林の中、少女が泣いている。
何やら黒い物体を膝に五、六抱えて。手にも一つ持って。

涙と鼻水がとめどなく流されて、悔しそうに手に持った黒い塊を口に運ぶ。
時々、しゃくりあげて、食べた物の一部が喉の奥に引っかかったりして咳き込んだりと忙しそうだ。

“涙でしょっぱいけど、苦い”

と、鳴咽が混じるほど泣いている中、意外と冷静に味も分析して息を吐いた。そして、彼女はまた黒い物を口に運ぼうとした。

 近くの茂みがガサリと音を立てた。

 彼女は戦慄する。野犬だろうか。今までに感じた事の無い冷気が背中を伝い、なのに汗は出てくるのだ。涙は止まっていた。

“どうしよう。走っても追い付かれる。木に登れば……。いや、登れるかな……”

頭の中は、どんどん焦りで埋め尽くされ、色々な事を考えては無駄だと思い知る。まさか、こんな形で命の危機に出くわそうとは。
彼女の体に恐怖感が広がり、足の指すら思うように動かせないで、ただただ此方に来ないように祈るばかりだ。

 しかし、無情にも茂みは大きく揺れ、何かが頭を出した。

「ひっ…」

 彼女は来たるべき攻撃に備え、頭に手を置き、目をつむって身を丸めた。
 だが、一向に攻撃は来ないし、何かが動く気配も無い。恐る恐る目を開けて茂みを見遣ると、人が居た。

「…お前、こんなとこで何してんだ?」

 そこに立っていたのは、兵隊の格好をした青年であった。
深緑の服に身を包み、肩に大型の銃を掛け、金色の長い髪を一つに纏めている。

「ここは、お前みたいなガキが来るとこじゃねーぞ」

そう言って、青年は銃を少女の額に向けた。
少女は、一瞬、野犬ではなかった事に安心した分、驚きすぎて今度こそ動けなくなる。叫びたい様な、顔をゆがめたい様な訳の分からない衝動があるが、それを叶える事が出来ない。

 少女は自分を責めた。いや、責めてどうにかなるものでは無いが。何故、人間だというだけで安心していたのだろう。
相手は銃を持っているし、兵隊の服を着ているのに。むしろ、最近は無差別テロが繁華街で頻繁に起こっている位だから、こういった格好の人間の方が恐ろしいというのに。
先程、一瞬緊張が解けた時に、何故とにかく走り出せなかったのか。
そうすれば、助かる可能性もあっただろうに……。

瞬きすら出来ず、そろそろ目が痛くなって来た頃、急に青年が銃を再び肩に掛けた。

「チッ……つまんねーの」

 舌打ち付きで、少女の反応を否定し、その場に胡坐をかいて座り込む。
少女は、今度は銃口が目の前から見えなくなった事に驚いた。
しかしそれは喜ばしい事である。
 体に熱が戻って来て、動かせなかった顔に力が戻って来て、瞬きをした。その拍子に、止まっていた涙が一気に噴き出して、ぼたぼたと膝の上の黒い物体に落ちては染み込んで行く。

 その様子を見て、青年は左の頬をやや吊り上げて、底意地悪そうに笑った。

「……んだよ、やっぱ怖かったんじゃねーか」

「こ、怖くない訳……」

少女は口を開くが、先程まで自由のきかなった筋肉はスムーズに動いてくれないらしく、続きが言えなかった。
勢いがついた涙や泣き顔は、口元を頑なに下へ下へと曲げて行く。そういった時は尚の事、口が上手く開けないのだ。

 そんな少女の様子を微笑みながら見つつ、青年はポケットに手を入れて煙草をさぐりあて、流れる様に一本取り出した。

「ああ。ねーよな? この辺のガキっつったら呑気に生きてるって事で有名だしよ」

 そう笑いながら言って煙草を咥え、ライターで火を点けた。急に、煙草独特の苦そうな臭いが広がり、煙が細く立ちのぼる。青年は満足そうに煙を吐き出した。

「良かったじゃねーか。滅多に出来ねー経験だったろ?」

少女は、首を横に振った。それはそれは力強く。

「そ、そんな経験……出来れば一生味わいたくなかった……」

「ったく、あれ位でビビってんじゃねーぞ! 生まれたからにはハデに暴れて、暴れつくして、スカっとしてから天国行きてえだろ?」

「暴れつくしたら、天国には行けないんじゃ……」

少女は思わず、考えた事をそのまま口に出してしまった。

“やばい……。この人、銃を持ってるんだった!”

