私、。社会人。
彼氏、一氏ユウジ。中三。
一応、彼氏と彼女…だよ、ね。付き合う事になってまだ三ヶ月位。彼はよく、ケータイから動画付きでネタを送って来る。私はダメ出しを求められる。私の笑いのツボと、彼の笑いのツボはかなり違う。ユウジ君はそれが面白いらしく、いつもダメ出しメールで気になった箇所について聞いて来る。私は一々それを真面目に返す。
そんなやり取りを二ヶ月位した後に、付き合い出した。きっとユウジ君から見たら、オバサンな私は本気で相手にされてないだろう。多分、一時の気の迷いだろう。私も今の所、身近なときめきに遭遇してないから、ユウジ君とのやり取りに夢中になってるけど。
それに、私は知ってる。
彼は、ゲイ。元カレはコハル君っていう男の子。と、思われる。根掘り葉掘り、名前とか聞いた事ないから彼がどんな子かは知らないけど、相方への愛情はヒシヒシと伝わって来る。
元カレとコンビを組んでるので、送られて来るネタでは必ずお姉キャラなコハル君と漫才をしている。
出会った時、耳にした事も覚えてるよ。
夏に、新宿の劇場から出て来た所をユウジ君に捕まえられた時、彼の仲間(先生も居たっぽいけど)が「コハルの前で浮気かぁ〜?」「きしょい事言うなや〜、もう終わってんで!」とかワイワイやってたし、コハル君のお尻を触って、怒鳴られてたし。
そんなユウジ君が、何で私に声を掛けたのか?
それは、私が全く笑ってなかったから。そこが、気になったのだそうだ。あと、ユウジ君が失恋でヤケを起こしていた…というのもあると思う。
隣の席から一帯は、何かやる度に笑ってて煩かった。それが四天宝寺中御一行だった。テニスの全国大会が終わって、東京見物の真っ最中だったと言うからテンション上がるのも、まあ分かるんだけど。その集団の中の一人と、今、付き合ってる。
その日の芸人さんは、私の好みのテイストとは掛け離れていたから、笑わなかった。そんな女に声を掛けてしまったユウジ君。
偽装という目的もあるかもしれない。結婚とか言われたら流石に断るけど、付き合ってるだけだし、ユウジ君とのやりとりは楽しい。
縁は異なもの味なもの、とはよく言ったものだ。
そんな彼と今日会う。
「俺ら、出会ってから一度も会うてへんな。」
この一言がキッカケで、私が大阪に遊びに行く事になったのだ。
ホテルにチェックインを済ませて、指定された駅からタクシーでユウジ君の家に向かう。待ち合わせが家って……。さすが変わり者。
だけど、私は一氏家を尋ねた時、度肝を抜かれる事になる。
「いらっしゃい。さん、久しぶりやな」
「いらっしゃい。まあ〜、こんな別嬪さん捕まえて!ようやったな、ユウジ」
お母さんは、普通な格好だったけど…。ユウジ君はハーフパンツ…いや、このテラテラ感はジャージだ!
ユウジ君は、ジャージにシャツ、カーディガンで出迎えてくれたのだ。
あれ…「デートしよう」って、電話で言ってたよね?出かける気ゼロ?
…とりあえず、挨拶、挨拶…。
「です。ユウジ君にはいつもお世話になってます」
私が挨拶をすると、お母さんが口を開いた。
「こっちこそ、お世話になってます。さ、上がって。ユウジの部屋でいいですよね?狭苦しくて、とっ散らかってますけど、苦情は受け付けませんから、勘忍して下さいね」
「ちゃんと片付けたわ。」
お母さんとユウジ君のやり取りを呆けながら見つめていたら、ユウジ君に私の手を引っ張られた。
「さん、部屋行くで」
*………*
ユウジ君に引っ張られて、階段を上り部屋に通された。
さすがに片付けたと言っていただけあって、汚い印象は受けない。
ただ…テレビが自室にあるって…すごいな。私の家では、もっての他だった。
そして、その周りにDVDとビデオがどっちゃりと置いてある。
「…すごいね。DVD。全部買ったの?」
「…さん、俺まだ中学生やで。さんみたいにポンポン買える訳無いやん」
「ポンポンは買ってないよ…じゃあ、どうやってこんなに?」
「友達から借りたり、貰ったり…。あ。さん、シティーボーイズ持って来た?」
「…あんなにしつこく言われちゃ、忘れられる訳無いよ。はい」
私の持ってる中で、一番気に入っている物を鞄から取り出す。
「お。これが噂のシティーボーイズ」
何でシティーボーイズが噂なのかと言うと、単に私がよく話題に出してるからだ。
