必死に走って、慈郎君の家まで何回か転びながら辿り着いた。

制服の泥を落として、呼吸を整えてチャイムを押す。

少しして、扉が開く。
いつものように、慈郎君のお母さんが出て来た。

「まあ、ちゃん。どうしたの?」

「こんばんは。あの…慈郎君を、お願いします」

会って貰えるか分からない。慈郎君からしたら、他の男に胸を触らせたかもしれない裏切り者だ。
でも、それでも、慈郎君に会いたい。
会って、誤解を解きたい。

「あら、慈郎ったら忘れ物?本当に、いつも寝ぼけてるんだから…。部屋に居るから、上がってちょうだい」

お母さんに促されて、家に入れて貰った。
初めてあがる慈郎君の家。
中は、私の家と大差ない。豪華な金品も無く、かといって貧相なものも無い。

お母さんは「階段上がって、右が慈郎の部屋だから。寝てたら叩き起こしてもいいからね」と付け加えて、居間に消えていった。

お母さんの言葉通り、階段を上って右の部屋の前に立つ。
ノックをしたけど、慈郎君の返事は無い。
……寝てるんだろうな。
そうっとドアを押して扉を開けたら…慈郎君の後ろ姿が飛び込んで来た。
机に向かって座っている。

「慈郎君」

呼び掛けても、返事は無い。

慈郎君の向かう机に目をやると…イヤホンを使ってるのか、線ののびたポータブルDVDプレイヤーが何か再生してる。

画面を見ると…可愛らしい女の子の顔がアップになった。女の子は、泣きそうな顔でずっと何か言ってる。
画面はゆっくりと移動して…胸が映った。
…………裸。
…………ノーブラ。
豊かな胸は上下に激しく揺れてるみたい。女の子の体の後ろは皺くちゃになった布。

え…AV!?

慈郎君、何やら小刻みに動いているみたいだけど……。

もしかして、これって……ひとりHってやつ!?

思わず扉を勢いよく閉めてしまった。
扉に背を向けて、寄りかかる。

顔が熱い。どうしよう。
お兄ちゃんですら…ううん、家族すらこんなとこ見ちゃった事ないのに!!!
気まずい…。
足から力が抜けてへたりこんでしまう。

急に、後ろのドアが無くなって倒れてしまった。
上に、慈郎君の顔が見える。飛び込んでくる、蛍光灯の光…。

「え!?…ちゃん!?」

……慈郎君は、慌てたらしく目を見開いた。

「こ…こんばんは」

とりあえず、挨拶をしてみる。
慈郎君も、ゆっくり挨拶を返してくれた。

「こ…こんばんは〜…」

慈郎君も、ぎこちなく挨拶を返してくれる。

「とりあえず…座る?」

慈郎君は、ベッドを指して言ってくれる。
この体制は、落ち着かない。起き上がって、部屋に入る。

「うん…。」

慈郎君に促されて、ベッドに腰かける。
ベッドの向かいには本棚。辞書の他には漫画がいっぱい。あの漫画、お兄ちゃんも買ってた。慈郎君、持ってるくらいだから好きなんだろうな。
帰ったら、お兄ちゃんに貸して貰おうかな。話のタネに…。

ベッドに振動が走った。
慈郎君も、隣に腰かけてる。
慈郎君は暑いのか、少し顔を赤らめて頭をかいてから、視線を私とは違う方向へ。眉尻を下げて。

「…見た?」

慈郎君の視線の先には閉じられたポータブルDVDプレイヤー。「何を?」と聞かなくても、何を指してしるのかは分かってしまう。

「……見た」

さっきの映っていた映像が、鮮明に浮かび上がる。そして、慈郎君がしていただろうことも想像してしまい、ものすごく恥ずかしくなった。

それは慈郎君も同じらしく、頭を抱えた。耳まで真っ赤にして俯いてる。

「うっわ…恥ずかC〜!!」

「うん…ごめん。本当に、ごめん。」

私も、慈郎君を直視出来なくて俯く。



「…ちゃん。どうして、うち来たの?」

どれくらい、お互い無言で俯いてただろうか。
今度は、慈郎君から話し掛けて来た。
…言わなきゃ。誤解、解かなきゃ

「あ…あのね、今日、昼休みに、生徒会室来たでしょ」

慈郎君を横目で盗み見たら、一瞬、体が強張った。
否定をしないって事は、やっぱり、見たんだろう。

「それでね、」
「Eって。無理に、胸触らせてくれなくても」

私が説明しようとしたら、慈郎君に遮られた。

「え…“無理”って?」

「…跡部と付き合ってるんでしょ?付き合ってる奴以外に触らせるのは、良くないよ…」

慈郎君は、私の頭に手を置いてポンポンと軽く叩いた。あまりにも軽くて、羽のように軽く思えて、「気にしないで」と言われているような気分になる。
でも…私と跡部君が?ものすごく配線ミスに思える組み合わせだ。

「何で…跡部君と」
「…跡部が抱き着いて、胸、触ってたから」

やっぱり。慈郎君の見た角度は、どんぴしゃりで胸を触ってるように見える角度だったんだ…!
恥ずかしい!

