my monkey is blue.
とうとう来ちゃった…。どうしよう。
長太郎は忙しそうだから、会えなかったことにしてTシャツとジーンズで応援しようと思ったのに…。お姉ちゃんが親切心からかお化粧しに来てくれて、しっかり支給してくれた服を着せられた。
“可愛いギャラリーが居れば、選手達も気合いが入るってもんよ”と言って、お姉ちゃんはローヒールのミュールも貸してくれた。
普段から比べると、私は私でないみたい。
勿論、顔を見ちゃえば分かるんだけど、遠目に見たらすぐには分からないと思う。
これで応援とかじゃなくて、友達と買い物とかなら心底浮かれていたんだろう。実際、電車を降りるまでは窓に映る自分の姿に少し感動もしたし、心持ち女の子っぽい振る舞いをしては、自分の普段との違いに悶えたりもしてみた。
だけど、お洒落には落とし穴がある事をすっかり忘れていたのだ。
お姉ちゃんは履きやすいミュールを選んでくれたんだろうけど、私はお姉ちゃんより少し足が大きかったらしい。普段スニーカーしか履いていない私の足にはすでに五つほどの豆が居座って、痛さと赤みと水泡を以て存在を主張して来る。
試合会場に着く頃には、爪先がじんじんと脈を打ったような感覚がしてきた。
あと、何時間も痛みを堪えて歩いたり座ったりすることを思うとため息が出てくる。
それでも…ここまで来たのだ。
せめて長太郎の試合は、見て帰ろう。恥ずかしいから見つからないように物陰に隠れて。
不自然な歩みで、時にごみ箱や木に手をつきながら氷帝のコートを目指す。
「痛い…」
口にだしても、痛さがおさまる訳じゃなくて、切なくなる。“可愛くなる=痛い”という図式が私の頭の中を過ぎった。
痛くて泣きたい…こんなの久しぶりだ。でも、泣いたら化粧が落ちるから、泣けない。
「どうしたん?」
声が聞こえたので振り返ったら、眼鏡を掛けた少し髪が長めな男の人が居た。
テニスのユニフォームっぽいものを着ているから、どこかの学校の関係者なのかも。
「なんでもありません」
「そんな顔で言われても説得力ないで?」
テニスのユニフォームを着た人が関西弁らしき言葉を発しながら、私を頭から爪先まで見回した。
「そのミュール、合ってへんのと違う?」
ハッキリと言われて悲しくなった。女の子らしい格好をする資格は無いと言われてしまった様で。
きっかけがあれば、涙腺が壊れた様に稼動する。
「いいじゃない…私だって女なんだから、ミュールくらい履きます」
本当は今日初めて履いたんだけど、この失礼な人に反論してやりたくて、涙を堪えて言い返した。
そしたら眼鏡の人が目を丸くして私を見たあとに、手を頭の後ろにやって喋り出す。
「あー…言い方悪かったわ。自分、足痛いんと違うか?」
何だ…悪意から来る言葉じゃなかったんだ…。そう思ったら、涙が引っ込んだ。
「はい…痛いです」
「絆創膏は?持っとんの?」
「いいえ…無いです」
「なら、分けたるわ」
そう言うと、眼鏡の人は私に近づいたと思ったら背を向けてしゃがみ込んだ。
訳が分からず、軽く混乱する。
「乗り」
眼鏡の人が顔だけこちらに向けて、自分に乗れと言う。
「え…あ、歩けますし…ありがとうございますが、大丈夫です」
混乱しかけて、恥ずかしくて、何とかそんな中でも頑張って丁寧な対応を心掛けた。
が、眼鏡の人は、吹き出して、少しおかしそうな表情をしてる。
「何なん、その日本語。ウケるなぁ。でもな、さっきのペースやったら、日が暮れてまうで。だから、乗り?」
たしかに二・三歩ごとに止まっていては、効率が悪いかもしれない。
それに、眼鏡の人はまた断ってもなんやかやで私を乗せようとする気がする。
「…重いですけど…宜しくお願いします」
「まかしとき」
“結構鍛えとるしな”と言って眼鏡の人は笑ってくれた。
眼鏡の人はしっかりした足取りで、そしてあまり私が揺られない様に歩いてくれた。
おんぶなんて、小さいときにお父さんにしてもらって以来だ。
そういえば昔、歩き疲れて長太郎の背中に無理矢理乗ったら泣かれて、お姉ちゃんにゲンコツ喰らったっけ。
いつまでも、あの頃みたいに恋しないでいたら、楽だったのかもね。
でも、好きになったからには、幼なじみのその先を目指したいのだ。
「自分、どこの応援来とんの?」
「氷帝学園です」
眼鏡の人が話し掛けて来たので、正直に答えたところ、少し驚いたようにこっちを向いた。
普段、こんなに顔を近づけて人と話す事が無いから緊張してしまう。
「俺らの応援やったん?」
俺らって…。
「…もしかして、氷帝学園の人ですか?」
「え…自分、このジャージ見て分からんかったん?」
ユニフォームは、知らなかった。鳳家の洗濯物をチェックする趣味は無いし、長太郎と顔を合わせるの時はお互い普段着に着替えてる時か制服の時が多い。
「…友達が着てるとこ…見たこと無いもので…」
「さよか。今日のメンバーに友達居るん?」
「はい。鳳長太郎です。」
眼鏡の人が怪訝そうな顔をした。
何でだろう。長太郎の名前は珍しいから、誰が誰か分からないなんて事は無いと思うけれど。
「鳳?今日は控えで入っとるで。」
え!?聞いてない!
あ…聞いてないも何も、長太郎は“来るな”と言っていたのだった。
今日は控えだから渋っていたのかな。
「…鳳のために痛い思いしながら来たんか。羨ましいわ、鳳が」
眼鏡の人が笑顔で、しかも長太郎への好意を見透かした様な事を言ったものだから、私は何も言えなかった。
照れてしまって、恥ずかしくて。
確かに、よっぽど相手を良く思っていなければ、こんな痛い思いをしてまで来ないだろう。
「せっかく来たんや。ウチの試合、見てってや」
「はい。見させてもらいます!」
長太郎が試合に出なくても、同じ緊張感を感じ取れるのがうれしい。
学校を背負った長太郎は、気合いが入ってて頼もしいんだろうな。
なんだか、にやけてきた。
「お。その調子やで」
眼鏡の人も笑ってくれた。
気持ちが上をむくと、顔も上げたくなる。
顔を上げたその先には…長太郎が、なんとも無機質に驚いた風に立っていた。
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2007/08/05