ちゃんは、とっても不思議な子だ。
ちゃんがウチに就職する前に話してた時は“クールで自立した女”だと思ってた。
だけどウチで働き始めてから、そのイメージはどんどん崩れていった。
革製品を迷いもなく洗濯機で洗い、
酒をこよなく愛し、
呑み過ぎて記憶が飛んだりする時があって、
仕事を期日までに終わらせる為に無理して倒れたり、
好きな歌手の恋愛事情に一喜一憂して、また呑み過ぎたり…、
枚挙に暇がない。
ま、それだけ慣れて来たって事でしょう。
だけど一番不思議なのは、女を感じさせないところだ。容姿も言葉遣いも、特に粗野な所は無いのに艶が感じられない。
ちゃん曰く、今まで俺が見てなかっただけで、そういったタイプは案外いっぱいいるとの事。だけど、こうしてバーの中を見渡しても、ちゃんみたいな女は居ない。
やっぱりちゃんの言ってる事は違うと思い直し、グラスにやっと手を伸ばす。
「どうしたのよ。ボウっとしちゃって」
「君は女らしいなって思ってたんだよ」
ここに住む彼女とは、付かず離れずの関係を続けている。彼女はカクテルを一口流しこむと、頬杖をついて天井を見あげた。
「“君は”って事は、女らしくない子がいるのね?」
「まさか。」
「嘘吐きなんだから。まあ、いいわ。私の事、忘れてなかったから」
彼女は穏やかに笑った。スパイラルパーマを掛けた髪が、彼女の肌に掛かる。その髪と肌の色の対比が何とも色っぽい。
お互い一番でない同士なので、恋人のようで恋人でない。切なさや嫉妬心がないので新鮮さはない分、楽に過ごせる間柄だ。
「でも、たまに居るわね。可愛いのに男に興味が無いから、男っ気のない女」
ちゃんはこの部類に入るのだろうか?確かに、女らしい外見かもしれないけど。
今日は『かぼすマン人形』をつくる為に、Gさんに買い物に付き合って貰っている。なんてったって特戦部隊きってのクマ好きで、ぬいぐるみだって作れてしまうお方だ。
作れない気がしない。
この国有数の都市だけあって、手作りの為の専門デパートまである。
Gさんと私はしばし、その品数の多さに感動し、必要ないのに生地やこまごまとしたものを、いっぱい買い込んでしまった。
買ったという事は…そう、帰りは荷物がいっぱいって事だ。宅配便でいいんじゃないか?と思うかもだけど、私たちは住所不定の飛行船暮らし。すぐに受け取れる住所は無い身の上。
すぐに手元に置きたかったら、疲れようが血豆が出来て潰れようが、自力で持ち帰るしか無い。
Gさんが両手いっぱいに荷物を持ってくれたけど、それでも余る両手の荷物が時々私の豆を潰しては激痛を走らせる。
「っ痛ー…」
「…………休むか?」
「あっ…平気です。これでも特戦部隊の職員ですし!」
休んじゃったら、余計に荷物持ちたく無くなる。
「もうちょっと頑張って、帰りましょう!」
前進あるのみ!と思って前を見たら……ロッドさんが、やったらスタイルのいい美女の腰に手を回してる所が目に入って来た。
手から荷物が滑り落ちる。
ロッドさんなら、想像出来すぎる位想像出来ちゃう景色。当たり前だよ、当たり前。
当たり前過ぎて、手の力が抜けちゃっただけなんだから。
早いとこ帰って、Gさんに型紙について教えて貰わなくちゃ。
「Gさん!早く帰って型紙を……」
振り返ったら、Gさんが喫茶店の窓に張り付いていた。看板を見たら“テディベアと一緒にお茶を楽しもう”と書かれていた。
Gさんは、熊マニアだから…当たり前すぎる風景だよ……。
「……すまん」
テディベアが所狭しとならぶ喫茶店で謝るごっつい男・Gさん。
「いいんですよ、痛かったし……とってもおあつらえ向きっていうか…」
「……そうか」
二人して頼んだココアがあるけど、私は豆が潰れきった手なので持つことすら敵わない。何か持ったら、確実に痛い。とりあえずなにか頼まなきゃと思って注文しちゃったけど勿体無い…。500円位払ってるのに!呑めないなんて悔しい…。
カップを睨んでいるとGさんが私のカップを手に取った。
「えっと…」
片手で私に向けて傾けている。
「飲めと…?」
「……ん…」
ちょっとずつ、火傷しないように飲む。甘くて、少女趣味な味わい…。
「ありがとうございます」
Gさんは、いつも通り言葉無く頷いた。
「……手を見せてくれ」
素直に両手をGさんの前に差し出す。
Gさんは私の両手を、更に大きな両手で包み込んだ。
言葉は少ないけど、Gさんは行動の理由が分かりやすい人だなぁと思うと笑えてきた。
彼女を近くの駅まで送った帰り、何気なく連なった店を眺めて歩いてたら見慣れた人間が目に飛び込んだ。
テディベアがやたらと置いてある店でGがちゃんに何か飲ませてる。
うそ!男っ気が無い女だと思ってたのに…。
……今度は、ちゃんと手を取り合い出した。
あの、肩に手を回しただけでマッチを近づけるちゃんなのに。
ちゃんと一番近い位置に居るのは俺だと思ってただけに、予期せぬGの行動に驚く。
そう思ったらもうその窓に額を付けて、いい音がする様にガラスを叩いてた。Gとちゃんが気付いて俺を見た。ちゃんがなにやらパクパクと口を動かし、“来て”と言っているのが分かったので入り口へ向かった。
店の中に入ってみると、本当に至るところにテディベアが置いてありG好みの店だった。
二人の席まで来て、迷わずちゃんの隣に腰かける。
「もう、デートは終わったんですか?」
「ん?ああ…。今日は向こうも用事あったしね」
何で知ってるんだろう?
