20**/09/25 17:37
拝啓、ジョン・レノン。
…………………
先週は、ジャージありがとうございます。助かったよ。
ジャージを返したいのですが、住所を教えるのはお互い抵抗があると思うので手渡したいです。いつ何処に行けば渡せますか?
学校の受け付けが良ければ、その様に。返信求む。
よっぽどでなければ、今日ってのはナシでお願いします。



20**/09/25 19:09
Re:拝啓、ジョン・レノン。
…………………
俺は、次の土曜か日曜しか、昼空けられません。
夕方や夜でええなら、平日でも。よく知らん男と暗くなってから会うのに抵抗無ければ、の話ですけど。



20**/09/25 19:46
Re:Re:拝啓、ジョン・レノン。
…………………
生憎、暗い時間に異性と会う事に抵抗を感じないので、明日は如何?



20**/09/25 19:53
Re:Re:Re:拝啓、ジョン・レノン。
…………………
急過ぎません?明日は予定無いからええけど。
夜七時半に、こないだのベンチでどうですか?



20**/09/25 19:58
Re:Re:Re:Re:拝啓、ジョン・レノン。
…………………
了解。





と、こんなやりとりがあったから、再びこの駅に降り立った。
生理が終わった今となっては、怖いものなしな気分。
仕事が終わってからすぐに電車に飛び乗ったので、約束までにはまだ一時間近くある。

を呼び出そうかな。でも、旦那さんが帰ってるかも知れないし…。もし、帰ってなくても夕飯の準備中かもしれないな。
そう言えば、が、美味しいラーメン屋あるって言ってたよね。どこだろう?

少年が来たら聞いてみよう。この辺の子だろうし。



それから、コーヒーショップで一服して時間を潰してから、ベンチに向かった。ベンチが見えて来たら、少年は既に座っていて足を組んでいるのが見えた。本当、大人っぽい。
私が近づくと、少年は立ち上がった。

「早いね。」

「そうでもありませんよ。乗る電車次第やから。運良く、急行に乗れましたしね」

「ふうん。そうか」

私は相槌を打ちながら、鞄からジャージを入れた袋を取り出す。

「はい。本当、ありがとう」

少年は袋を受け取り、中を確認すると「どういたしまして」と言った。
その時、私のお腹が、私にだけ音をたてた。もう、夕ご飯には中々よろしい時間だ。
ラーメン屋について聞いてみようか。

「ねえ、この辺りで“いわね”ってラーメン屋知らない?」

「“いわね”?知りませんけど…」

なんと。
“いわね”は隠れた美味しい店らしい。せっかく来たんだから、是非とも食べたいじゃないか。

「そっか。じゃあ、時間も時間だから、一緒に食べて行かない?」

「いいですね。」

「うん。いいお返事。ちょっと待ってね……」

少年は乗り気らしく、少し勢いのある言葉を吐いてくれた。
これは何としても“いわね”の場所を突き止めねば。も、場所を教えるくらいなら旦那さんが帰っていても大丈夫だろう。携帯を開いて、に発信する。すぐに発信音は止まり、の家の音が聞こえる。

「もしもし、私。今、大丈夫?」

。どうしたの?”

「この前“いわね”が美味しいって言ってたじゃん?今、北口に居るんだけど、どうやって行けばいいの?」

“ちょっとー、もっと早く誘ってよ。もう夕ご飯食べ始めちゃったじゃない”

「あ、それは、大丈夫。ジョンと食べに行くから、教えてよ」

“ジョン・レノンに似てるっていう高校生?あんたも物好きねえ。犯罪はしないでよ”

の期待してるような事は無いから。早く教えてよ。ペコペコなの!」

“はいはい。郵便局が見えるでしょ?その、駐車場側の寂しい道を、真っ直ぐ行くと十字路があるから、そこを左に曲がると看板が見えるよ。”

「あ。郵便局はわかるよ。ありがとう。行ってみる」

“うん。分からなかったら、また電話ちょうだい。じゃあね”

