「きりーつ、礼」
“さようならー”という合図とともに、私は机上に待機させていた鞄に手を掛けた。
「」
呼ばれて振り返ると、真田君が立っていたのでびっくりしてしまった。
「真田君。どうしたの?」
普段、真田君とはあまり喋らないし、彼の笑顔も見た事がないから余計に緊張する。
「これから用事はあるか?」
「ううん。帰るだけだけど。」
真田君が、私に何の用事だろう?彼に、放課後に“用事があるか”と聞かれていると言う事が私にとって予想して居ない事なので、軽く不審に思う。一体何を言うのか考えて居たら、真田君が口を開いた。
「ならば、ロッカーと机の掃除をして行け」
「なんで!?」
いきなり“掃除して行け”と命令形で来たか!私の素直な驚きの声を聞いて、真田君の片眉が動いた。
「“なんで”だと?」
うわ、怖い。怖いよ。
真田君は背が中学生にしては高いので、私は見下ろされる格好だ。威圧されているような気分になるので余計に怖い。
「幾つも机の脇に袋を下げて、ロッカーからはよくプリントをはみ出させておいて、よくそんな事が言えるな」
「だ、だって、机とロッカーだけじゃ収納スペース足りないんだもん!」
真田君の怖さに怯えつつも言い返してみた。
「足りない訳がないだろう。現に俺や他の者は、それでやりくり出来ている」
「みんな出来るからって、私も出来るとは限らないよ」
「そんな言葉に甘えるな!全く…。教室掃除をしていて、の机を運ぶのに一番苦労したぞ。このままではいかん。とにかく掃除をしろ」
そういって、真田君は去って行った。
何さ!言うだけ言って帰るなんて。今まで誰も私の机に口出しする人は居なくって、先生ですら何も言って来なかったのに……。真田君め!
でも、やらなかったら、明日また怒られるんだろうな。
仕方なく机の脇の紙袋を一つとって、机の上に撒けてみた。
取り掛かったはいいものの…何からしたらいいか分らない。
とりあえず袋の中身を全部出してみたけど、なんだかやる気は急降下していく。
「む、やってるな」
「真田君!?」
「何故驚いているんだ。」
てっきり部活に行ったんだと思ったのに。真田君の手元を見ると、ゴミ袋が握られていた。サイズからすると、大きめのゴミ袋だろう。
「部活に行ったかと思った」
「今日は無い」
「自主練はしないの?」
「勿論、帰ってからする。余計な気を回さず、片付けを進めろ」
そういって、真田君は机の側に来るとゴミ袋の口を広げ、机の上のプリントを手にとった。
「…。授業参観のプリントを親に見せてないのか?」
「見せてないけど、きちんと伝えといたよ」
「だが、参観に来る際の詳細も書いてある。帰ったら、必ず親に見せろ」
そう言って、私にそのプリントを渡した。先生ですか、真田君。
手の中のプリントをじっと見る。確かに、授業の後どの位、懇談会をするとか書いてあった。
でも、私、絶対忘れそう。小学校の時の連絡帳だって、毎回渡せた例がない。殆ど忘れていた。
「」
真田君の声で、物思いに耽っていたところを中断された。
「手を動かせ。これは何だ?」
真田君の手の中には、小石があった。形がハートになんとなくにている小石。体育祭の時、暇を持て余して拾ったものだ。
「石」
「そんな事はわかっている。何故、石が机から出て来るんだ?」
「何となく、拾ってきちゃったから」
「…没収する」
真田君が、石をポケットに入れてしまった。
「ちょ、もしかしたら何かに…」
「使わんから、机の奥に眠っていたんだろう」
そう言われて言葉に詰まる。確かに、返す言葉も無い。取っておいてと言っても、真田君は捨てるんだろう。
なら、もっともらしい事を言って取り返さなきゃ。こんな形の石、滅多に見つかりっこないもん。
「じゃあ私が捨てて来るから、ちょうだい」
「…断わる」
真田君は、また微かに眉を動かした。
「なんで?捨てるって言ってるのに!」
「たわけ!の机やロッカーを見て、信じられる訳ないだろう!!」
私の机と真田君の言葉…説得力は雲泥の差で、もしも多数決をとったら絶対に大差で私が負けそうだ。