ユウジ君の家の近くのレンタル店には置いてないらしく、会う時に持って来いと何回も言われていた。
「ほな、早速見よか。」
「え?デートは?」
「さん、何言うてんの?」
ユウジ君は、心底驚いたようだ。そんな、珍妙な生き物を見つけたみたいな顔で見るのやめて…。
「そうやでー。デート言うたら、外に行かな」
いきなり話し掛けられたと思ったら、ユウジ君のお母さんが、お茶を持って部屋に入ってきた。
「お母ん、何言うとんの。デートっちゅうのは、約束して会う事やろ。辞書引いてみ」
「もう。勉強でもその位すらすら答えられるようにせな」
「うっさいわ。せっかくのデート中にそんなん言わんでも」
「はいはい。すんません。じゃあ、何かあったら言うて下さいね。下におりますから」
お母さんは、にこやかに去って行った。
ユウジ君は、テーブルにお母さんが持って来てくれたお菓子とお茶を置くと、私のDVDを開け、デッキにDVDを押し込んだ。
発売元のクレジットが流れて、オープニングが流れる。だんだん舞台が明るくなり、出演者が映り、物語が動く。
基本的に、ツッコミがあっても、ボケや話題が終わる事は無い。
コント毎に設定は違えど、その時のテーマに一貫性がある。
ツッコミは、言うなれば笑いの起爆スイッチだと思う。
皆、笑いたくてウズウズしてる時に、キッカケとする強烈なツッコミ。
穏やかなボケでポイントをついて、より面白く深みを増すためのツッコミ。
ツッコミの種類について語れる程、お笑いを研究した訳ではないけれど、私が今まで見た物は、大体このカテゴリーでいいと思う。
今まで見たシティーボーイズのライブは、後者が多い気がする。
そして、時にはツッコミらしいツッコミが存在しないコントがある。
ツッコミなしで笑わせるのは、ものすごい事だと思う。
ユウジ君にシティーボーイズを勧めていたのは、こういった驚嘆があるからだ。
漫才という、ツッコミがたくさん繰り出される話芸をよくしているから、見るといい刺激になり視野も広くなると思うから。
見てる間は、ユウジ君を見る訳にいかないので耳を済ませていると、「ぷっ」や「はははっ」という声も聞こえて来て、「性に合わなかったからどうしよう」という不安は薄らいだ。
私も何回も見たDVDだけど、ユウジ君みたいに時々吹き出したりした。
夢中になっている内に約二時間の内容は、あっという間に終了して私たちは一息ついた。
「…さんって、笑えるんやな」
ユウジ君はぽつりと言う。
「何、その“歌を忘れたカナリア”みたいな言い方」
「いや、そんな悲しい事言うてへんやん。ネタやコント見て笑えるんやなーって、思っただけや」
「そりゃ、お笑い専用の劇場に行くくらいだから、普通にお笑い好きだし笑えるよ」
「せやけどさん、あの劇場で眉一つ動かさんかったやろ。どの芸人が出ても、ずっと同じ顔して。ネタよりも、そっちが気になったわ」
あの時、そんなにじろじろ見られてたのか。
恥ずかし過ぎる。いや、それよりも、そんな仏頂面をしてたという事がショックかも。
「…だって、私にあまり合わない芸人さんだったし」
「あぁ。さん、興味無いネタには厳しいしな。」
ユウジ君はお茶を一口飲み下し、DVDをデッキから取り出すとケースにしまった。
DVDをケースに入れる時のユウジ君の横顔をじっと見ていたのだけど、不覚にもドキリとしてしまった。
まだ、大人になりきれていない身体の線。目を伏せた時の、爽やかにも思える艶っぽさ。
こんなに見目麗しくてクラスや学校の人気者になり得る男の子が、私なんかに声を掛けるなんて…失恋ってすごい破壊力を持ってるんだな。
「…さん、さん」
「え!?」
気付いたらユウジの顔が間近にあり、私はびっくりしてしまった。
「え。あ、何?」
「何、やあらへんがな。ぼーっとして…コレ、しばらく貸してくれるか?」
ユウジ君の手には、私の持ってきたDVD。顔は気付いた時より離れてるけど、久々に男性の顔が近くにある事に心が戸惑う。
「え、何で?」
「これ見て、さんを分かりたいし、色々な角度からのツボを研究するんや。ダメか?」
「…私の事、分かってもあまり意味無いと思うな。笑いのツボの研究は大いに賛成だけど」
久しぶりに男の子にドキドキしていた事と、そのドキドキが不毛である事に気付いて、否定的な言葉を吐いてしまった。
