午後の陽射しは柔らかく、私たちの部屋を心地よい温度にしている。
今日は、ガンマ団の支部のCPUのメンテナンス及びデータ回収で、キンタロー様とグンマ様について来た。
私は開発やメンテナンスなどの知識があるわけでは無いから、書類作成が終わりグンマ様が昼寝をしてしまえばやる事が無い。
「も仮眠をとるといい」とキンタロー様が仰ってくれたけど、眠くないのだから眠りようがない。やけに、キンタロー様は、私の睡眠事情を気に掛けてくれる。多分、前に、本部で倒れた事を知ってるのだろう。
あれは、仕事が多かったのと、炊事・掃除・洗濯をしていたから…仕事量は今の倍はあったせいだ。
現に家事は自分の分だけで良くなったので、かなり楽をさせて貰っている。
文書作成とグンマ様のお目付け役…これが仕事内容の殆どだけど、特戦部隊に居た時より、仕事の達成感と喜びが少ない。
ソレを求めると一気に仕事は大変になって、そして、私を異動させてくれた隊長の思いやりを無下にしてしまうんだろうけど…。
…会いたいなぁ…皆サンに。
あの、懲りずにボディタッチを仕掛けてくる時のヘラヘラした顔や…。
…ロッドさんを思い出してしまった…。
もう、特戦部隊はガンマ団に居ない。本部勤務の私とは、線が交わらない。
1人分の家事を休みの日にまとめてして、確保された自分の趣味の時間を『かぼす』とお酒と共にすごして、思い出すのは「こんな時ロッドさんが構ってくれたなぁ」っていう事。何かにつけ話しかけてくれて、何かにつけ私を怒らせて、元気にしてくれた。滅多に怒れなかった鬱屈した性格だったけど、特戦部隊に居た時は感情を表に出すことに関して躊躇いは然程感じられなかった。きっと、ロッドさんが構い続けてくれたおかげ。
…構い方はシャイな島国で育った私には、ドキドキヒヤヒヤするものばっかりで、どうかと思うものばかりだったけど…。
グンマ様の寝顔に目を移してみた。布団から頭を出して、幸せそうな顔をして寝ている。寝息も静かで規則正しい。
こんな優しげな寝顔を見ていると、元・赤い悪魔(用途は違うかな?)マジック様の息子で、隊長の甥だなんてとても信じられない。
“コンコン”と、不意に、窓を叩く音がした。
窓の外にはガンマ団員が立って、こちらを穴が開くほど見つめている。何かあったのかな?とりあえず窓の側に行って、窓を開けた。
「なんでしょうか?」
ガンマ団員は私を見ると一層形の良い目を開いて、口を開けた。
「あぁっ。やっぱり!お久しぶりです」
ガンマ団員が大きな声を出したので、グンマ様の方を振り返る。
……さっきと変わらない、幸せそうな顔。
良かった、起きなくて。しつこいようだけど、本当にあの元・総帥と隊長の…(以下略)。
「あの…グンマ様を起こしたくないので、静かにしゃべって頂いていいですか?」
団員の人も、私の視線の先に眠る人物に気付いて“マズい”という顔をした。
「すみませんでした…少しお時間頂けますか…?」
丁度、暇を持て余していたし、グンマ様はまだ眠るだろう。団員に付いて行く事にする。目が覚めてグンマ様がびっくりしないように、念のためメモを残しておいた。
“ちょっと散歩してきます。 ”
談話スペースに案内され、団員は缶のお茶を奢ってくれた。
「任務を終わらせておいて良かった。今日はどうしてもココに居なきゃいけない気がしてたんですよ」
団員は、プルタブを軽快に開けてコーヒーを飲む。
話しかけてくれて“久しぶり”と言うこのガンマ団の青年…私は、とんと思い出せない。
「すみません。失礼だとは思うのですが、あなたの事を覚えてないんです。どこかでお会いしましたか?」
青年は私を見詰めると、苦笑いを浮かべた。
「そうですよね。お会いしたのは、一瞬でしたから」
缶コーヒーを口に運び“さんもどうぞ”と、お茶を飲むように勧められたのでプルタブを引いた。
お茶は、缶特有の金属の匂いがする。缶を傾けるべく顔を上げると団員が缶を置いて、立ち上がった。顔は改まって真剣な顔つきだ。
「さんが特戦部隊からさらわれた時、僕が給料を渡しに行きました。」
あ!