「はいはい。じゃあねー!」

電話を切ると、少年は少し驚いた顔をしていた。

「どうしたの?」

「俺、ジョンになってるんやー…て思いまして」

「だって、紙にはそう書いてたじゃない」

「それは、そうですけど…せや、お姉さんの名前は?」

「ヨーコ」

「明らかに、出まかせやないですか」

少年は呆れたように、私に言う。でも、そもそも少年だって本名を名乗っていない。だから、私も本名を名乗らなくてもいいのだ。

「いいじゃん。少年がジョン・レノンなら、ヨーコ・オノで。さ、行くよ」

「…強引やなあ」

私が手招きをしつつ歩き出したら、少年も歩き出した。
一応、携帯は開いたまま持ってる。寂しい道との事なので、いつでも発信は出来るようにしておいて。

「ずっとここに住んでますけど、この道は初めてですわ」

ジョンは、ここの地元民になって長いらしい。

「そうなの?」

「郵便局は使いますけど、この道はありません」

「ああ。そうかもね。私も、住んでるとこは駅までの道以外よく知らないし。」

「必要に迫られる事もありませんしね」

「そうそうそう」

そんな他愛も無い話をしながら歩いていたら、すぐに十字路に出た。に言われた通りに左を向いたら、オレンジ色に白抜きの“いわね”の看板が飛び込んで来る。少し古ぼけたデザインで、お世辞にも新品とも思えない。

「あ!あれ。“いわね”」

「見れば分かりますって。案外、地味な看板やな」

「まあ、長年住んでるジョンが知らない位のお店だしね。」

私は、膨らむ期待に負けて、駆け足ほどではないけど、足を早く動かす。
その時、なんだか痛いものを踏んづけて、バランスを崩してしまった。

「わ」

でも、転ばずに、変なバランスのまま立てている。ジョンに腕を掴んで貰って転ばずに済んだらしい。コーヒーの缶が、少しひしゃげて転がり、たまたま外れていた排水溝へ吸い込まれていった。

「大丈夫ですか?」

「え、あ、うん。ありがとう…」

「そんなに腹へってるんですか?」

ジョンは、心底可笑しそうな笑顔で、私を見遣った。高校生に笑われるなんて、恥ずかしい。
ついつい開きなおってしまう。

「そうだよ。もう、八時前だもん!そりゃ走りもするよ。」

「そんな怒らんといて…なら、早く行きましょ?」

ジョンは、私の腕を掴んだまま歩き出した。

「腕、もういいよ」

「あかん。ヨーコさんに、また走られてコケられても、心臓に悪いからなぁ」

ジョンは、少し嫌味な笑顔をしている。この前は菩薩に見えたのに、今日は悪徳商人みたいに見えた。

でも、私はお腹も空ききって、反論する気も起きずにジョンのされるがままになる事にした。

暖簾をくぐって、お店に入ると麺を茹でる匂いと、ラーメン屋独特の匂い…なんて言えばいいのかな。まあ、とにかくらしい匂いがした。

「らっしゃいませー!」

筋骨の逞しい、タオルを巻いてる男の人が声を張り上げたら、弟子らしい男の子もつづいて声を張り上げる。輪唱みたい。そんな出迎え、私は好き。

店内のテーブル席は埋まっていて、カウンターは誰ひとり居ない。
大将らしい人が「どうぞ」とカウンターの奥を指したので、それに倣う。ジョンはメニューを見て、何にしようか考え出した。
私はもう、決めている。が塩ラーメンを推していたからだ。塩ラーメンが美味しいところって少ないから期待大。

「決まった?」

「あー…。醤油と塩で迷ってます…」

「友達は塩がオススメだって言ってたよ。私は塩にする」

「へー。ほな、俺も塩にしますわ」

「ラーメンだけ?」

「はい」

「わかった。すみませーん」

「へい!」

大将が、こちらを向く。

「塩ラーメン二つに、餃子を一人前お願いします。」

「塩二杯、餃子一人前で?」

「はい」

「かしこまりました。ありがとうございまーすっ!」

そして、今度は“ありがとうございます”の輪唱。
少年を見ると、驚いた顔でこっちを見ていた。

「…ヨーコさん、餃子…」

「あ。一人前丸々食べたかった?なら私、一個でいいから後は食べなよ」

「そうやのうて…餃子を頼むの、えらい自然ですね」

ああ…こういった男性の好む店で、私が普通に注文した事にびっくりしてるのか。

“牛丼屋さん、一人で入れな〜い”
“ラーメン屋さん、一人で入るの恥ずかし〜い”
“やだぁ。私はラーメンだけでいいよ〜”

私はこれらの台詞が言えない女である。
女はラーメン屋で率先して注文出来ないと?ジョンよ。そんなイメージ、ドブに捨ててしまえ。

「そう?食べたいものを食べるのに、恥ずかしがらなくたっていいじゃない」

そう、正論を言ったら、ジョンは驚いた顔ではなくなった代わりに、珍しい物を見るような視線で私を見た。それは、笑っているようで、さっき私の腕を掴んだ時の顔だ。

「ほんま、その通りで」

真意が分かりかねる言葉を吐いて、ジョンは出された水を飲む。

私の中で、釈然としない何かが渦をまく。
だけど、ジョンの眼差しには苛々しない。どうしたことか。

それから、ジョンと話をしつつ、餃子とラーメンの美味しさに感動した。

スープの透明度が高くて、麺は白くない。スパゲッティに近い色かも。コシがあって、スープにとても合っていると思う。全体的にスッキリしているから満腹感はあれど、ぐったり感は無い。しかも、六百円だなんて、感動!ただ、餃子は甘味が少ない塩味寄りな事を除けば、代わり映えのない味だった。それでも美味しいのだけど。
ジョンもそれは同じだった様で、餃子は私が二個、彼は三個食べた。

