どこか落ち着きが無く、艶っぽくて…。…この哀しげな闇になら、飲み込まれてもいいかも知れない…。
「…お名前を教えて下さいませんか?」
「高杉…晋助だ」
高杉…!あの、鬼兵隊の中心人物…。確かに、私が鬼兵隊で働けば、幕府に一矢報いる事が出来るやも…あの方の無念を晴らせるやも知れぬ。
「…分かりました…。どうか一緒に行かせて下さいませ。私の名は…」
「知ってるぜ」
男が、私の手首を掴み、引っ張って歩き出した。
「だろう?鳶が鷹を産んだが、鷹が女だったが為に優秀な跡目の居ねえ家…有名な話だぜ」
そして、私の顔を見ずに“噂どおり、死なせるにゃ勿体無え女だったな”と言ってくれた。
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2007/3/25