私は、むすっとしている。それもこれも…マーカーのせいだ。
「いい加減に機嫌をなおせ。」
マーカーは、正面で涼しい顔をして本を読んでいる。私を見もしないで、本を読む片手間での返事。これも私の苛々を加速させる。
いつもならマーカーのこんな姿に見惚れちゃうのに、胃にイガイガとしたものが渦巻いてるのだ。
勿体ないとは思う。でも、思うだけ。どうしたって、ささくれ立った気分が変わらない。
事の発端は、マーカーが私の部屋に来ると言っていたので、準備をしていた時から始まる。
今、私の脳は、やきもきしたこと思い出してる。
その日、私はスーパーで買い物してる時から幸せな気分だった。一か月ぶりの逢瀬だから気合いも入ろうってもんだ。マーカーは、欧州系の人と仕事してるから、さっぱりアッサリ温かみのある和食とか中華を欲しているだろう。そうに違いない。
そう思って張り切って、あらゆる食材を買い込んだ。
段ボールを抱えて、時には腕がわらって、必死に持ち帰った。それは、マーカーの“美味い”が聞きたいが為だ。
この直後に私は幸せ気分から、味気無い現実に引き戻された。
台所で下ごしらえを一通り終えた所で電話が鳴った。
「はい。です」
「私だ。」
もちろん、電話でだって愛しい人の声を忘れる筈はない。
「マーカー!今日はいつ着く?夕ご飯期待してていいよ!」
「…すまないが、今日は行けない」
「はい?」
…この日は、1ヶ月前から決まってて…なんで、もうすぐ夕ご飯って時にこんな電話するの?早く言ってよ。早く言ったって、怒ってたと思うけど。
「隊長が馬主になると言い出してな…。経費を使わせない為に見張らねばならない」
「ロッドさんやGさんが居るじゃない」
あの体格のいい2人なら、何とか隊長さんだって押さえ込めるんじゃ…。
「…あの二人では不安だ。1人は色ボケで、もう1人は無口を通り越してほぼ無言だぞ。隊長に言いくるめられかねないだろう?」
「……約束は、私が先でしょ?」
「…お前は恋人が無一文でヒモになってもいいのか?」
…そう言われたら言葉に詰まってしまう。私の収入では、マーカーを養うなんて出来ないからだ。
「そう落ち込むな…。隊長の件が落ち着いたら、すぐの家へ行ける。しばらくと一緒に居られるだろう」
「…分かった。来るとき、連絡してね」
「ああ。」
それが一週間前…。
…この時の食材はすぐ食べなくては美味しくないし、何より勿体無いので、3日かけて私の胃袋へと納められたのだった。3キロ体重が増えたのは、そのせいだ。
そして、今日、極めつけの出来事が起こる。
仕事から疲れて帰ってきて、料理も作る気になれないからコンビニでお弁当を買って、アパートの階段を上ってたら…何ともいい匂いが漂っていた。アパートからこんな類の匂いがしている事は無い。アパートの住人に恋人でも出来たのかな…?“幸せなんだろうねぇー”と思いながら自分の部屋へ向かうと、どんどん匂いが濃くなっていく。換気扇も、電気も点いている…。
混乱して、急いで部屋の扉を開けたら…。
「遅かったな。残業か?」
「年度始めだったから…って、オイ!」
マーカーが台所で優雅に食べ物を食卓に並べていた。それによく見たら、今朝着ようとして脱ぎ散らかしたシャツやキャミソールやストッキング…読み散らかした雑誌までキレイに片付けられている。
「連絡してって言ったじゃん!」
「飛行船で直行だったからな。連絡するヒマが無かった」
連絡してって言ったのは、化粧をして部屋も片付けて料理も作って、万全の状態でマーカーに会いたいからなのに。今の私ときたら、髪はセットしてないし、化粧は崩れてるし、汚い部屋を見られちゃったし…コンビニ弁当を片手にぶら下げてるし…最悪。びっくりして動けない…。
「、私は腹が減ったぞ。」
「何で、私の部屋に勝手に上がってんの!」
「忘れたか?前に合鍵を渡されたが」
「そうじゃなくて、一回断りを入れ…」
“グウゥゥウゥ…”。私のお腹が思い切り鳴った。マーカーは愉快そうに、静かに笑いながら椅子を引いて、わたしに座るように促した。
空腹と、マーカーの料理には逆らえない…。少し腹立たしいながらも、マーカーの作ってくれたご飯を食べ、後片付けも終わらせた。
…そして、今、マーカーは本を読む片手間で私の相手をしているのだ。
一通り思い出して、余計に苛々がつのってしまった。
「…見られたくないトコを見られちゃったんだもん」
「ほう。見られたくない所とは?」
心なしか、マーカーの口の端が上がっているように見えた。この顔は、私が怒ったり、慌てたり、驚くのを楽しんでるんだ。絶対に。
それこそマーカーの思惑通りで狙ってる事なんだろうけど。
こちらとしては、本当に腹立たしい!