「反論はあるか?」
「……カエスコトバモゴザイマセン」
「なら、続けるぞ」
*-*-*
その後は、ずっと真田君に
「何故、やりかけの宿題が出てくるんだ!」
「パンの耳をいつまでも取っておくな!」
「燃えないごみは、こっちだと言っているだろう!」
「たるんどる!」
など、沢山の叱咤を受けて、片づけを終えた。時計の針は5時を回っている。
「なんとか終わったな」
「うん。ありがとう」
「いや…礼には及ばん」
そう言って、真田君は顔を背けてしまった。あれ?照れてるのかな。
まぁ、いいや。ゴミ置き場にゴミを持っていって、早いところ帰ろう。
「私、ゴミ持ってってから帰るよ」
私がゴミ袋を持とうとしたら、真田君がそれを制した。
「は、燃えない方を持て」
ゴミは殆どプリント類だったので、燃えない方はこれでもかって位に軽い。
「あ、ありがと…」
「行くぞ」
私は慌ててゴミ袋を掴んで、真田君の横に並ぶ。やっぱり、真田君は背が高いし迫力があるな。
見上げていたら、真田君がこっちを向いた。
「、駅からは一人か?」
「うん。」
お母さんが迎えとか来てくれたらいいんだけど、弟と妹がいるからそうもいかない。
「ならば、送る」
「えっ!?悪いからいいよ」
「良くないだろう。痴漢などが出たらどうするんだ」
私の頭は“痴漢注意”の立て札を思い出す。うわ、何言ってくれんの、真田君。言われなきゃ気づかなかったのに!
「でも、真田君の家ってどこ?」
「の最寄り駅の一駅下りだ。の家からなら歩いて30分程で家に着くぞ」
30分!?それって遠いじゃん。でも…。
「私の家…何で知ってるの?」
「年賀状を出した時に…な。その」
年賀状…そういえば、来てた!私は、全部メールで済ませていたので、真田君にはお返し年賀メールを送ってない。メアドも知らないし…。
「ごめん、私送ってないや!」
「今更謝られても困るが…気にするな」
真田君はさらに付け加える。
「それに毎朝走りこみで通っているから、送る事も気にするな」
さっきから、真田君は私に気を遣わせないように喋ってる。いや、本当に気にしてなくて、真田君にとって何でもない事だから言ってくれてるんだろうけど…。
「じゃあ、送って貰うね」
「うむ。」
真田君って、怒ったり仏頂面だったりで話しかけづらかったけど、それって私が真田君の事をよく知らなかったからなんだ。
確かに恐いし口調も偉そうだけど、皆見てみぬ振りをしてた机やロッカーもダメだと言ったり、怒りながらも手伝ってくれたし…それに送ってくれるとまで言ってくれた。
本当は、正義感があって人間味のある人みたい。
「」
「なに?」
「の部屋は散らかっているのか?」
「…まぁ、ね。」
そりゃそうだよ。学校のスペースですら、きちんと活用できないんだもん。一つの部屋なんて余計に手に余る。
「なら、来月最初の土曜日を、午後から空けておけ」
「どうして?」
「練習が終わってから片付けに行く」
「えぇ!?」
「たわけが!部屋の汚れは精神のたるみだ」
真田君は、余程たるみが嫌いなんだろう。私の、たるんだ人格まで矯正しに、家まで来るとは。
まがりなりにも女なので、同い年の男の子に散らかった部屋を見られるなんて拷問に近い。
だけど、真田君は「ご両親に、片付けに行くとあらかじめ伝えておけ」とか色々と、行く事を前提に、私の反応を無視して話を進めている。
どうしようか?どうすれば、真田君は諦めてくれるんだろう?
うーん……まじで、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
横目で見上げた真田君は、心なしか笑ってる様な気がしないでもない。
意外な表情を見て、余計に言葉に詰まった。
その表情は、初めて見たという事もあるけど、私の心にすごい衝撃を与えた。
格好よく見えてしまったのだ。
まあ、いいか……。今は、真田君の笑顔でも鑑賞していよう。
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