飛行船は、隣町のだだっ広い荒れ地に停泊してるそうだ。
ロッドさんはバイクで来ていたので、後ろの席を指差した。
「…乗れって事ですか?」
「うん。」
ロッドさんは「怖い?」と聞いて、私の肩に手を置く。
久しぶりの感覚。仕事仲間の励ましで、肩に触れられるのとは丸っきり違う。
振り払いたい衝動と、肩に広がる暖かさから心臓へのくすぐったいような連鎖で、ドキドキしてる。
でも…弁えなきゃ。私は仕事仲間。弁えなきゃ、きっと辛い。
ロッドさんの手の甲を抓る。
「そりゃ、怖いですよ」
「そっかぁ。相変わらずだね」
それでも、ロッドさんは手を退けずに微笑んでくれる。
「でも、ちゃんを振り落とす事はしないし、ぜったい守るからさ」
少し、目つきが真面目で、でも口許の笑いは絶やしてない。
「そんなこと、出来るんですか?」
「もち。だから、必死につかまっててね」
私にヘルメットを渡して、ロッドさんはさっさと運転の準備を始めた。
私もヘルメットを被って覚悟を決める。タクシーを呼んでもいいかもしれないけど…特戦部隊に向かうという事が私を押し止めた。
狭い田舎だ。どこで知り合いに会って、噂になるか分からない。“さんとこのちゃん、あぶない商売やってるらしいわよ”とか…噂が流れたら、家は生活しづらいことこの上ない。
私は、意を決して後ろの席に乗り、ロッドさんの固いお腹に腕を廻した。
「おっ。行くよ〜」
剥き出しの身で初めて道路を走るという事に、私は身を固くする。放すもんか。たとえ、どんな遠心力が振りかかろうともロッドさんにしがみつき続けてやる。
エンジンの音とともに、私の心臓も跳ね上がった。
*………*
肌に受ける風と、時々左右にかかる重力。
ずっと目をつむって、ロッドさんに、きつくしがみついていた。
そのうち、今まではなかった激しい振動が下から伝わってきて、しばらく続いたと思ったら風も感じなくなって、止まった事を知った。
「着いたよ。」
ロッドさんの声に目を開ける。目を閉じっ放しだったからか、一瞬目が痛い。
だけど、懐かしい影。
いつも、献立に給与保護、掃除に洗濯…悩んで、笑って。辛い事があっても、ここがいいと願った場所。
私が整理したキッチンと、倉庫はめちゃくちゃになってないかな。
隊長はきちんと、ご飯食べてたのかな。
Gさんのぬいぐるみは、増えてるかな。
マーカーさんが、得意の包丁さばきでご飯を作ってるのかな。
ロッドさんは、あれから何人の女と会ったんだろう。
気になってた事も、今日で終わり。帰ってきたんだ……。
少し切なくて、笑いたくて、泣きたいような複雑な気分。
バイクから、そっと降りてみる。地に足をつけて、余計に現実味を帯びた。
自然に、涙が溢れてきた。ただただ、涙腺が涙を押し出すように、リラックスした状態で。
「ちゃん」
慌ててシャツの袖で、涙を取ってからロッドさんの方向に向いたら、頬にロッドさんの肌が当たる。振り向き様に抱き寄せられたらしい。
思えば、包まれるように正面から抱きしめられるのはあまり無かった。とても心地良く思えて、いつもならする抵抗も、する気にならない。
「おかえり」
優しく囁かれて、一瞬頭が空になる。
でも、心の奥では、こういうのを望んでいたのか、嬉しくも思う。
ロッドさんの背後には、たくさんの女が居ると思う。だけど今は、私もこの嬉しさに任せてもいいかなと思い、手をロッドさんの肩に触れさせた。
「ただいま戻りました」
*………*
飛行船の階段を上がったら、マーカーさんとGさんが居た。
「久しいな、」
「……………ん。」
Gさんはともかく、マーカーさんまで出迎えてくれるなんて。
「二人とも、お元気そうで何よりです」
「もな。また、以前のような働きぶりを期待しているぞ」
マーカーさんとGさんの目線は、キッチンと倉庫に注がれている。
確かに、よく其処で仕事をしていたなあ。
「ちゃん。戻ったら隊長のとこに行くように言われてるから、ね」
「あ!そうですよね」
ロッドさんの言葉で我にかえった。一旦、特戦部隊から離れていたのだ。挨拶をきちんとしなければ。
マーカーさんと、Gさんと、ロッドさんに体を向ける。
「今日からまた、特戦部隊でお世話になります!」
一礼をして、また顔を上げる。
「では、また後ほど!」
私は、指令室へ急いだ。
本当は、やっぱり後ろめたい。キンタロー様、グンマ様、開発課の同僚に対して…。とりあえず、乗るはずだった便が中継地に着くまでに連絡はしなきゃ。かなり長旅だから、今すぐでなくてもいいだろうけど。
*………*
ノックをしたら、隊長の「入れ」という声がした。
「失礼します」
入った瞬間、目を覆いたくなった。
お酒の瓶、瓶、瓶…破られた馬券…しかも、足元の馬券を見た限り、全てケンタウルスホイミ。
馬券と空瓶の海。その先に、隊長が座ってる。
「隊長…」
「…よく戻ったな」
「またお世話になります」
後ろめたい気持ちはあったけど、それ以上に此処に居なきゃ…という気分になる。
私みたいに、家事をする係りが居なきゃ、ここは物凄く散らかって行くと思う。
「ああ。また美味いメシ、頼むぜ」
「はい」
「あと…、もう一つ聞け」
隊長が、何故か改まって真面目な顔をした。
一体、どうしたんだろう?
「…もう、前みてえに、お前を危険な目に遭わせねえ。」
「…え…」
「だが、が一人で外に出たりした時は、いくら俺達でもお手上げだ。だから、なるべく誰かと一緒に行動しろ。」
「隊長…」
「窮屈かも知れねえ。だが、その代わり物騒な奴からは守ってやる。約束するから、も約束しろ」
「はい…。ありがと…ございます」
隊長が、物凄く意外な事を言ってくれたから、私は不覚にも胸が痛くなった。
その次は鼻がツンとして、涙腺が刺激されてさっきみたいに涙がどんどん溢れてきた。
こんなに素直に、涙腺が刺激されるのは、私が望む場所に帰って来たからだと思う。
「よーっし!今日はが帰って来ためでてえ日だからな。騒ぐぜぇー!」
「はい!!急いで準備します!」
PA PU WA 一 覧
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2008/01/09