人生ってままならない事もある。


隊長の部屋に呼ばれた。
1人ではなるべく行きたくないけど…1人で来いと言われたので仕方ない。これが噂の特戦部隊名物・タカリだろうか?
入ってからずっと貯金してたお金を根こそぎ持ってかれるのだけは避けたいなぁ…。

「失礼します」

隊長は机に寄りかかっていた。特に返事もされなかったので、私はすぐ側まで歩を進める。

「隊長、お話って何ですか?」

隊長が、ゆっくりと私を見おろした。目は穏やかだけど、いつものガキ大将の輝きは半減してる。

「…開発課へ異動が決まった」

「隊長が?多分、座り仕事は無理だと思いますが」

「テメーにだ。」

隊長が、机の上に紙を投げた。
確かに私の名前と、開発課へ異動の旨が記載されている。

「今、本部に向かってる。顔合わせと仕事の説明があるんだとよ」

異動…異動…この前の事があったから、足手まといと思われたのか?
でも…また同じ事があったらみんなも迷惑だろうし…。





久しぶりの本部は、やけによそよそしい気がした。普段こんなに大きな建物(要塞という言葉の方がしっくりきそうだけど)に来る事なんてないから、私が落ち着かないせいかもしれない。
本部は、面接のとき応接室へ来たのと、事務室しか行った事がなかったなぁ…。
ぼんやりと思いをめぐらせる。

「相変わらず色気の無ぇトコっすねー」

隊長と一緒に開発課へと向かうけど、ロッドさんも付いてきた。しかも、やけに私に近い。

「…隊長は引継ぎに立ち会うとして…ロッドさんは何で来たんですか?」

ロッドさんは、何故か驚いた顔をした。当然と思ってるんだろう。

ちゃんに悪い虫がつかないように」

私は、少し軽蔑の念を込めてロッドさんを見つめた。

「悪い虫ならすぐ近くに…」

「あ、俺?俺はちゃんを護るテントウ虫だよ」

「その表現はどうかと思います…騎士って言うかと思ってました」

「お望みとあらば、ナイトになりますよ〜。姫?」

ロッドさんらしく、片目をつぶって笑顔になる。そんな時、私はどうしていいか分からないけど心臓が収縮する感覚を覚えるのだ。
腰の辺りに、もぞりとした感覚がして、背筋が毛羽立つ。腰を見ると、手が置かれていた。ロッドさんを見上げると、さっきよりヘラヘラ度合いが増しているようだ。私は、その手の甲を抓る。

「痛っ!」

「騎士はそんな事しませんよ」

抓り続けてるというのに、ロッドさんの手は腰から離れない。

「ロッドさん、手を…」

「今日くらいこのままにさせてよ」

そう言ったロッドさんの笑顔は、心なしか困ったよう。痛いのを堪えてるから?その笑顔はより優しく見えて、指に力を入れる気がなくなってしまった。
…今は、このままで…。
今まで肩や腰に手を回そうとしてめげなかったロッドさんだけど、私が反撃すると直ぐに退けてくれていた。こんな事、初めてだ。
腰にロッドさんの手。ロッドさんの手には私の手。手の甲を摘んでるけど。…公衆の面前で腰に手を回されたのは初めてだなぁ…。
掛け値なしで甘えられない私。そんな女には、それほどの要求をしないロッドさん。
なんとなく、なんとなくだけど、これが私たちのカタチなんだと思う。
……これで、いい。これでいいんだ。
思い込まなきゃ忘れられない。
見ず知らずの男達に身包み剥がされて、吐きそうな夜を幾つも過ごしたこと。
ロッドさんの肌が温かくて、案外触り心地が良かったこと。
忘れなきゃいけない気がする。

「よお、久しぶりだな」

隊長が片手を上げて声を発した。

「うん、久しぶりー」

隊長越しに二人の男性が見えた。一人はスーツの上からでも、体格がいいと分かる落ち着きのある佇まい。もう一人は、声を発した、白衣でスーツの男性より若干線が細く、人懐っこい笑顔に長髪をリボンで束ねている。
どちらもブロンド、ブルーアイズ。

「あ、嫌がってるじゃん。放してあげなよぉ」

白衣の男性は、私がロッドさんの手を抓って拒否していると思ったのか、駆け寄って来てロッドさんの手を私の腰から退かした。
私は、それを寂しく思う。

「グンマ様。これは、嫌がってるんじゃなくて…」

“様”…特戦部隊は、ガンマ団の中でも恐れられる特別な位置にあるはず…。その隊員であるロッドさんが“様”を付けて呼ぶ人物という事は…よっぽど偉い人なんだろう…。とりあえず目の前のお二方は“様”で呼ぼう。
ロッドさんが、再び手を動かそうとした時、スーツの男性が喋った。

「嫌がってないとしても、この様な場では謹め」

たしかに!
急に恥ずかしくなって、私は背中から汗が吹き出るのを感じる。とりあえず、見苦しかった点はお詫びしなくては……!

