夕方のスーパー。レジ待ちは疲れる…隊長についてきて貰ってるから余計に悪い気がしてしまう。

そして…うざったい二人組。さっきから、何回目のディープキスだよ…見てて吐いちゃいそう。見苦しいから、無言で圧力を掛ける為に、目に力を込めて精一杯睨みつける。

「ねえねえ、睨まれてるよぉ?」

「大丈夫だよ。」

男は、今度は彼女の首にキスを…あれ?長すぎやしないか?あ!キスマークが!
気まずい…。見ててこっちが赤面しちゃうよ。顔に熱がある。

「あの人、顔赤いよ?ダーリンに惚れちゃってるかも…」

惚れるかあぁああ!

「…もし、惚れられても、君を手放す訳ないじゃないか…万が一にも後ろの彼女は好きにならないから安心して、ハニー」

こっちから願い下げじゃい!!
気分悪いのがピークになりそうだ。
その時、買い物カゴに、ズシンと振動があった。…男○が何故か入れられてる…。

「日本酒好きだろ?呑もうぜ」

降って来た声で気付く。隊長が、お酒を入れたのだ。
前を見ると、バカップルが大人しくなっていた。…隊長効果だ。派手で、怖いし、迫力あるから…。


*-*-*-*-*-*


会計を終えて、買い物袋に物を詰めてると…また、あのバカップルはいちゃいちゃしながら歩き出した。
尊敬と軽蔑を込めて睨んでみる。

は、あんなのがいいのか?」

隊長が、私の頭に顎を乗せて喋ってきた。

「まさか!私の理想は童顔・誠実・純情の3拍子です。あんな事出来るヤツは願い下げですよ」

荷物を詰める手をサカサカと動かし、野菜とかが壊れない程度に乱暴に詰め込んだ。
隊長の顎が乗ったまま歩き出したので、隊長がバランスを崩した。踵をたたき付ける音が耳に入ってくる。

「おい、急に歩くな!」

その時、前方に金髪タレ目のオニーサン…ロッドさんが目に入って来た。

「ロッドさ…」

呼び掛けようとしたら、ロッドさんの陰から、この前とは違う、これまたスタイルのいい女性が見えた。ロッドさんの手は女性の腰に。あ、軽いキスした…。スーパーに来るって事は、彼女の家で料理を食べるのかな。…夕飯はイラナイってこういう事だったのね…。
あぁ、胃がムカムカする!昼食べ過ぎたかな!

「ロッドじゃねぇか」

隊長が気付いて、私に言った。

「そうですね。ロッドさんですね」

努めて強く言い放つ。胃がムカムカするせいだ。

「すげー見てんな、さっきから。」

隊長が話すと同時に、私から袋を奪って、片手で持つ。

「そんな、悪いですよ…」

今の部署の最高責任者に荷物持たせるなんて!小心者の私の胃に、これ以上の負担は良くない気がする。
そしたら…隊長が空いてる手で、私の頭を肘で抱えるように引き寄せた。
ふしぎな匂い…イヤな匂いではないけど…。これが噂の加齢臭ってヤツ?隊長は、たしか40代のはず。派手だから、そうは見えないけど。うーん。
あ、それどころじゃない!お隊長のお手をお煩せるなんて、事務員としてものすごく大変に由々しく失格だ!!

「隊長、私が持てますから大丈夫ですって!」

「騒ぐんじゃねえよ、いい年して。ガキは遠慮すんな」

隊長のセリフは、矛盾があった気がして、はたと考え込んでしまった。それが隙となり、キッカケとなり…そのまま私は引きずられるように、スーパーを後にした。


*-*-*-*-*-*


入口から、騒ぎ声が聞こえて来たので振り返ったら…ちゃんと隊長だった。ちゃんは隊長に近く、隊長は肩に腕を回してる。
ちゃんは俺にだったら、まずさせないだろうな。何か癪だな、あの獅子舞サマめ。