「汚い部屋とか…化粧直しすら出来なかった顔とか…あーっもう!!」
「どうした?」
本から目を離さず、マーカーは語りかけてくる。
「まず、ごめんなさいでしょっ!?この前急に来れなかった事。連絡するって言ってしなかった事。マーカーと食べる予定だったご飯食べて3キロ太っちゃった事…。一回も謝ってくれてないじゃない!女には、下準備ってもんが山積みなの!肌のお手入れとか、掃除とか化粧とか…だから恥ずかしいの!でも、マーカーは何にも気にしないで、平然と本なんか読んじゃってさ!私ばっかり怒ってるじゃない!」
マーカーは本をテーブルに置き、立ち上がった。
「それは悪いことをしたな」
…全く反省の色が無い…。眉一つ動かしていないのが何よりの証拠だ。
「もう、言いたい事は言ったか?」
「…思いつくことは、ね…」
頭に酸素が行き渡らない状態で、息を切らしながら答えた。
「そうか。では、すっきりとしただろう」
そう言われれば…胃のイガイガが消えている。謝ってもらえなかったのは、腑に落ちないけれど。
「3キロ増えたのか?」
…勢いにまかせてうっかり言ってしまった言葉を後悔する。太りたくないなら、人にあげるなどすれば良かったのだ。
顔から火が出そう。
「…安心しろ。私はが太ろうが痩せようが構わん」
「興味ないってこと?」
「そうとも言えるが…外見が変わった位では愛想を尽かさんと言っているのだ」
……おかしい。マーカーが優しい。絶対、自業自得とか言うと思ってた。マーカーは基本、怒らないけど諌める様にキツイ事を言う。
「…マーカーは反論とか無い?私ばっかり怒ってるじゃん」
「理不尽と思うことはあれど、怒る気にはならんな」
マーカーは顎に手を当てている。この姿もカッコイイな。
「今日は労力を使うのに気が引ける」
えっ…それは、この後、メイクラヴを致すってことだろうか?正直、ひどい顔をしているし、残業で疲れきってるので、マーカーを満足させる事は出来ないかもしれない…。
「今日は疲れてるから無理かもよ」
「…私を色ボケイタリアンと一緒にするな。」
マーカーは呆れた顔をして私を見て、息を吐いた。
「は、何故私と付き合ってくれている?」
いきなり聞かれると分からない。マーカーは頼れるし、私が怒っていても怒り返す事はしない。…器が大きいんだと思う。まあ、怒ってるときに表情一つ変えないで涼しげにされると、ものすごく腹立たしいのだけど。
でも、結局腹が立っても、その変わらなさ加減が安心してしまう。
…きっと、安心出来るってことは、好いているという事なんだと思う。
「…好きだから。マーカーは?」
「私か?私はなら許せる事が多かったからな。安心していたのだと思う。稀有な女だぞ、は」
…嬉しくて顔が赤く染まる…。
でも、やっぱり腑に落ちないのだ。いつもなら、突き放す様な事を言うのに…いや、突き放して欲しい訳じゃないけど、腑に落ちない。私に対してサービス過剰な気がするのだ。
「…やっぱ、今日のマーカー変だよ…優しすぎる」
恐る恐る言って見たところ、マーカーは少し愉快そうにした。
「ストレートだな…。まぁ、今日くらいはの機嫌も取りたくなるというものだ」
どういうことだ?“今日くらいは”…って言ってた。マーカーなりに、急に来れなかった事を悪いと思ってるのだろうか?