ジョンについて色々分かった事がある。
お姉さんが居て、振り回される事もあって大変な思いをしている事。でも、表情は慈しみの心が表れていた様に思う。
部活はテニスをしていて、引退しているけど、熱心にまだ出ているらしい。ただでコートが使えるから、後輩の痛い視線にも堪えているのだとか。でもジョンは見た感じ、視線を気にしている様に思えないけど。

「そろそろ出ます?」

「そうだね」

そろそろ時計は9時を指しそうだ。
ジョンが財布を取り出しているので、私はそれを制す。

「私が払う。」

「そうはいきませんて」

「いくの。せめてもの御礼にさ。駄目?」

この前、胃薬を買って来て貰って、ジャージも貸して貰って。今日も転びそうなところを支えてくれた。
助けられっぱなしじゃ、決まりが悪い。
“奢らせてよ”。そんな思いを込めて、ジョンを見つめる。ジョンは、しばらく私と目を合わせたら目を反らして、また改めた笑顔を向けた。

「ほな、ごちそうさんです」

「うん、まかせて」

私は伝票を手に、率先してレジへ向かった。
レジには、お弟子さんが待機してて、伝票を見るまでもなく入力してる。

「塩二杯に、餃子一人前で、千四百円です」

あれ…ラーメンは六百円で、餃子は三百円だよね?

「千五百円ですよ」

私は千五百円を手渡した。お弟子さんは、にこやかにそれを否定して、ジョンを見る。

「いえ、千四百円です。学割やってるんで。ラーメン、百円引きです」

そうか。ジョンは学生だ。
私が学生だった時は…いつの頃か…。リアルタイムな学生と話したのも久しぶりだ。

「ごちそうさまです」と告げ、釣りを受け取って、外に出た。

「学割か…また来よかな」

ジョンが一人でほっこりして、私を見る。
並んで歩くと、かなり背が高いことを改めて実感した。

「ヨーコさん。ほんま、ええ店めっけましたね」

「そうだね。よかったじゃん。高校生には、百円てでかいからね」

「高校?」

ジョンが怪訝そうな顔をした。

「ヨーコさん、俺の事いくつや思ってます?」

「高三だから、十七・八でしょ?」

「…ちゃいます」

違う?ちょっと待って…てことは?

「部活も引退してるって事は…もしかして、十二歳?」

「そうそう、普段はランドセルしょってますねん。って、ちゃうわ!」

ジョンは、何故か満ち足りた顔で私を見た。

「打ち合わせしてない割には、ナイスボケや」

ジョンは「ベタやったけど」と付け加えた。
勿論“小学生”っていうのは、思ってない。でも中学生というのも衝撃的だったので、あえて言っただけ。

「ところで、誘っておいて何だけど…ジョンはこんなに遅くなって大丈夫なの?」

「ええ。今日は、みんな家居れへんから。奢って貰えてラッキーでしたわ。」

「そうなの。家まで遠い?」

「歩いて二十分もかからん、てとこですね。バス使うから歩くんは三分位やけど」

「そっか。なら、十時までには帰れるね」

「余裕です」

話しているうちに、待ち合わせたベンチが見えてきた。

北口への入口が側なので、私は別れを告げる。

「じゃあね。本当、気をつけて」

「ヨーコさんも。駅からタクシー使い?」

「大丈夫。駅前は人通りがあるし、アパートは街道の側だから。」

私の帰りの事情を説明したら、ジョンは表情を柔らかくした。夜道の独り歩きは感心されない事だから、当然と言えば当然かな。
多分、もう会わないだろう。こんな少ない時間だけど、新鮮な体験をさせて貰った。その事に対して、最大級の笑顔を向けたい。

「バイバイ。ジョン・レノン」

「ほな」

ジョンも片手を上げて笑う。
人生て不思議。上手く言えないけど、名前も明かさず、ラーメンを一緒に食べて、満ち足りた気分で別れる。
私の前に、後ろに、道が広がっているという実感が出て来た。
明日から、また、何てことの無い日常が待ってる。
溜息を吐きたくなるけど、頑張ろう。



元ネタ:真心ブラザーズさん「拝啓、ジョン・レノン

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2007/10/10