「すすすすみませんでした!」

「謝る事ないよー。この変態イタリアンが悪いって一目瞭然だから」

白衣の男性は、平然とにっこりヒドいセリフを吐いた。こっちがヒヤヒヤするくらい、間の抜けた笑顔だ。

「開発課のキンタローだ」

「僕はグンマだよー」

開発課って事は…これからの上司!

「特戦部隊所属のです!初めまして。よろしくお願い致します!」

「ロッドでぇす」

「お前は知っている」

キンタロー様は即座にロッドさんの自己紹介を切り捨てた。

「ひでぇ!昔、一緒に戦った仲じゃないですかぁ」

「だから、知っているんだ」

キンタロー様が隊長の前に来た。

「これから業務内容を説明するが、叔父貴も来るか?」

「遠慮するぜ。開発課がしっかりしてるのなんざ百も承知だ。堅苦しいのは苦手なんでね」

隊長は私に向き「夕メシは肉にしろよ。肉」と言って、元来た道を帰ってしまった。

「じゃあ…俺も船に戻ってるわ。夕メシ期待してるからね!」

相変わらず、腰の…いや、フットワークの軽い…。私は、業務説明と今晩のメニューを憂いた。
あ…そういえば…。

「“叔父貴”って…隊長のことですか?」

「あぁ。」




業務説明を憂いてはいたけど、開発課の業務室に入って一時間ほどで規律や内容について一通り聞いた気がした。
この分なら、今日の夕飯もキッチリ考えられるかも。

「あ。ねぇねぇ、キリがいいからおやつにしようよ!」

グンマ様が立ち上がった。
おやつ…?
特戦部隊では、1人で時間が空いた時や、その時誰かいたら一緒に小休憩としておやつをとった事はあったけど…。組織として組み込まれたおやつの時間は無かった。
…私たちや、私の生まれ育った国でそういった習慣が無かっただけで…、ガンマ団や諸外国では当然の事なのだろうか?

「今日はねー、ちゃんが来るからお萩を用意したんだ」

お萩…またヘヴィーな!
好きだけど、夕飯が程近い時間に食べると上手くお腹が空かない…。

「グンマ」

「なぁに?」

「お前1人で食べて来い」

キンタロー様は、表情を変えないで言い切った。なんて正直にスッパリ言い切るんだ。それとも、仲がいいから言いたい事を言えるのだろうか?
グンマ様は、すごく困った顔をしている。

「え?!せっかくちゃんとは初めてのおやつなのにー…」

「まだ話は終わっていない。」

「詰め込んでも良くないよ。それに、1人でおやつ食べてもつまらないし…」

「夕食をおろそかにしたら、には叔父貴らの拷問が待っているぞ」

拷問!?特戦部隊ってそんな部署だったの!?倉庫には確かに鉄の処女やら、世界の刃物達があったけが…イザって時にとってあるものだって、隊長も言ってたのだけど。

「そうだよね…。じゃあ、僕1人で食べてるから…」

グンマ様はうな垂れて、1人部屋を出て行った。

「…あの…」

「気にするな。ここに配属されたら毎日付き合わされる」

キンタロー様は少し深く息を吐く。

「前々から思っていた…仕事の傍らのベビーシッターは無理がある」

「はい?」

…ガンマ団は、意外にも働く親の為に各部署に子供部屋があるの?初耳だ。

「本題だ。には専門知識が無い分、グンマについてて貰う」

グンマ様は…子持ち!?全然そうは見えなかった。職場に連れて来るという事は、奥様が今、いらっしゃらないという事なのかな…。

「グンマ様は、男手一つでお子様を…?」

「いや、アイツが子供だ」

…キンタロー様の!?それこそ全く、そうは見えない。それに、グンマ様もベビーシッターを必要とするほど子供に見えない。でも、隊長も年相応に全く見えないし…遺伝子の違いってヤツか?