記憶の所在の場所が分かったら、すぐに思い出せた。
「謝っても、どうにもならないと思います。だけど、本当に申し訳なく思ってて…」
青年は、私に頭を下げて深々と礼をした。
「…本当に、申し訳ございませんでした…!」
私は、あの後も特戦部隊で働く事が出来て、今は開発課に置いて貰ってるけど…この人は大丈夫だったのだろうか。
減給?降格?自分の事ばかりで…。初めて、私が捕まった事の波紋を考えた。
「…あの…もうだいぶ前の事ですし、私も立ち直れたと思うし…もう大丈夫です…」
私は青年の肩に触れ、上体を起こさせようとしたけど…頑として動こうとしていない。
「いいえ!今日、さんと話をさせて貰ったのは許して欲しいからじゃないんだ!」
「え?」
どういう意味だ。謝ってるのに、許しを求めてない?
「さんをあんな目に遭わせて、許して貰えると思ってない…。さんと話したかったのは…僕の仕事は人の命に関わる事なんだって、心に刻み付けたかったから…」
青年の足に水滴が点々と落ちて、靴の色を一部濃色に変えている。この人は、ずっと自分を責めていたんだろうか。
「…僕はあの頃、思い上がりも甚しかった…」
「え…」
「ガンマ団で働けるようになったのに雑用ばかりで…自分の力を生かせる仕事が早く来る事ばかり考えてました。そういう任務が来たら自分の力を思いきり活かそうと…。だけど…あの時、後を取られて何も出来ず、さんを簡単にさらわれてしまった」
青年は頭を上げないままだ。鼻水を啜った。息を吸うのが分かる。
「ロッドさんに“何で後ろから迫られて気付かないんだ”って、思いきり蹴られました」
それは普通気付かないんじゃ…。無茶苦茶言って…。私がした事じゃないけど、ごめんなさい。
「…いくら強い力を持ってたとしても使う前にやられたら意味が無いと…身をもって知りました。今、立ち直って、腐らずに仕事を前向きにこなせるのは…特戦部隊の皆さんのおかげだと思ってます…。おこがましいかも知れませんが…」
団員の声は一層鼻声になる。
「だから、僕はあの時の事を絶対に忘れません。さんを傷付けてしまった事を忘れちゃいけないんだ!」
青年は顔を上げた。涙と鼻水でグシャグシャだ。
「…私が、あなたの役に立てたなら…うれしいです。ありがとうございます」
「…ロッドさんと離れ離れにさせてしまい…申し訳ありません」
それは、なんで?
特戦部隊のガンマ団追放が決まって、私の事を考えてくれた隊長が異動させて…って、え?
「なんで、ロッドさん?」
「恋人ですよね?あの蹴りは、吐きそうでした。端くれとはいえ、ガンマ団員を吐きそうな位蹴り上げるのは手加減出来てないって事ですよ。さんへの愛でしょう」
青年は「いつか二人並んだ写真を見せてくださいね」とふんわり笑った。
青年と別れて、再びグンマ様の眠る部屋へ向かう。
…ロッドさんの顔が、さっきから頭を離れない。青年が、妙な事を言ったからだと思う。
そりゃ、キスしたり、未遂だけど寝ようとした事もある。でも、きっとロッドさんにとっては至極日常だ。だから、恋人なんて望まないし、そもそも好みが違う。
童顔じゃないし、ヨゴレだし、世界の女を股にかけるジゴロ(?)だし…何より取っ手がない。掴む糸口すら見当たらないロッドさんを好きになったら辛すぎる。
…でも、そんなに心配してくれてたんだ…。
それを知ってから、胸の辺りがなんだか暖かい。心なしか、耳に熱を感じる。
とにかく、嬉しく思った。
部屋を覗いたら…布団は畳まれて、寝て居た人物も見当たらなかった。
キンタロー様のところへ手伝いに行ったのだろうか…。と、なると、私も休んで居られない。メインの装置がある部屋へ向かった。
「特に問題は無いな。」
「はっ。ありがとうございました!」
キンタローと、この支部のCPU担当者は、今、点検を終えたところだ。エラー発生条件のデータ回収はしばし時間がかかるので、待機がてら小休憩で壁に二人とも寄り掛かっている。
「あ…そういえば、特戦部隊で働いていた女性が、本部勤務してるって本当ですか?」
「…ああ。」
「…あの、泣く子も黙る特戦部隊が、一人の女性を助けたが為に追放だなんて…未だに信じられませんよ」
「そのせいでは無い。変わった後のガンマ団では、特戦部隊の戦い方は問題視されていた」