 今更ながら、ずっと目に入って来た光景に、少女はまたしても逃げなかった事を後悔した。
青年は目を丸くして、じっと少女を見ている。
そして、再び煙草を口に咥えて、吸って吐いた。青年は、一応、少女の正面を向いて煙を吐かない様にしているらしかったが、少女の周りに煙が少しずつ増えていく。
副流煙に馴れていない所為か、それとも焦りの所為か。少女は益々いたたまれなさそうな表情を浮かべた。

 だが、青年の言葉は、少女の表情とはそぐわなかった。驚きつつ、次第に愉快そうな顔の歪め方をしている。

「そう言われりゃ、そうだなァ……」

「え……?」

「確かに、暴れるっつーのは地獄寄りだもんなぁ。よし、俺は地獄行って、炎も吹き飛ぶ位に暴れてやるぜ!」

 青年の少しずれた発言に、少女は呆れ、涙も引っ込んだらしい。頬から雫が落ちて来ない。

「んで。その、膝に乗っかってんのは何だ?」

青年は、少女の膝を指して「さっきまで食ってたみてーだけどよ」と付け加える。

「……メンチカツ」

「はぁ? メンチカツ!? んな焦げるまで揚げたのかよ!」

「……初めてだったんだもん」

 少女は、声を震わせ顔が曇る。悲しげに、しかし、目元は険しく悔しそうではある。
毎日、親が作るのを見ていた時は、自分でも出来ると思っていたのだ。
だが、見る事と実際に調理するのとでは、かなり違う。玉葱のみじん切りは大きさにバラつきがあったし、形だっていびつだ。もうすぐ誕生日が来るから、店の手伝いをしなければいけないのに。

何から何まで、格好がつかない。両親は、何故、あんなに流れるように作れるのか。

「……腹減ったなぁ」

再び涙が出そうになっているところに、自分とは温度差のある青年の声が聞こえた。

「それ、寄越せよ。まだ夕飯捕まえてねーんだ」

「で、でも……こんなに焦げちゃってるし……」

「中は食えるかもしれねーだろ。このままだと、腹減って何すっか分かんねーぞ」

 青年の発した「何するか分からない」。その言葉に、少女は青年の肩の銃を見た。さっきまでは、発砲されるかも知れなかったそれは、少女に無言で語りかける。「大人しく、渡しちゃいなよ」と。少女にはそう聞こえる。
 青年は、メンチカツが不味い事を前提に寄越せと言って来たのだ
タネだけは、親の指示通りの配分で作った。それなら、この青年がメンチカツを食べても焦げている所を除けば、怒るほど変な味はしないだろう。

「…………はい、どうぞ」

「お。悪ぃな!」

 少女は、膝のメンチカツを青年に震えながら渡す。

 青年は、焦げた衣を剥いでから食べる……と思いきや、そのまま豪快にパクついた。
絶対に不味いであろう場所は省くと思われたのに。

「え!? に、苦いでしょ!」

少女の驚いた声には構わず、青年は黙々と咀嚼をする。一口目をある程度噛んで飲み込んだ後、青年は少し眉をしかめた。

「っかー……! 流石に、焦げてると喉に引っかかるぜ!」

「当たり前じゃん! 普通、剥がして食べるよ!」

「お前は普通に食ってたじゃねーか」

「それは、私が作ったからだよ! 私が失敗した部分を食べなきゃ意味が無いって、お父さんとお母さんが言ってたから……」

少女が言った言葉に、青年は「ほー」と呟きつつ感心した様な顔をした。さっきまで銃口を突きつけて、本気では無いにしても脅した男がする様な表情とは思えず面食らう。

「お前、真面目だなー。こんな親も見てねえとこで、律儀に言いつけ守って食うなんてよ」

「……言いつけだからじゃ無いもん。豚とか、牛とか、鶏とか……死にたくないのに、私たちに食べられてるんだから」

 少女の頭の中に、以前連れて行かれた屠殺場の光景が蘇る。甲高く濁った、悲痛な叫び。血抜き……。
しばらく肉が食べられなくなったが、肉屋が家業だし、自分を育ててくれたのは両親。それらは、彼ら家畜達の犠牲の上に成り立っている事を幼心に思った。そして食べるたびに「ごめんなさい」という気持ちを忘れず過ごし、やはり肉は好きだと実感を取り戻したのだ。