ユウジ君の顔を見ると、心底不思議そうな顔をしてる。
「何で?何で意味無いの?」
「私、女じゃん」
「…はぁ?さん、何言うてんの?どう見ても男には見えへんがな。」
「…そうじゃなくて!…ユウジ君は、ゲイでしょ。私は恋愛対象に成れないのに、そんな事言われたら好きになった時に辛いもん。…だから期待させないでね?」
好きになった時に、怨みたくない。怨むのは、愛や情があって別れる時くらいでいい。こんな学生時代の様に、初心に還れるような関係で怨むなんて勿体ない。
だけど、ユウジ君は更に私を目を丸くして見つめて、少し心外そうな顔になった。
「期待させたらあかんの?…彼氏なのに?」
「…だって、私は恋愛対象じゃないでしょう。私に声を掛けたのだって、コハル君と別れたから自棄を起こしてたんでしょ?」
ユウジ君の顔から眼を反らして言う。
私は、今きっとひどい顔をしてる。傷つくと分かっているから、深入りする前に納得する為の言い訳を探してる。
今まで思ってても、訊けなかった事が、訊いたらユウジ君が気分を悪くするだろう事が、喉のフィルターにかからずに出て来てしまってる。
色々と予想を立てて、被害を少なく。これは、生きて行く上での基本なのだ。
「…心外やなー。俺、さんの事好きなんに、何でそんな悲しい事言えるん?」
「…え?」
望んではいたけれど、一番可能性の低い望みを聴いて思わずユウジ君を見る。
基本的に表情のメリハリのつく顔の造りではないのか、感情が読み取れない。
「そら、今まで、好きやって言うてへんし…さんが不安になんのも分かるけどやな、初めて会うた時、自棄起こしてた訳やないで。」
「ウソ…」
「あの日、ずーっと、つまんなそうな顔しとるさんを見て、気になっとった言うたやん?金払て漫才見てんのに、アホかいな…って、可哀想な人やなーって思った。笑ったもん、笑わしたもん勝ちなんになーって。そしたら、この仏頂面のお姉さん、俺のネタで笑わしたろって、変な意地が湧いて来てなあ」
「…どうせ、笑いに対して寛容になれない可哀想な人間ですよ。すみませんねえ」
「そこや。俺がさんを好きになってったんは。自分の好みに妥協出来ないっちゅうとこに、ものすごく惹かれた。ネタ送っても、的確に気に入らん点を挙げて来るしな。好みに責任を持つっちゅうのは、しんどい事やで」
「…それは相方さんや、それこそ師匠に求める所であって、恋人に求めるものじゃ無い気がするけれど…。」
「そうか?好きなもんを、より良い作品に仕上げる時に同じ方向を見る事が出来て、一緒に作る訳や無くても話せるんは素敵や思わん?」
「…でも、私の事、性的対象には見られないでしょ?」
そう。そこ。私だってもう社会人で、何人か通り過ぎた人が居る。
時間を使うなら、恋愛をするなら、未来・子孫の望める人がいい。
「ようゲイってとこ引っ張るなー。でも、俺、厳密に言うと、ゲイやないよ?」
…ん?
…んん??それを言うと、付き合い始めてから悩んでいた事が否定されるよ?
「…でも、元カレ…コハル君でしょ?あんな近くに居て、忘れられないでしょ?」
「ああ。そら、小春はずっと一緒におったし、これからも最高の相方や。かけがえないけど、さんとは並ぶ点が違うで。」
ユウジ君は、さっきからスラスラ私に反論してくれている。それだけ、考えに信念があるんだろう。
「俺、性別で恋愛対象を決めるっちゅう概念が、薄いんかも分からんな。」
「…バイ?」
「おお。そうそう、ソレ。さんがさんやったから好きになった。それだけや。だから、俺、さんとは別れへんよ。必ず好きにさせたるから、難しく考えんと待っとけ」
疑いだらけで動けなかった私を、予想・打算を抜きにして、一瞬にして一人の女に戻してくれた。
中学生にして、これ程弁がたつとは。そして、女を口説き落としてしまうとは。既に、ほだされて来てる。
ユウジ君の自信ありげな微笑みに、私の心が白旗をあげるのに然程時間はかからない。
付き合いだして三ヶ月位…本当に彼氏彼女の間柄になれたのは、この瞬間からだと思う。
私も私で、ゆっくり時間をかけてユウジ君を好きになる。
そんな気がする。
これは予想じゃなくて、かなり強力な予感である。
≪終≫
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