my monkey is blue.
「長太郎!」
初めて、長太郎のユニフォームを見た。
鮮やか過ぎず、控え目過ぎない青が長太郎に合っている気がする。素直に格好いいと思えて、力を込めて手を振った。
今の私は、絶対に、普段より良い笑顔をしてる筈。
でも、そんな私を置いて、長太郎は何故か、驚いた顔から少しだけ眉を吊り上げて、口も一文字に結んで元来た道を足早に戻ってしまった。
「長太郎!?」
頑張って、眼鏡の人の迷惑も考えずに大声で呼び掛けたけど、届いてないのか長太郎は歩みを止めてくれない。
「長太ろ…すみません、降ろして下さい!」
「お、おお」
地に足をつけた瞬間、豆の痛みが蘇ってきた。
「痛っ…ありがとうございます!!」
眼鏡の人にお礼を済ませて、地面を踏み締めた。
じわじわした痛みがある。
でも、長太郎を追いかけなくちゃ。痛いけど、そんなの気に出来ない。
追い付かなきゃ。
一歩走り出すたびに、激痛が爪先を支配する。
ミュールの踵がカツカツと喚く。
長太郎の背中も、滲んで見える。
変な力の入れ方をしてたせいか、左足が一瞬ついて来れなくてバランスを崩した。
服、汚せない!
勢いよく手をついて、転倒を阻止したけど、今度は掌がじんじんした。足を擦りむかないだけ良かったかも。
再び足に力を入れて、長太郎を追い掛ける。
別の場所が痛いせいか、それとも痛みに馴れたせいか、さっきよりは足が感じる負担が減ったようだ。
やっと、長太郎の背中が目の前に迫ってきた。
これ以上、距離が広がらないように長太郎のユニフォームの裾を掴んだ。
「長太郎!」
長太郎は、振り向かない。
「どうしちゃったの…?」
長太郎はゆっくりと、顔だけこっちに向けた。
何故か、機嫌の悪い顔をしてる。
少し重みを伴ったため息を吐いて、長太郎は仕方なくといった感じに口を開いた。
「何が?」
「…なんか、怒ってるっぽいから」
「怒ってないよ」
嘘だ。絶対に怒ってる。
話し方はそのままでも、少し突き放すような雰囲気は分かる。
眉も少しだけ険しいままだ。
「怒ってるよ。どうしたの?」
「だから、怒ってないって」
また、同じ話題になってしまった。
いたたまれなくて、涙が出そう。
「…は?何しにきたの?」
長太郎が、今度は突き放すような声色で聞いてきた。
少しだけ、威圧されてしまって…長太郎のユニフォームの裾を放してしまった。
「何って、応援…」
「そんな格好で?真面目に応援する人間が、する様な格好じゃないよね。先輩達が格好いいから、目を引く格好して来たの?良かったね、現に忍足先輩とは仲良くなれたみたいで」
あの人は監督とかコーチとかじゃなくて、生徒だったんだ…。でも、今はそんな事について悩めない。
誤解してるよ。
私は、長太郎の応援に来たんだよ。
お姉ちゃんが“気合い入れて応援しろ”って言ってた事も、一理あると思ったから素直にこういう格好もしたんだよ。
不特定な誰かの気持ちより、長太郎一人の気を引けるものなら引きたいよ。
ああ、思いは頭の中に湧くのに…一つも喉から先へは出て来ない。
涙が出そう。
長太郎に誤解された事が、ものすごく悲しい。
私、この前、好きって言ったばかりなのに。あの告白は、信じて貰えないの?
「…帰るね」
私は、それだけをやっと呟いて、来た道を引き返した。
なるべく早く離れたくて、走る。
さっきまであんなに痛かったのに、今は長太郎の側には居られないという思いが痛みにも勝っている。
「どうしたん?」
眼鏡の人とすれ違ったけど、泣きそうな顔を見せて、長太郎に報告されても困るので聞こえない振りで駆け抜けた。
苦しい。苦しい、長太郎。
決して、走ってるからとかじゃなくて、胸が痛くて苦しい。
何で怒ったの?
痛いし、悲しいし、信じてもらえないしで…私、ワケが分からないよ。
*****
電車に涙を垂れ流したままで乗るのは気が引けたから、ハンドタオルを両手に広げて顔を覆いながら乗った。降りた時に、タオルを見たら、血がついていた。多分、転んだ時に手をついたせいだ。
掌が擦りむけている。
家につく頃には、だいぶ涙もひいていたけど、相変わらず少しずつ出ては、私の瞼を濡らしてくれる。
長太郎に批難された格好を早く脱ぎたくて脱衣所に直行し、カットソーとミニスカートを脱いで籠に入れた。
私は、ブラと毛糸のパンツという間抜けな格好で洗顔フォームを泡立てる。
ものすごく、痛い。
痛くてたって、一刻も早く化粧も落とさなきゃ。
長太郎に軽蔑された格好のままなんて耐えられない…!
泡立てたら、それこそ男性洗顔料のCMみたいに、勢いよく手を動かした。
一心不乱に洗うのを二回繰り返したけど、どうしてもマスカラが落ちない。
これは後で、お母さんかお姉ちゃんに落とし方を聞こう。
洗顔ついでに、手も洗って、近くの洗濯済みのタオルでよく拭いた。
改めて脱いだカットソーに目をやれば、くたびれたように籠の中に居る。カットソーの首回りは、少し茶色に汚れていた。
「うそっ!」
嘘じゃなかった。
多分、脱いだ時にファンデーションが付いたんだ。
今年貰ったお年玉で、弁償出来るかなぁ…。
鳳家は、何気なくいいものを来ているから不安だ。
念のためスカートもみたけど、特に汚れは無かった。あんな痛い思いをして汚れてたら、救われないよ。
ため息を吐いて下を見たら、足拭きマットに血がついてた。
はっきりした赤じゃなくて、ほんのり水分が混じった時のピンクに近い色。
帰る時、靴底が滑って歩きづらかったし、それで余計に痛かった。
足の全ての豆は潰れてる。
多分、血豆になったものが潰れたんだ。
お洒落って、正に血の滲むものなんだ…初めて身を持って知った。
こんな思いをしてまで、応援に出掛けたのに…怒られて軽蔑された自分が情けない。
それに、結局、応援はしないまま逃げて来たのだ。
また涙が出てきた。
そして、家だし、誰も居ないから…声をあげて泣き続けた。
その日は、そこで眠ってしまって…恥ずかしい事に、お父さんが布団に運んでくれたらしい。
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2007/08/06