マーカーを再び見つめると、改まった顔をしてる。さっきの私の発言が勘に触ったのか?マーカーが息を吸った。
「機嫌を伺っていたのは、今からに言う事を受け入れて貰い易くする為だったんだが…かえって勘ぐらせてしまったな」
マーカーがこう言う位なんだから、きっと言いにくい事柄なんだろう。
別れ話?でもさっき私の事稀有な女だっていってくれたから…それはないだろう。…でも胃に悪いなぁ…緊張する。
「別れよう。」
…予想的中…。どうしよう、私、マーカーと別れて1人で立てるかな…。胃が興奮して動きまくって、居心地悪い。吐きそう。
別れたくない。別れたくないけど、マーカーみたいないい男が私と付き合って居てくれた事すら奇跡だった。それに、私はしょっちゅう怒ってて…それをマーカーは嫌味は言えど怒り返しもしなかった。出来た人だった…。開放してあげなきゃと思うけど、口が動かない。
心は正直で、口も正直。理性や思いやりだけが嘘つきだ。
「…。」
マーカーの声がして、はっと我にかえる。
「あ…ごめん。頭がぐちゃぐちゃで。」
返事をしたら、マーカーがここにいるのに他人に戻るかもしれない事が物凄く切なくて涙が溢れ出した。でも、本心は言いたい。言わなきゃ、どっちに転んでも後悔する。
「…そんな顔をするな」
「だって、大好きなんだもん!マーカーを逃したら、二度と人を好きになれないと思うんだもん!笑えないよ…」
マーカーが苦しそうな顔をした。壁掛け時計の鐘が、日付を変わった事を知らせた。シンデレラの魔法が解けてしまうように別れるのか…?そんな事を思った。
「…結婚しよう」
「え!?」
予想もしてなかった答えに、分かり易すぎるくらい分かりやすく驚く。え…今、別れ話してたよね…。なんで「結婚」の2文字が出て来るんだ?
「…今日は何月何日だ?」
「4月1日…今、4月2日になったけど…それが?」
「エイプリルフールだ。」
「なんて性質の悪い…」
怒ろうと思ったけど、安心したら余計に涙が出た。吐き気が収まっていく…。
「どうした。夫が私では不満か?」
「結婚も、エイプリルフールじゃないの…?」
「エイプリルフールは4月1日だ。きちんと鐘が鳴ってから言っただろう。それとも、今ので私の方が愛想を尽かされたか…?」
マーカーが眉をしかめた。いいや、滅相も無い!とりあえず首を横に振る。
「そうか。…では、私の休暇が終わったら船に報告に行くぞ」
私の意見は…?そして、私の職場への挨拶は…。
「…マーカーは仕事どうするの?」
「続けるぞ。はどうするのだ?」
仕事…やりがいはあまりない仕事だけど、辞めるとなると大決断だ。
「出来ればと一緒に暮らしたい。その時は特戦部隊に来ることになるが…」
特戦部隊…あの強烈な個性派集団の中で暮らすのか。やって行けるか不安だけど…。
「すぐに一緒に暮らすのは無理だけど…マーカーが一緒なら私は大丈夫。不安はあるけど…ね…」
「安心しろ。に手を出す奴が居たら、片っ端から燃やしてやる」
「さらっと怖いこと言わないの!」
マーカーが炎を出して、怖い微笑みを浮かべたので慌てて止める。
…でも、こう言ってくれるのは嬉しい事なんだろうな。
これから先、どうなるかなんて分からないけど…願わくばマーカーと、お婆ちゃんになってからも、一緒に居たい。
私が怒ってても、やっぱりマーカーは涼しげに表情を変えないで…そんな関係も続いていてくれたらなぁと思うのだ。
マーカーと一緒に居られたら…きっと嬉しい。
ああ、にやけてしまう。きっと不細工な顔をしてるんだろうな。
マーカーと目が合う。マーカーも静かに笑顔を浮かべていた。
「の告白が聞けるのなら、毎年やってもいいな。エイプリルフールは」
…勘弁して!いつか心労で倒れてしまうから…。
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2007/4/11