少女の目線が強く力のあるものに変わると、今度は青年が面食らった。

「へーえ。ここのガキは、呑気で馬鹿ばっかだと思ってたが……お前、胆据わってるじゃねーか」

青年は笑顔を崩さずに続ける。

「俺は、ハーレムってんだけどよ。お前、名前は?」

一瞬、少女の頭の中に名乗るのを制止しようという声が上がった。だが、逆らうのも怖いという思いと、笑顔を信じてみたいという気持ちが勝っていた。

……だよ」

か。サバイバルと缶詰生活に飽きて来たから、明日もメンチ持ってきてくれよ」







 それからというもの、は毎日練習で作った惣菜を持って森へ通った。
親にばれると絶対に止められるから、見つからないようにこっそりと注意深く……。

「お。来たな」

「こんにちは、ハーレム! 今日はチーズカツだよ」

ハーレムは茂みの奥に、低めのテントを張って野営していて、彼がテントから出てきたりする際はひどく窮屈そうに見える。
 最近は揚げ加減も覚えて、焦がす事も無くハーレムの元へ届けられる様になった。
ハーレムは差し出されたカツを躊躇う事なく頬張る。

「お前、上手くなったなぁ。最初のメンチカツから比べりゃ、同じ奴が作ったとは思えねーぜ!」

「そりゃ、頑張ってるもん」

「揚げたては、もっと美味いんだろうなァ」

「じゃあ、今度ウチに買い来てよ」

「気が向いたらな」

「何で? 今から来ればいいじゃん。来てくれたらすぐに作るのに」

「一応、仕事中だからよ。この辺を離れちまうと、何かと面倒な事になっちまうんだ」

とりあえず、食べたカツをペロリと平らげてしまったハーレムは、銃を布で拭きながら煙草も吸いだした。
銃火器を扱う際に、煙草を吸っていていいのだろうか、とは一瞬不安に思ったが、ハーレムなら大丈夫な気がしてならなかった。何故、そう思うのか根拠や証拠は無いのだが、ハーレムは死なない様な気がしているのだ。

「ねえ、ハーレムは何でこんな所に居るの?」

「だから、仕事だっつっただろ。お前、今まで何だと思ってたんだよ」

仕事なのになんでこんな森の中に居るのか、という事を彼女は考えていたのだが、若干単語が足りず、ハーレムとは噛みあわず次の話題になった。
彼女の疑問は解決しなかったが、次には思っていた事を言わなくてはいけない。
本当は何らかの事情で路頭に迷って、テント生活をしているのでは……と。

「……怒らない?」

「ちっ……。どーせ、あんまり良くねー事なんだろ。やっぱ、言わなくていーわ」

言いよどんだの表情を見て取って、ハーレムがそれを制した。不機嫌そうな顔ではあるが、どこかしら気を遣ってくれている様がは嬉しく感じる。

「……ねえ、どんな仕事なの?」

「儲ける為の平和活動ってとこだな」

「何? よく分からない」

「分からなくていい。まあ……ここで、いい仕事をすれば俺の居る組織にとってプラスになるって事だな」

「組織?会社のこと?」

「そんなトコだ」

「ねえ、じゃあ社員証って持ってるの?」

の親は自営業だ。社員証なんてものは、持っていない。だから、は『社員証』に興味があった。しかも、ハーレムみたいなワイルド過ぎるいでたちの社員がいる会社。大変に興味あり、知りたいという気持ちが抑えられないのだ。

「持ってねーよ、んなもん。ソレらしいのは……こんなもんくれえだ」

ハーレムは否定したが、胸元に手を突っ込んでネックレス状の銀色のプレートを取り出した。プレートは二枚で、黒いゴムが周りについている。

「……なあに? これ……」

「タグプレート。“ドッグタグ”なんてケッタイな呼び名もあるな。所属や血液型、階級、名前……個人認識用に色々彫ってあんだ」

「このマークは何?」

ふと、そのプレートに掘られた円内の六芒星に「G」が刻印されたマークが気になった。
どこかで見たことがある様な気がするが、すんなりと出てこない。

「俺の組織のマークだ」

そう言って、ハーレムは早々とプレートをしまった。
それから、しばらく煙草を味わう風だった彼は少し考えながらを見遣った。

「なァ、

「なあに?」

「お前、この街や……ここは好きか?」

「……好き、だよ。……なんで、いきなりそんな事聞くの?」

ここは、の秘密の泣き場所。だからこそ、料理を失敗した時に思い切りここで泣いていたのだ。それだけではなく、テストの点が悪い時、初恋の壊れた時、喧嘩をした時……決まってここでひとり考え事をするのが習慣になっている。ここは木が多いせいか落ち着き、しかも街所有の林であり、ちょっとした傾斜があるから滅多に人も入って来ない。はここが大好きだった。

