my monkey is blue.

「それにしても…この部屋、えらく広いな」

「あ、はい。お父さんが仕事で使うので」

忍足先輩は、きょろきょろと回りに飾ってあったりする記念盾や、しまってある本を見たりして歩きまわってる。

その中でも、無造作に置かれた台本を手にとった。

ちゃん。劇団・愛寧に知り合い居んの?」

「はい」

忍足先輩の持ってる台本は、今度上演する話で、何回か上演している人気作だ。
実はこれ、お母さんとお父さんの事を元に書いた話。私は、お父さんの書いた話の中でこれが一番好きだ。

でも、忍足先輩は何で“劇団・愛寧”を知ってるんだろう?
そんなにメジャーじゃない劇団なのに。

「忍足先輩、愛寧を知ってるんですか?」

「ああ。一昨年、姉貴に連れられて行ったんやけど…まんまと泣いてもうたわ」

忍足先輩は、少し興奮気味に答えてくれた。
今日、初めて忍足先輩の、生きてる感情を見た気がする。

「俺、この話、えらい気に入ってん。本屋とビデオ屋駆け回ったんやけど、シナリオも公演DVDも全然置いとらへんのや」

“チケット取るのに、苦労するとこなんにな”と言って、忍足先輩は苦笑いをする。

「ああ…だって、シナリオ発売されてないですし。DVDも声が掛からないって言ってましたよ。」

今度は、忍足先輩がマヌケな顔で驚いた。

「はあ?!こんなにええ話やのに…勿体ないなー」

「これは唯一出版社から声が掛かったけど、思い入れがありすぎて踏ん切りがつかなかったって言ってました」

「さよか…ん?ちゃん、もしかして、キクキヨシと話した事あるん?」

キクキヨシは父さんの芸名だ。お父さんの旧姓を元にしたらしい。
お父さんは、たまにテレビで、最初に死ぬ役や、うだつが上がらない下っ端役とか…ちょっとした役でも出てる。だから、同級生は知らなくても、父兄の人はたまに知ってる人も居るみたいだ。
同じ中学生と、演劇人としてのお父さんについて話すのは新鮮な気分。変な感じ。

「話すもなにも…お父さんです」

忍足先輩が目を丸くした。

「ほんま!?うわ。俺、めっちゃついとるやん!なあ、キクキヨシさんに会ってってもええ?」

それを聞いて困ってしまった。
今日は、お父さんは遅くなると言っていたから、余裕で中学生が歩けない時間になる。

「…今日は帰ってこないかも…」

忍足先輩の興奮具合だと、遅くなると言ったら“待つ”とか言うかもしれない。

「えー…残念やわー…」

忍足先輩は肩を落としつつ、台本を見つめた。
こんなにお父さんを慕ってくれてるのに、会わせてあげられない事が、なんだか悔しくなってきた。
だって、滅多にお父さんを“好き”って人は居ないんだもの。マイナー過ぎて。

「あの…お父さんの都合聞いておきますんで、また遊びにくれば…」

「ほんま?!また来てもええ?」

忍足先輩が、物凄い早さでこっちを向いた。そんな動きをして、首は大丈夫なのかな。

「…はい。お父さんの都合は、メールします」

「おおきにー。ちゃん!」

私の言葉尻を噛んでいるかのような勢いで話し掛けて、勝手に私の手を握る忍足先輩。
何一つ、私は了承していないのに、これは不思議と嫌な気分にはならない。

さっきの真意が見えない笑顔の時なら、気持ち悪いと思ったのかも知れないけれど。

でも、今の笑顔は…何となく、キクキヨシへの好意が素直に出ている気がして、見てて嬉しい。

身内への好意って、案外照れ臭いものなんだ。

「せや。ちゃん、忍足先輩やのうて、侑士って呼んでよ?」

「…え」

固まってしまった。
忍足先輩って長太郎が言ったから、そう認識してたのに。

「さっきから気になっとったんや。出来れば、俺は“侑士”て言うてくれへんかな?」

呼び方にこだわる理由は分からないけど、本人がそう言ってほしいなら、そうするべきなんだろう。
幸い、まだ知り合って日も浅いことだし、すぐに変えられるだろう。

「わかりました。」

「おおきに。ほな、早速言うてみて?」

「…侑士さん」

侑士先輩は、首をかしげて顎に手を当てて、難しい顔をした。

「あー、それでも、ええねんけど…呼び捨てがええなぁ」

呼び捨て…それは抵抗がある。
会ったばかりの人だし。

「…勘弁して下さい…侑士…さん」

ダメだ。やっぱり呼べなかった。

「んー…」

また、侑士さんは難しい顔でうなったと思ったら、自己完結したのか難しい顔はやめてしまった。

「…ま、ええか。ほな、改めて宜しゅう頼むわ」

「はい。こちらこそ。」



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2007/08/09