*-*-*-*-*-*


「…辛えぞ?」

「え?」

隊長が店を出ると、低く呟いた。

「ロッドみてえなヤツは、惚れると辛いっつってんだ」

隊長が、私を横目で見下ろし、私の頭をぐしゃぐしゃにした。

「心配しなくても、そういう好きじゃないです」

いつもヘラヘラしてるから、腹立たしいだけ。頭を整えながら、息と胸を落ち着かせる。

「…そーか?俺には手遅れに見えるぜ」

隊長は驚いた顔で、なんとも不吉な言いがかりを呟いた。


*-*-*-*-*-*


夕飯をみんなで囲んで居る時、隊長が私をからかいだした。

「おい、。オメーの理想の男を皆に聞かせてやれ」

隊長ひとりが、酒瓶を小脇に抱えて豪快に笑っている。

「つまらないですよ」

反論したら、マーカーさんがコップをテーブルに置いた。

が惚れる男か…興味はあるぞ」

お皿を片付けてしまったGさんも、こくりと頷いた。こんな時だけ纏まっちゃってさ。

「面白れーぞ。夢見てっからな。」

「かなり現実味のある理想ですっ」

「じゃあ、早く言えよ」

ガハハと隊長が豪快に笑いとばしたので反論したけど、そのせいで言わざるを得なくなり、少し、息を吸い込む。

「童顔で、誠実で、純情な人…」

岩河さんの泣き黒子+八重歯スマイルを思い出していたら、隊長が間髪入れずに笑い出した。

「な!?居る訳ねーって」

やっぱり笑った…こんな予感はしてたけどさ。隊長をじとりと睨んでいると、マーカーさんが口を開いた。

「心あたりがあるな」

マーカーさんが呟く。隊長は飲んでた酒を吹き出した。洗濯したり、片付けるのは私なのに…そりゃ、それが此処の事務員の仕事ではあるけれど…。

「こんなアホな条件に合う男いんのかよ」

「ディズニー坊やなんてどうですか。」

「ディズニー坊や?」

どんな人なんだろう…。呼んでる名前からして、かなり残念な想像が働くけれど。

「…リキッドかぁ〜…たしかに当てはまるな」

「………ん」

Gさんの頷きは、マーカーさんの1.5倍の重みと、隊長の2倍、ロッドさんの3倍の信頼度を、私の中で弾き出す。

「…童顔…ですか?」



私の理想の王子サマって本当に居るんだぁ…諦めなければ、いつかリキッドさんや岩河さんみたいな人に会えるのかな。


*-*-*-*-*-*


今日会った女の子は、料理は不味くないんだけど、脂っこいものばっかり用意された。嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけど…いくらオリーブオイルに慣れた俺でも、あれには辟易しちゃうぜ。
全部食べたら、明日の仕事中に吐いてたよ、絶対。
その代わり、今は空腹で…三大欲求の内、食欲だけ一番突出してる。うーん…部屋にある乾パンでも食べようか。こんな事なら、夕飯いらないって言うんじゃ無かったな。
それを考えると、ちゃんは色々バランス考えて出してるって分かった。ちゃんて、ありがたいんだな。

飛行船まで来たら、隊長がドアの前で酒を飲んでいた。

「あれ、何してンすか?」

「オメーに言う事があってよ」

「俺にですか?」

金のことか?

は面倒くさい女だぞ?」

「へ?」

「しかも、ありゃー、駆け引きに慣れてねぇな。」

一升瓶を抱えて、煙草に火を点けて顎に手を当てた。

「何なんすか?」

「…要するに、ソノ気が無ぇなら、手ぇ出すなって事だ」

…隊長だって、今日、ちゃんとイチャイチャしてた癖に何言ってんだか。

「…隊長こそ、よっぽどちゃんが可愛いんすね〜」

「ったりめーだ」

隊長は煙を吐き出して、笑った。

「疑いもしねーで、主婦業までやり切る貴重な部下だからな!」

…そう言えば、そうだった。事務員の仕事は、本来なら支出管理と備品管理だけ。隊長が最初にウソを吹き込んで、そのままだったな…可哀そうに。
でも、ちゃんの料理を知ってしまったら、本当の事なんて言えるワケが無い。だから、俺もこの先言わないと思う。

「リキッド程じゃねえが、からかうと面白れえしよ」

ちゃんが本当に哀れに思えて来た。
そう言って隊長は階段から立ち上がり、空の一升瓶を俺に投げる。

「呑みなおして来るぜ。捨てとけ」

「…明日、寝坊しないで下さいよ〜」


*-*-*-*-*-*


キッチンに来て、電気を点けるとちゃんがテーブルに突っ伏して寝ていた。
…どうしたんだろ。ビンを片付けたら、部屋に運んでやるか。
ビン入れをガチャガチャと動かすと、「うわ」とちゃんの小さい悲鳴が聞こえた。