「…でも、あれが引き金でしょう?ならず者の溜まっていた文化遺産の城まで破壊して、賠償請求やらクレームが一気に増えた、あの事件が…」
CPU担当が話し続けようとして、キンタローを見ると…彼は表情も変えず、ただ自分を見て居たが視線だけは鋭く冷たかった。
「賠償請求は、特戦部隊が去った事で話はついている。そもそも文化遺産に、ならず者を溜まらせておく国も問題だろう」
その視線をもろに見て、彼はやっと喋り過ぎた事に気付く。彼はキンタローの喋った詳細と視線のパズルを組み合わせて、これ以上は触れてはならぬと自分に言い聞かせた。
…え…。特戦部隊が追い出されたのって…。
「ちゃーん!」
呼ばれて振り返った先にはグンマ様が居た。
グンマ様は歩みを早めて、私の元へまっしぐらに駆けて来る。
「起きたら居ないんだもん。ビックリしちゃったよ〜」
「申し訳ございません。眠くなかったので…」
「ダメだよ、働きすぎは。ONとOFFを使い分けなきゃ!」
普段接してる限りで、8割はOFFのグンマ様に言われても説得力が無い気がするけれど…。
「はい。気をつけます。私も今来たところですから、今から目一杯ONですよ」
なんとか平静を装えるように、自分に言い聞かせた。仕事中、仕事中…。
CPU室に入って、担当の方とキンタロー様にお辞儀をする。
「私に何か仕事は残ってないでしょうか?」
キンタロー様を見ると、片手を左右に振っていた。
「いや。あとはデータ回収だけだ。お前達は帰り支度をしておいてくれ」
「かしこまりました。グンマ様、行きましょう」
「うん!」
CPU担当の人を見たら、随分ばつの悪い顔をしている。…私は何も聞かなかった…!冷静に挨拶して、何も手伝えなかった事を詫びなくては。
「ここのCPU担当の方ですね。挨拶すらロクにできないまま、手伝いも出来ず申し訳ございません」
「あ…いえ、お気になさらずに…」
「技術者が現場に張り付く場合、身動きは取れないからな。は気にするな」
キンタロー様が私たちに気を遣ってくれたのか、フォローを入れる。
「では、失礼致します」
その気遣いに甘えてCPU室を後にした。
帰りの軍用機の中で、また、グンマ様は眠ってしまった。しかも、私の膝を枕代わりにして…。そういえば親代わりの、医師をしている方は居ると聞いていた。母親に甘えられなかった分を、今、身近な女性である私にぶつけているのだろうか…。
「」
キンタロー様が、話しかけてきた。
「なんでしょう?」
「俺達の話は、聞かなかったか?」
具体的なものを指しては居ないけど、きっと特戦部隊の話だ。キンタロー様は、人一倍働くのに、周りの事も気にかけてくれる理想の上司だ。
「話って…何ですか?」
「いや…いい。」
心なしかキンタロー様の顔に安堵の色が見えたのは、いくら私でも見落とさない。十中八九、特戦部隊の事を指していたんだろう。少し、申し訳ない気分になると同時に、私も安堵した。
機は揺れもせず、着実に本部へと向かう。
…今日は何を食べようかな…。
本部内の寮に着いてスーツを脱ぐ。今日はなんだか呑みたい気分。お米は…要らないかな。
缶ビールと日本酒は確実に冷蔵庫の中にある。
キャベツの炒め物と、インスタントスープにしよう。
ある程度火を通した山盛りのキャベツを食べながらビールを口に運ぶ。
キャベツを咀嚼する音。ビールの泡の消える音。音が聞こえるという当たり前の事が、今日は寂しい。
隊長や皆さんは、生活出来ているだろうか?
私の事、恨んでるかな?
それとも、足手纏いな部下が居なくなって清々してる?
マイナスな考え方が頭の中を駆け巡る。マイナス思考をマイナスイオンに変える機械を、キンタロー様とグンマ様で開発してくれないものか…。
ビールを口に運び、顎を上げたらPCが目に入ってきた。…そういえば…メール、チェックしてなかった。
電源を入れて、パスワードを入れる。メーラーを開き…受信中表示が消えない…。今日はメールが多いのかな?と思ったら、のメールだけだった。
…なにやら果物のかぼすとの写真。それとと彼氏の写真がいくつも添付されてる。
“、そろそろ帰って来てー!
また『桜に町』ハモろうよ〜!
よし、決めた。
来月か再来月に帰ってくること!
いいね☆?”
