誘拐されたのが結構辛くて、しばらく何も出来ないかと思ったけど、2日したら普通に働く事が出来た。
あまり食欲がない事を除けば、なんら変わりない。
料理も出来るし、みんなの前では至って明るく食べるけど、別々に食べる時は全く食欲が湧かない。
あれだけ好きだったお酒も最近は呑む気がしない。
シャワー室で痣を見ると胃が締められて気分が悪くなる。あの時の押さえ付けられた感覚が消えず、まだ夢に出て来たりして…。
概ね日常生活は滞りないから、その辺りは良かったと思う。仕事が出来なければ、クビになるしかないから。
ノックの音がした。
眠る前のとりとめもない考え事は中断される。
扉を開くと、ロッドさんが居た。
いつも通りのニコニコ顔が、眠る間際には眩しい。その眩しい笑顔を崩さず「起こしてごめんね」と言われた。
「明日は朝メシのついでに、サンドイッチ作ってよ」
「わかりました。」
「二人分ね!」
「デートでもするんですか?」
精一杯、笑おうとする。何でなのか眠いからなのか、分からないけどロッドさんの女関係の話題は笑うのに力が要るこの頃だ。
「うん、ちゃんとね」
「え?」
「明日は、朝メシと夕メシ以外は仕事しちゃダメよ〜」
ロッドさんが「おやすみ」と言って、ドアを閉めた。
*-*-*-*-*-*
スーツを着て支度をしていたら、ロッドさんが「それじゃ動きにくいから、別のにしてね」といったので、スニーカーとデニムのパンツを履いて、シャツを着た。
ロッドさんは、シャツも着ずに革パンという軽い格好だ。動きやすいだろうけど…軽装過ぎやしないか?
私の手を引いて、整備されていない道をロッドさんはずんずんと歩いて行く。
手を…つないでる。
人と手を繋ぐなんて何年ぶりだろう。ロッドさんの手はとても暖かくて、大きくて…。最近の荒んだ自分を忘れてしまいそう。
林を抜けて、しげみをいくつか見過ごして、少ししたら…草のいっぱい生えた丘に出た。
「どう?」
ロッドさんが得意げに言った。
「すごい…」
目の前一杯に広がる緑と、青空。緑と青以外にあるのは私たちの持つ色。そう自惚れてしまう位に青と緑ばかりだ。
「さ、ちゃんもここに座って」
ロッドさんが、あぐらをかいて自分の太ももを指差している。
「…シート持って来たんで結構です。」
「そう言わないで」
引き寄せられて、ロッドさんの胸に頭を預ける格好で倒れこんだ。ロッドさんも寝転がる。
空を見るとトンビが飛んでいて、絵になりそうなくらい1人で…一人ぼっちで飛んでいるかのように見える。
ロッドさんの腕が私を包む。数少ない過去の記憶で、恋人に抱きしめられていたってここまで幸せを感じた事は無いかもしれない。落ち込みがちだったから余計に人の厚意がありがたいのかもしれない。
でも人間は、幸せよりも不幸せの印象が強い事だってある。
ロッドさんに甘やかされて幸せを味わったって、攫われた日の事を思い出している自分がここに居る。
「…ロッドさん」
「どうしたの?」
ロッドさんの目が笑う。
…とっても優しい皺が出来ている。久しぶりの事にドキドキするけど…。
精一杯ロッドさんの腕の中をよじ登って、唇と唇を触れさせた。
ロッドさんは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてる。アレ…驚かないと思ったんだけど…。
自分のした事に、羞恥を覚えてきた。顔に血液が集まるような、熱が、発生してる。
「ロッドさん…その…誘ってるつもりなんです…」
「え!?」
「次に裸を見せるのは…ロッドさんがいいと思ったんです」
ロッドさんは、引き続きハトマメな顔で固まってる。前から思ってはいたけど、どんな顔もやっぱり決まる男性だ…
今度は、ロッドさんからキスしてきた。
「した後に、ウチ辞めたりしない?」
「…辞めません」
ここは辞めない。辞めたくないとハッキリ思ってる。
とにかく、あの日の事を上書きしたい。ロッドさんなら、頼んでも引き受けてくれそうな気がした。
軽いけど温かい人だから…ロッドさんなら後悔しないと思ったのだ。
ロッドさんの目を見つめる。精一杯、願いを念じて見詰めてみる。
青い瞳を閉じ、ゆっくりと息が吐かれ…。
「…分かった…」
一言吐いて、逞しい腕で私を包み込んだ。
大丈夫…怖くなんてない…。
*-*-*-*-*-*-*
ちゃんはすっかり体を固くしていた。
「ちゃん」
思いきり閉じてた目を、びっくりしたような顔で開ける。
「固くなりすぎ」
「あ…すみま」
少し口が開いたのを確認して、キスをする。
予想はしてたけど、またちゃんの体に力が入ってしまった。
「ボタン、外すよ」
体を下にずらし、Yシャツのボタンを一つ、二つとゆっくり外していく。
ブラジャーが見えた時、柔らかい部分がかすかに振動して見えた。どうも、色っぽい振動の仕方では無いので、身を起こしてちゃんの顔を見ると…。
血の気が引いた顔で、精一杯見開いた目が空を見ていた。いや…空の方向は見てるけど…空は見ていないはず。顔をしかめて…怯えてる表情だ。恐怖で震えているようだった。口は不自然に真一文字を描いて、痛々しい。
「ちゃん」
声が聞こえていないようだ。
「ちゃん!」
やっぱり変化は無い。
分かる。ちゃんが何を見ているかが。
マーカーが助け出した時、ちゃんはコート以外は何も身につけてなくて、頬や足に痣を作っていた。
身を守る手段を持たないちゃんが何をされたかは、考えたくないけど容易に想像がついて…とにかく敵を痛めつけた。
隊長も休み無く攻撃をしていたから、俺と同じく怒りに任せていたんだと思う。
…まだ、ちゃんは恐怖に捉われてる…。
ちゃんのシャツのボタンを元通りに閉めて、ちゃんを抱きしめた。
とりあえず、落ち着くまでこうして…出来る限り抱きしめていてあげよう。
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2007年2月24日