「知らない間に、随分仲良しになってるじゃん」
「ぬいぐるみ作れるのGさんだけですし」
「ぬいぐるみ作るの?」
「はい。」
いくらGがぬいぐるみ作れるからって、さっきのイチャつきようは腑に落ちない。それに、ちゃんの態度がいつもより更に素っ気無い。
なんか、引っかかるなぁ…。
そんな事を考えてたら、Gがカップを置いて席を立った。
「……の荷物を持ってやれ」
そう言ってGは両手に不自然なほど買い物袋を抱えて、出て行った。
「…なんだぁ?さっさと出てっちゃって」
何となくちゃんのカップを見ると2/3以上のココアが残ってる。
「…飲まないの?それ」
「飲みたくても飲めません。」
「あー…Gが飲ませてくれないなら飲めないってやつぅ?」
「えっ…!見てたんですか?」
ちゃんの顔が赤くなった。うわ、照れちゃって。
「…いい年して恥ずかしいなぁ…見られたくなかったんですけど」
「いいんじゃない?あれくらいのイチャつきなら。」
努めて軽く言ってみる。
ちゃんが、珍しく女の子っぽい。その顔をさせたのがGってのが悔しいけど。
「あ…やっぱり、そんな感じに見えましたか?」
「うん。付き合ってんの?」
「違います!」
ちゃんは、更に真っ赤になって否定する。いきなりの大きな声に、少したじろいでしまった。
「そんな大声ださなくても…」
「そうじゃないんですっ。ほら」
ちゃんの両手の平を目の前に突きつけられた。
両手で豆が潰れまくって…少し血が出て赤くなってる。
「うわ…ひでぇ…」
「カップは痛くて持てません。だから、Gさんが飲ませてくれたんです」
そうだったんだ…。
なぁ〜んだ。
俺は、ちゃんのカップを取ってちゃんに傾けてみた。
「はい」
「はぁ!?」
また、ちゃんが更に真っ赤になった。いつもの落ち着きの無いちゃんの表情だ。
「オニーサンが飲ませてあげるからね〜」
「結構です!」
「口移しの方がいいの?案外、大胆なんだ」
「馬鹿じゃないですか。痛いの堪えて自分で飲みます!」
ちゃんは俺からカップを奪って飲みだした。眉間に皺寄せて、腕を小刻みに震わせて…ココアを飲む表情じゃない。苦い薬を飲むような表情だ。
意地張っちゃって…素直じゃないんだから。
「…何、ニヤニヤ見てんですか。性格悪いですよ」
ちゃんは恨めしそうに、俺を横目で睨んだ。今度は俺がちゃんのカップを奪って飲んでみた。
もう冷めていて、飲みやすい温度だ。全部流し込んで、カップを逆さにしてみせる。
「もうちょっと飲みたかったのに…」
そう言っても、ちゃんの口元は少し笑ってた。
帰りはちゃんの荷物を持って歩いてあげた。やったら重いダンボールにプラスチックの取っ手が付けられているのが2つ。そりゃ、あんなヒドい手にもなるぜ。
取っ手は外して、抱きかかえる様に運んだ。
「ちゃん、Gに触られても抵抗しなかったね」
「触る場所によります。それにGさんからは下心が感じられないし」
「いやー、Gみたいなのの方が案外…」
「何でもロッドさんの基準で考えないで下さーい」
ちゃんは、言い終わる前に言葉を被せて俺を黙らせる。
「ロッドさん」
「はーい?」
「食べたいもの、ありますか?」
俺を見上げてちゃんは、少し笑った。酔ってる時以外で初めて、こんな優しい笑顔を向けられたので調子が狂いそうだ。
「どーしたの?熱でもあるんじゃ…」
「失礼な!荷物持って貰ったから、お礼しようと思っただけですっ」
やっぱりちゃんは、こんなノリがいい。意地っ張りな子程たまに、堪らなく可愛く思える。
「ちゃんの作ったチョコレートケーキ食べたいなぁ」
「……分かりました。味の保証はしませんけど…明日作ります」
この前“お菓子作るの苦手”って言ってたくせに。
「ヒャッホーぅ!明日は張り切って仕事しちゃうから!」
「……怪我はしないでくださいね」
「大丈夫大丈夫。それよりちゃんの手当て、帰ったらしてあげるからね〜ん」
「自分で出来ます」
やっぱりちゃんみたいな子は、どこを探しても居ない。
ちゃんに色気が無いんじゃなくて、俺が気付かなかっただけ。
半分、ちゃんの言うとおりで、半分、俺の考えたとおりだった。
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2007年2月21日