なんで私の予定を“よし、決めた”で決定させてしまうんだ。でも、メールの文面を見て、少し不安にもなった。明るく、勢いよく書いているけど、が『桜に町』を歌いたいと言う時は恋愛で何かあった時だ。
そういえば、特戦部隊に入る前から数えると2年以上帰ってない。開発課勤務になってからも随分経つけど、一度も有給を使ってないから…実家でのんびりするだけの休暇は取れるかも。
“部署が変わったりして
忙しくて、帰り忘れてた…
ごめんね!
明日辺り上司に聞いてみるよ。
聞いたら、すぐ電話するから。”
送信して、またキャベツとビールに向かった。
…電話、鳴ってる…。
ハっとして顔をあげると、キレイに平らげられたキャベツと缶ビールの残骸…。それに寒い。呑みながら眠っていた…。
のろのろと電話まで向かい、受話器を上げる。
「です」
「ちゃーん、久しぶりぃ〜!」
…誰だろう?こんな時間に…しかも、聴いた事あるような無いような…。電話は声がだいぶ変わってしまうので、たまに分からなくなる。
「…恐れ入りますが、どなた様でしょうか…」
「寂しくて忘れちゃったの〜?ちゃん。」
流れる無音。
あれ…陽気な喋りは、もしや…。
「愛しのロッドだよん」
「ロッドさんを愛しの人にした覚えはありません」
感慨深くなるより先に、つい憎まれ口を叩いてしまった。
開発課では、ここまで自然に声が出ない。
「相変わらず冷たいなぁ」
「だから、これが地ですってば」
「嘘つき〜。離れる直前は、素直なちゃんだったぜ?」
「…人は過ぎ去った出来事を美化するって聞きました」
…懐かしい…。
でも、ここの番号は教えてないのに、どうやって調べのかな。
「なんで、ここの番号を知ってるんですか?」
「知らなかったよ。そっちは番号+内線だから、とりあえず内線おして、ちゃんに当たるまで無言電話してた」
そんな傍迷惑な。でも、ガンマ団に電話なんてヤバくないのかな?一悶着あって抜けたんだから、またいざこざになっても大変だ。
「…どんなご用件ですか?」
「ちゃんは元気かなーって気になったから」
「…元気ですよ」
「あえて、暗めに言ってない?」
普通に言ったつもりだった。だけど、鼻腔がツンと痛くて涙が零れたのだ。
疲れたのか。
後ろめたさからか。
嬉しいからか。
「元気ですよ」
改めて言ってみる。自分でも聞いてて分かるけど、鼻づまりのペシャっとしてそのまま床に落ちて貼りついてしまうような性質の声。元気じゃないですよって教えてるようなものだ。
「何かあった?」
やっぱり鼻声と妙な声のうわずりは、電話でも誤魔化せなかったらしい。
私のせいで、追い出されたんでしょ?
私は足手纏いだったでしょ?
居なくなって良かったでしょ?
否定的な言葉は次々と浮かび上がって、喉の手前で消えた。
声を出そうとして、喋れなくて…この繰り返しを何回やってるかな。
「……ちゃん?」
さっさと切っていいよ。ロッドさんは、もっと構うべき彼女たちが居るでしょ?
だけど、この状態の電話を切らずに居てくれるのは…単なる元・同僚としてだけじゃなくて、私の事を想ってくれてるからだって…思い上がっていいかな?
「…元気…です。ありがとうございました」
明らかに泣いてるのが分かる声だけど、言わなきゃキリが悪い気がして精一杯声を絞り出した。
「分かった。…また電話するよ」
“チュ”という音がした。ロッドさんらしくて、むず痒い。やっぱり、まだまだロッドさんの甘い雰囲気には慣れないなぁ。
……あれ、通話の終了を告げる音が無い。
「もしもし」
「んー。なーに?」
「切らないんですか?」
「ちゃんが切ってよ」
「…私も、自分からは切らない人間なんですが」
私は、仕事をするようになってから、なるべく相手が切るまで電話を切らないようにしている。
「ちゃんてば、か〜わいい!」
「いえ、案外普通の事ですよ」
どこがどうロッドさんの触覚に引っ掛かったのか謎だ。
「じゃあ…3カウントで一緒に切らない?」
「分かりました」
「騙しっこなしね」
「はい」
ロッドさんじゃあるまいし。という言葉は飲み込んだ。
「じゃあね。1、2、3」
ロッドさんが“3”を言うのと同時に受話器を置いた。
…また、電話くれるのかぁ…。
いいや。もしも特戦部隊と連絡とってるのバレて立場悪くなっても。だってロッドさんと、また話せたんだもの。
仕事に関係ないプライベートの事だし、ね。
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2007年3月29日