「でも、心配しないでよ。俺、明日から練習出るC。今日は、あんまり刺激強過ぎたからサボっちゃったけど…跡部にも言っといて〜。罰メニューならちゃんと…」
「ち、違う!それは、私が暴れたから、跡部君が抑えたの!胸は、触られてもないよ!」

慈郎君が、勝手に私と跡部君の付き合いを想定した憶測で、困ったような、無理な笑い方をしたので慌てて遮る。

「…え〜…!?」

慈郎君は、驚いて叫んだ。「じゃあ、俺、勘違いで罰メニューやんの〜!?」と、脱力して、ベッドに倒れ込んだ。

誤解は解けたらしい。
なら、今なら、私の正直な気持ちを言えば、耳を傾けてくれるかな。

「慈郎君」

「ん〜?」

腕を瞼に乗せたまま、慈郎君が返事をする。
今日、私の前から居なくなった時のように、切羽詰まった空気は無い。
息を吸い込んで、今日、思った事を言う。

「私、慈郎以外に胸触らせるつもりは無いよ。」

「え?」

慈郎君は、腕を少しあげて私を見る。

「…結局、権限云々は無くなったけど、慈郎君のお陰であの子達に向き合う気になれたし、跡部君も手伝ってくれる様になった。でも、だからって“胸を触るのはナシ”なんて事も考えてもない」

慈郎君が体を起こした。
少し、真面目そうな顔になってる。
胸に関して言うのは恥ずかしい。だけど、恥ずかしいその行為をやめようとも思わない。

「仲良くなる前に戻っちゃうなんて嫌だよ。また、明日から一緒にお弁当食べて、一緒に帰りたい。何も変えないで、また明日からやって行こ?」

慈郎君は、一瞬鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をして瞬きをした。
…と、思ったら、頬に慈郎君の髪が当たってて、横から肩ごと抱きしめられてた。
“ありがとう”って言いたかったのに、タイミングを外した気が…。

…………。
え…ええー!?

当然、家族以外の異性に抱き着かれるのは初めてで、ものすごく混乱している。

「じじじじ慈郎君っ!?」

「あ〜…ちゃん。こないだ言った期間延ばすの…やっぱナシにしてE〜?」

「へ!?」

慈郎君が顔を上げて、腕も緩めて私の胸を見る。二週間から、更に二週間って言うのを…ナシ?
思わず胸に手を当てて庇った。

「な、何言ってんの?慈郎君!」

「え〜。だってちゃんが、カワE事言うからさあ。俺、さっき一人でシてるトコ見られて嫌われたと思ったもん」

「い、いや、嫌ったりはしないけど…。」

そもそも、慈郎君に取引を持ちかけたのは、慈郎君達のAV話を聞いたからだし…。もう、そういう事をしてたりする子って前提で接してるから…。

「まじ!?うれCーっ!!」

慈郎君の手が胸に伸びて来そうなので、一層、胸を守る手と腕をきつくして力を込める。慈郎君の手が、隙間を縫おうと鎖骨辺りに触れたので、身をよじってみる。
そうだ。健康な中学男子だ、慈郎君は。さっきまで、ひとりHしてたなら多少興奮状態にあって…。
やっばーい…かも!!!

「わ!ちょっと、待ってよっ!」

「え〜…ヤだ〜」

「“ヤだ”じゃないよ!絶対、慈郎君は触ったらキケンだって、今は!!!」

「キケンじゃないよ〜。ちゃんが帰った後…」
「ヌくの!?ヌくつもりなのっ!?それも恥ずかしいから、そういう事言わないでってば!!!」


とりあえず、胸に関して。今日は時間を置きたい。
私は一層、力を込めて胸を死守すべく蹲ってみた。

慈郎君は、純粋…だと思う。
胸、触りたかっただろうに、付き合ってる子が居ると思ったら「そういうのは良くない」って言っちゃうし。

だけど、その割りに、胸触る為の約束に興味津々で引き受けちゃう。
更に、胸を触ってオカズにしようとする事も、さらりと私に向かって言ってしまうし…。

対極なものが前面に出て、何かと矛盾を持ってる子?でもそれは話をきくと、最もな理由だったり、理に適ってたりする。

慈郎君はよく分からない。
だけど、もっと知って、もっと色んな話しをしたいとも思う。
普通なら焦ってしまう部分が、マイナスになりそうにない。

純粋だったり、少し性に関して前向きな所以外も、絶対に知ったら楽しいって。
慈郎君にまだ隠れてる部分を、知りたい。

今日、誤解が解けてこんなに嬉しいんだから、明日はどんな楽しい事が待ってるのか…!柄にもなく、こんな問題が山積みな現状なのに希望を持ってしまう。

大丈夫。私には、こんなに楽しい慈郎君と共有したヒミツがついてる。
口元が綻ぶのは止められない。




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2008/03/24
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