「そーか。ま、何となくだ。何となく」

の返答を聞いてハーレムが少しだけ口の端をつりあげた。……考え事をしてるだろう難しい顔から、本当に一瞬だけ微笑う様に。








次の日から五日程ハーレムはテントには居らず、はずっと彼に会えなかった。だが、前の日に置いておいたカツやメンチは綺麗に無くなっているので、多分帰って来てはいるのだろう。
今、は今日の分の練習で串カツとヒレカツを作って、おおかた揚げてしまっていた。

“もうそろそろ、メンチの感想とかを聞きたいのにな……”

そう思って、揚げ物を作る時、最近は毎日ハーレムの反応が楽しみで作っていたことに気付き、は何やら暖かい気持ちになった。

「……今日は、逢えるかな……」

一人で呟いて最後のカツをバットに上げた時、の父親が調理場に来た。

、今世間はすごいことになってるぞ!」

「どうしたの?」

「テロの犯人が捕まったんだよ」

「やっと捕まったんだ!? どんな奴?」

「なんたら……って宗教団体の幹部で……あ、王制復活を要求するつもりだったらしいぞ」

どこからか貰ってきただろう号外を見ながら父親が答え、も覗きこんだ。でかでかと犯人が連行された警察署のごった返した様子が写ってる。

少しずつ、記事を目で追ううちに驚くべき事実が浮かびあがった。『犯人逮捕にガンマ団兵が全面的に協力。有力情報提供者も彼であった』と書かれていたからだ。
の頭を過ぎったのは、ハーレムのメタルプレートに刻まれたあのマーク……。そういえばガンマ団については、一、二年前に話題になったのだ。ガンマ団と同盟を結ぶか、結ばざるか。確か、ガンマ団の敵対勢力へ鉄鋼石などを輸出しているので同盟を結んだら嫌でも輸出量を自粛しなければならない点と、軍事的なバックが出来ると他国から狙われにくくなる点で、メリットとデメリットのどちらをとるかで決着がつかなかったはずだ。あれから、あの問題はどうなっていたのだろう。もしも、まだ膠着状態だったとしたら今回の件で同盟を結ぶほうへ話が進むのではないだろうか。

もしかしたら……いや、ハーレムの話を照らし合わせると新聞に書かれたガンマ団兵は彼だとしか思えなかった。
は、サンダルをひっかけて家を出た。









がいつもの茂みに来た時、丁度ハーレムはテントを畳んでいるところだった。

「ハーレム!!」

「お、

作業の手を止めて、ハーレムはを見遣った。いつもどおりなんでもない様な憎らしい顔をして。
は、時々空気を食んでいるかの様に思い切り息を吸い込み、彼を見つめた。

「……帰る、の?」

「……ああ。仕事も終わったし、そんなに暴れらんなかったしな」

ハーレムがそう言いながら水筒から水を注ぎ、に差し出した。
受け取ってしばらく息を落ち着かせてから、ふとほんの数日前の事を思い出す。
“最初はただただ怖かった人だったのに”
そう思いながら、は水を口に含む。今では、多少優しくしてくれる彼。美味しそうに惣菜を食べて、その後でダメ出しもしたり、褒めてくれたりする彼。
帰ってしまうのは、たまらなく悲しい気がした。

「帰ったら、ヤだ……。まだ、お店にも来て貰ってないし、私の揚げ物も店デビューしてないし、それに……それから……」



重い空気をまとったハーレムの声がの名を呼んだ。
は思わず目を見開く。改めて彼を見つめると最初に自分を脅して来た顔で見られている事に気付いた。

「俺は、兵士だ」

「うん」

「火種を求めて渡り歩く。そういう仕事だ」

「うん」

「俺がいるトコってのは、何かしら争いのある場所って事だ。平和はメシのタネにゃならねえ」

「……うんッ」

の目から、涙が零れ落ちていく。ハーレムと最初に会った時よりは、穏やかに、頬に綺麗な線をひきながら。

「だから、俺が居なくなる事をお前は喜ばなきゃいけねえ。そうだろ?」

そのハーレムの言葉を聞いた瞬間、は胃が重くなっていく様な錯覚をおぼえた。心音は上がって、熱くないのにヒリヒリする様な汗を背中にかく。
そして、言いたい事は頭の中で変換されて、の口をついて出た。