「…言い方が悪かった。グンマは見た目と頭は大人だが、言動が本当に幼稚園児なんだ」

キンタロー様は私が何も言ってないのに、答えを言ってくれた。私の顔に、感情が出ていたらしい。

「俺が居るときは先刻みたいに言ってやれるが、他の者だとどうも言えないらしい。だから、は適度にグンマの相手をしてやってくれ」

私の胸に疑問が湧き上がった。
“…わたしじゃなくても、いい仕事じゃないか…”





「ロッド」

「なんすか?」

と初めて会った日を覚えてるか?」

「あー、はい。怖い顔して黙々と呑んでましたね〜」

「お前の初めてじゃねぇよ。」

隊長がタバコの煙を吐き出す。

「俺とが初めて会った日だよ」

「そりゃー覚えてますよ。すっげえヒヤヒヤしたから」

「…あの時の酔いっぷりは、今思うと痛々しいぜ」

確かに。酒は心底美味そうに呑んでいたけど、隊長に突っかかったり…あそこまでの無茶はあの時以来全く無い。

「…にはあんな呑み方似合わねえ」

たしかに。全てを忘れようとして、怖い顔したり、恥ずかしいくらいに無理して騒ぐ呑み方は、ちゃんに似合わない。

「俺は後悔して無えけどよ…オメーはどうなんだ?」

「へ?俺?」

なんでそうなるんだ?

「んー、どうでしょ?女の子が居なくなるのは正直辛いっすけどね〜…」

「そうじゃねえ。最近、二人して妙な雰囲気だったろーが」

「あー…そうでしたっけ?」

俺が悲しいと思わないのは、一種の逃げだ。ちゃんの、今の状態が手に負えなくて、側に居て助けてやれないのも辛くて、隊長の決定には反対する気すら起きなかった。
むしろ賛成だ。

「俺は医者でもナイトでもないっつー事ですよ」

「女が絡んでんのに、随分弱気じゃねーか」

そう、俺らしくない。けど、今の正直な気持ちだ。俺たちと一緒だとちゃんに、いつ危険が迫るか分からない。
それなら、厳重な警備をしてる本部でグンマ様の付き人をしてる方が、遥かに安全で安心だ。様々な意味で。



*-*-*-*-*-*-*-*-*


夕飯は、ひき肉が傷みやすいのでハンバーグにした。

「…と料理をするのは、久しぶりだな」

隣でマーカーさんがタマネギをみじん切りにしてくれている。なんだろう…その包丁さばきが怖いと感じるのは私だけだろうか。

「…そうですね。入りたての頃、豚バラを切って貰いましたね。あの時は、本当に泣きそうなくらい嬉しかったです」

「入りたてであの仕事量はきつかっただろう」

マーカーさんは目を閉じながらみじん切りを続行している。だけど、不思議に手つきはしっかりしてて…マーカーさんレベルの人には易しい事なの?どっちにしても、末恐ろしい…。

「いえ…事務仕事ばっかりじゃなかったので…疲れはしたけど、思ったよりストレスは溜まりませんでした。それに、馴れてきたら、みなさん優しさを持ち合わせてるって分かったし…」

あれ…目頭が熱い…。
反則だ…いつもは、私の仕事に興味も示さないのに…手伝ってくれた上に、労りの言葉をかけてくれるものだから…。

「…私ではなくが泣いてどうする」

マーカーさんは同じリズムを刻んで、みじん切りを作り上げていく。


*-*-*-*-*-*-*-*


夕ご飯を食べ終わって、みんな各々の自室に戻って、私は皿洗いをしている。もうすぐ、この4人分の皿洗いともお別れかぁ…寂しいような気もするけど、手荒れともお別れ出来るんだ…。

「……

この重い呼びかけはGさんだ。

「どうしました?」

水を止めて、振り返る。
……Gさんが、小さい熊とかぼすマンのぬいぐるみを持っていた。

「……異動の餞別だ……」

かぼすマン人形は、私が作ったものより小さくて、それでもキレイで可愛く出来ていて…熊にいたっては更に上を行く出来で、ほんのり笑顔にすら見える。

「嬉しい……」

やばい。今日二度目のHot涙腺…!
泣きそうな顔を、笑顔に正す余裕がないので俯いてみる。

頭に重みが感じられた。

「…………美味かった」

今日の反則技、二人目!


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2007年3月29日