荷物をまとめ終えて一息吐く。充実した休暇だった。

家族も元気だったし、も結婚しそうだし。安心した。
それに…私は飛行船を見ていないけど、いつもよりも特戦部隊と近くにいれたのかもな…と思うと口元が綻ぶ。

「隊長、マーカーさん、Gさん…ロッドさん。私は元気に生きてますよ…。」

、そろそろ出ないと電車乗り遅れるわよ。」

「わ、はい!」

お母さんがいきなり客間に入ってきたので、慌ててしまった。柄にもない呟きをしてしまったので、余計焦った。

「本当に送って行かなくていいの?」

「いいよ。お母さんも忙しいでしょ?」

「気にしなくていいのに」

「いいの。もう大人なんだから。1人でじっくり山を見ながら帰るから」

荷物を持って玄関へ。普段は履かないスニーカー。仕事場に住んでいるし、外出も出来ないから、新品同様だ。

「お正月には帰って来なさいね」

「うん。多分、帰れると思う。バイバイ」

「気をつけて。じゃあね」

扉をパタンと閉めて、朝日を見上げる。緑もあって、山も見えて…ガンマ団では絶対にお目にかかれない風景。でも、変わった風景もあって…向かいの古い家が立て直されていたり、木で出来た橋が近代的なデザインになっていたり。昔は、怖かったりダサかったりで嫌いだったものが、いざ変わると寂しい。以外に、昔ながらのものに愛着を持ってた。
こんな感情は、年寄りくさいと嫌ってたのに…。

「私も年なのかな…」

ちゃんは充分若いって」

ドキリとする。この声…この明るい口調。分かってしまう、声の主。でも、まさか、そんな。いきなりの声に振り返る。

「ロッドさん!」

へらっとした顔に…やっぱり前の大きく開いた服。

「何て格好してるんですか!」

「え〜?!いつもこの服着てたじゃない」

見慣れた格好ではあるけれど、お母さんが見たら…。きっと私の事を心配して、家に引き止めるに違いない。

ロッドさんの腕を掴んで、とりあえず走る。

ちゃん!?」

近くの神社の裏手の山まで駆け足で来た。さすがにロッドさんは鍛えているだけあって、息を切らしていない。

「大丈夫?」

「…は、はい…。」

呼吸を整えて、ロッドさんをまじまじと見る。
相変わらず逞しい体に、色素の薄めな金髪。少し心配そうな顔をしてくれている。
久しぶりに見るロッドさん。
こんな田舎の町にはそぐわないロッドさん。
そぐわな過ぎて夢かと思う。家を出る前に思い出してたから、幻覚を見ているのかな。

ロッドさんの胸板に手を伸ばす。緊張して、恥ずかしくて、少し震える。指先に、あのスベっとした感触が蘇った。夢かな…?なんだか実感が持てないくらい、頭も指も浮いた感じ。いくら指先で触ってもそれは軽く思えるので、そこかしこに指を走らせる。

「…ちゃん…、もしかしてソノつもりでここに連れて来たの?」

この、厭らしげな含みのある言動…まさしくロッドさんだと思うけど信じられない。信じられなくて、今度は勢いをつけて掌を叩き付けた。
“バチィッ”

「痛っ!何すんだよ!?」

私の手は、痛い。目の前のロッドさんも痛がっている。

「コレ、やっぱり現実!?」

「何言ってんの?」

「…本当にロッドさん」

「…大丈夫?」

一瞬、嬉しすぎて涙腺が緩みそうになった。でも、これはいけない。聞かなきゃいけない事がある。

「仕事…ですか?」

「あー、まあ仕事っちゃあ仕事なんだけど。ちゃ…」

「この町を消すんですか!?」

私は矛盾してると思う。
今まで、破壊することを仕事とする特戦部隊で働いておいて。戦闘が主な仕事のガンマ団で働いておいて。
いざ、自分の町が無くなると思ったら…家族やが居なくなると思ったら…それが怖いなんて。

「…ちゃんの考えてることは分かった。でも…」

ロッドさんは、頭に手を当てて、眉尻を下げて喋った。少し苦汁を舐めた様な顔をしてる。
やっぱり私に言われて、任務を変えてくれるほど“仕事”って簡単なものじゃ無い。特戦部隊も、お遊びで仕事をしている訳じゃ無い。
解ってる。解ってるんだけど…。

だけど私のこの気持ちも、そうそう変わらない。精一杯にロッドさんを睨みつける。ロッドさんは、次に何を言い出すのか…口元も凝視する。

「俺ら、干されてんだよね」

「はい?」

“干されてる”?一気に、私の頭は、空っぽになる。

「どういうことですか?」

ロッドさんは、こめかみを指で掻いて続ける。

「ガンマ団を敵に回してまで、俺らに仕事頼もうってトコがないんだよね〜…。反対勢力のトコは、元ガンマ団の俺らに仕事なんて頼まないし」

確かに“仕事を干されている”といった事には納得がいく。だけど…何で、今、ここに居るの?この町は、特戦部隊の生業とはかけ離れすぎていて、頭に疑問符が浮かびっぱなしだ。