「喜べないよ! 初めて私の料理を“美味しい”って言ってくれた人が居なくなるのを喜べる訳ないじゃん!」

「あのなぁ……」

の鬼気迫る態度とは裏腹に、ハーレムが前髪をかきあげた。

「何のために、穏便に済ませたと思ってんだよ」

「穏便?」

「俺がいつもどおりにやったらこの林が跡形も無くなるから、肉弾戦のみでいったっつーのに」

「何で……?」

「あァ? まだ、その辺の情報は公開してねえのか……。この林のもっと奥に、テロやってた奴等のアジトがあったんだよ」

 ハーレムは、タバコを吸いなおし「もう少し先に行ったら、警察が現場の警備してるとこが見られるぜ」と付け加えた。
で“何で、ハーレムが仕事したら林が無くなるんだろう”と思っていたが、彼の片付けようとしていた荷物に「危険物」などの文字やマークがあるのを見て、すぐにその考えを改めた。
 彼は兵士だ。しかも、かなり鍛え抜かれた体格をしている。それに加え銃火器・危険物も扱えるのだろう。そういったものをフルに使えば確かにこんな林や、下手をしたらこの街まで瓦礫の海になるかも知れない。傲慢そうな彼が、穏便に事を運んでくれてこの街は救われたのだ。そう思って、自分の命もハーレムの手中にあった事には一瞬鳥肌をたてた。

「……それで“ここが好きか”なんて聞いたの?」

「おう。一応、お前の方が先にずっとここに陣取ってたみてえだからな。何回もメシ貰ったから、後味悪くすんのもガキ相手に酷かと思ってよ」

にとって、ハーレムが居なくなってしまうことは後味が既に悪いのだが。
だが、改めて済む世界の違いを見たら、我侭を言う気力がの中から削がれていった。

「ま。ほとぼりが冷めたころにお前のメンチでも食いに来るから、それまで店潰すんじゃねえぞ。お前の根性と料理は気に入ったからな」

そう言って、ハーレムはの泣き顔を見つめてニヤリと微笑った。

その笑顔は、不敵であり、この数日でハーレムに馴れた所為か、の心は静かに静かに落ち着きを取り戻していった。











ちゃーん。メンチ、三個お願いねー!」

「はい!毎度ありがとうございます」

 少し落ち着きのある商店街の中にあって、常に少し行列のある肉屋。そこには、だいぶ大人になったが店頭に立って惣菜を売っていた。
 両親から惣菜を任されて数年。それまでは料理学校にも行ったし、日夜惣菜の研究は欠かさなかった。
そしてたまに恋もするのだが、その度にの中であの時のことが思い出される。
ハーレムに銃口を突きつけられた時。自分の初めての失敗作を不味いと言いながら食べてくれたハーレムの顔。そして、別れの時に交わした会話。

ハーレムが再び自分の料理を食べてくれるまでに、目を丸くする程上手く料理を作りたい。その一心で惣菜を作り続ける。

 メンチを三個袋に詰め、手渡してから次の客を迎える。

「いらっしゃ……」

「そこそこ繁盛してんじゃねーか! 

 そこに立っていたのは……。

「ハーレム……?」

忘れる訳がない。歳を重ねていても、今の自分にものすごい影響を与えた人物なのだから。

「おう」

「……やっと、来てくれたんだ」

「一応、ガンマ団で売れっ子の一部隊持ってっからな。そうそう来れねーよ」

あの時より、少し皺が出来た様に思う。だが、ふてぶてしい顔と物言いは相変わらずだ。

「黒焦げのメンチは売ってないのかァ?」

意地悪そうな顔に、更に意地悪な笑い顔を重ねるハーレムはそんなに年は取ってない様にも見える。
 そんな彼は懐かしいが、も伊達に年を重ねた訳じゃない。そんな意地悪な台詞にも笑顔で対処出来るだけの力もついた。

「生憎扱ってないけど……お店がひけたら作ってあげてもいいよ。出来立ての黒焦げメンチカツ!」

そんなの崩れなさそうな笑顔を見て、ハーレムも満足そうに笑う。

「ああ。頼もうか。黒焦げは勘弁して欲しいけどな!」

彼らの間を、あの頃と変わらない林からの風が吹き抜けていった。

【終わり】

PA PU WA 一 覧

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2008/01/09