「ロッドさん、帰ってたんですか?」

目がトロンとして締まりがない。…また酔っ払ってるな…。

「ただいま」

「おかえりなさーい!今日の彼女サンはどうだったんですか?」

ちゃんがハイテンションで、俺が少し空腹気味なのが手伝って、スラスラと答えが出て来ない。

「あ…、彼女の家行って、ご飯食べたよ」

「…それだけぇ?」

ジトリと座った目で見られる。ちゃんは酔うと普段からは考えられない程、表情がコロコロ変わる。

「いやん。その先も言わせたいのぉ?」

いつもの調子でふざけて返事をする。

「聞きたい!」

興味津々のちゃんを目の前にして、たまらなく可愛く見えてしまった。…ソノ気は…ある。

「じゃ、教えてあげる」

ちゃんの首に腕を回して、見つめてみる。抵抗しない。目もポワンとして、ノリ気だと思われる。大丈夫だ。ちゃんの口に自分の口を合わせて舌を差し込んでみる。

あれ、ちゃんの動きが無い…。
口を離してちゃんを見ると、ものすごく目に力が入ってビックリしたようだった。本当に駆け引きとか、こういう空気に馴れてないのかな。

「えーと、ちゃ…」

ギュルルルル…。

俺の腹が鳴ってしまった。その音で、ちゃんが我に返って一瞬震えた。

「お腹空いてらっしゃいますね!?」

すごい勢いで言われたものだから焦ってしまった。
さっきまであんなに可愛かったのに、今度はファイティングポーズをとっている。
何であの空気から、こんな事が出来てしまうんだろう?ちゃんは、こういうところが掴めない。

「あ…うん」

「すぐ作ります!」

言うが早いか、ちゃんは冷凍庫と冷蔵庫から色々取り出して、片手鍋2つに湯を沸かし始めた。
ほうれん草を洗ってる。

「何、作るの?」

振り向いて「鍋焼きうどんです。」と満面の笑顔をして答えてくれた。

「あ…うどんって食べられますか…?」

「うん。今、脂っこくないものが食べたい気分」

「それは、良かったです」

ちゃんは、自分のチョイスが外れていない事を確認して、少し柔らかい表情になる。

お湯の煮立つ音がしてきたら、流れる様にほうれん草を入れた。
動きに不自然さや、ムダが感じられない。
冷凍したうどんをもう一つの鍋に入れ…塩と顆粒スープの素を入れた。

「醤油じゃないの?」

ちゃんは、驚いた顔をして俺を見る。

「醤油って、東洋系人種以外は苦手なんじゃないかと思って」

「別に、平気なのにぃ」

ちゃんは「次は醤油で作りますね」と答えて、また鍋に目線を落とした。

そういえば、醤油をハッキリ使った料理は、まだここで見た事は無い。…本当に、色々考えてるんだなぁ。
味見した時の真剣な顔が、さっきと違って凛々しい。卵を入れて…ほうれん草も投入したら蓋をして火を止める。
そして、コップを2つテーブルに置き、適当なマットと箸を俺の前に置いて、ニッコリとした。

「卵が固まるまで、お茶を飲んでましょうか」

冷蔵庫から、作り置いたお茶を出した。注がれると、甘くて少しスパイシーな匂いが鼻に届いた。

「アールグレイ?」

「よく知ってましたね。」

ちゃんは、今日何回目かの驚いた顔をする。

「だれも、お茶っ葉の種類なんて言わないからビックリしちゃいました」

あ…確かにうちのヤローどもは気付いても言わないかも。
小さい変化に気付くと嬉しいって思ってくれる子が多いから、俺はなるべく言うけど。

「この前、本部行った時に秘書課の方が余った茶葉をくれたから作ってみたんです」

ちゃんは、笑顔で鍋を降ろして俺の前に移動させた。

「どうぞ!」

蓋を取って貰って、湯気が俺とちゃんの間に立ち昇る。
箸をとって「いただきます」と言ってみた。
すすってみると熱くてさっぱりして、空きっ腹が動くのが分かった。

「どうですか?」

「何、コレ!毎日でも食べたいよ〜」

こんな風に、ちょっとしたものを、軽くつくれちゃうちゃんはスゴイ。

食べながら思った。今は、こうしたら喜ぶとか、褒めたら気分が良くなるとか…そういった心がけを忘れて「心底、うまい」って思って喋ってる。
女の子を前に、こんな気分は久しぶりかも。

ちゃんは、俺が心がけてる事を考えない女の子なんだろうか。


*-*-*-*-*-*


食べ終わって、ちゃんがお茶を飲みながらジっと俺を見つめた。

「どうしたの。そんなに俺の顔がカッコイイ?」

「あ…そういうのじゃなくて。ロッドさんはリキッドさんって知ってるのかな…と思って」

何で急にリっちゃんが?

「そりゃ知ってるよ。元同僚だし」

「どんな人でしたか?」

「ネズミーが好きで、世渡り下手で、素直で子供っぽい…かな」

ちゃんは、急に目を輝かせた。…この目をする時は、『心の天使・かぼす』を考えてる時だ。

「本当に、3拍子なんだぁ!」

「3拍子?!何だ、ソレ」

「私の理想、童顔・誠実・純情です。岩河さん以外にも当てはまる人が居たなんて…会ってみたいなぁ」

…確かに幼い顔立ちで、バカ正直で、照れ屋だったけど。腹立たしいな。

「そんな、会えるかも分からないヤツより、俺に目を向けてよ〜」

ちゃんは、眉を寄せて釈然としない顔をした。


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2007年3月2日