「仕事が無いのに、何でこの町に?」

ロッドさんが微笑んだ。と思ったら…私の手を取ってウィンクをした。

ちゃんを攫いに」

「はぁ!?」

ものすごく久しぶりの、歯の浮いてしまうセリフ。軽く流すことなんて出来ない。

「戻って来てよ。」

嬉しい。ロッドさんに戻って来て欲しいって言われるなんて。だけど、私の心の中につっかえがある。
それは、隊長のこと。
まだ一年も離れていないし、隊長が私の身を案じてくれた結果、私は開発課で働いている。隊長の手を患わせたのに、また戻る事に気が引けた。
引っ掛かっていることがある以上、出戻りなんて真似をするのは相当の勇気が要る。

「…戻れません…」

私のこんな返答は予想していなかったのか、ロッドさんのヘラヘラした顔が少し落ち着きを含んだものになった。
きっと、納得いかないんだろう。

電話で弱ってるところを晒しておいて。わざわざ私の実家まで迎えにきて、それでも私が戻らないと言って。

だから今、頭の中に浮かぶ言葉をロッドさんに伝えなきゃいけない。

「隊長が、もう危ない目に遭わない様にって用意してくれた場所を、捨てる訳にはいきません。」

風が、吹いた。
うなじから、足の隙間から、私の緊張や熱を奪う。少し強めで、涼気を含んで気持ちいい。勢いを弱めたりせず、すぐに風は止んでしまった。張り詰めた気分が一瞬緩んだ私を見たのか、ロッドさんが口を開いた。

「ここの風は潔いね。ちゃんみたいだ」

ロッドさんは、少し困った様に笑った。
抽象的な表現で混乱する。そんな私を見て、ロッドさんは私に歩み寄った。

「うわ!」

ロッドさんが近づいてきたと思ったら、肩に担がれてしまった。

「言ったデショ?仕事っちゃあ仕事って」

「はぁ!?」

何。どういう事?
真意を図りかねる言葉に、益々訳が分からない。

「隊長も俺らも、満場一致でちゃんに戻って来て欲しいんだってば」

少し、頭の中の混乱していた渦が止まる。

ちゃん?」

言葉が、出ない。でも、言葉の代わりに涙が出てる。涙が出てる割に、とても心は穏やかだ。

「戻ってくれるよね?」

言葉を紡げない脳みその代わりに、私は腕の回しきらないロッドさんの背中に、力の限り抱きついた。

私は、特戦部隊に戻りたいんだ。


*-*-*


落ち着くまで、ロッドさんと一緒に神社の裏で休んで行く事にした。
鼻をすすりながら、さっきから疑問に思ってたことを口に出してみる。

「…何で、私が実家に帰るって分かったんですか?」

実家の住所は履歴書に書いていたので、隊長に預けていた控えを見たんだろう。
でも、里帰りの日程はどうやって突き止めたのかが不思議で仕方ない。

「えー?強いて言えば、ちゃんへの愛だって!」

「何、またバカな事言ってるんですか」

絶対違う。こればっかりは、本能じゃなくても少し考えれば分かってしまう。
ロッドさんは苦笑いを浮かべて、私に向き直った。

「…ちゃんは、俺らの仕事をよーく分かってるよね?」

「はい。」

「工作活動に必要なものは、一式揃ってるんだ。意味、分かるよね?」

工作活動…諜報とかのことを指してるんだと思う。
……諜報?

「まさか…私の部屋の電話…」

「うん。盗聴したよ」

とたんに恥ずかしくて、顔に血液が集まる感覚に襲われた。
だって、と長電話してる時とか、女同士のえげつない話もしてたし、もう、それこそ…性交渉について私の意見もバンバン言ってたから、穴があったら入りたい。その上で何か蓋をして欲しいほど、恥ずかしくて仕方ない。

私が、恥ずかしくてまた、落ち着きがなくなってるのを見て、ロッドさんは厭らしい笑顔をした。
あっけらかんとはしてるけど、なにかしら悪意を含んだ笑顔。私をからかって面白がってるって分かる笑顔。

ちゃんのアノ趣味も分かったしぃ…」

私が絶対聞かれたくない事を、ロッドさんは聞いてしまったんだろう。

「ピクニックの続き、する?絶対、惚れ直しちゃうよ〜?」

「しませんっ…!!」

辛うじて、否定の言葉を吐くだけで精一杯。
どうやってロッドさんの顔を見ればいいのか分からない。

人の気も知らないで…いや、絶対にロッドさんは知っててからかってる。

少し懐かしくて、ほんの少し…本当の本当にほんの少しだけ嬉しく思った事は、絶対に秘密にしておこう。




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2007/07/05