“秋雨か台風なのかぐずぐずと攻めあぐねてる私の気持ち”

訳も分からないと思うけど、これは、私の恋心を詠んだもの。
昨日の台風は、朝はぱらぱらとした小雨で台風が来るなんて信じられないくらい。夕方になって、一気に風が強くなったから、その時やっと信じられた。

好きだって言って、スッキリするか。
言わずにこのまま好きという気持ちを、悶々としながら味わうか。
決めかねている。

“軽やかに動く指から耳に入(い)る渇いた関節弾ける気持ち”

これは、好きな人の名物行動について詠んだものだ。
あの渇いた音がすると、気持ちが高鳴って来る。
それは、殆どの生徒に共通する事なんだろうけど。
彼は人気者なのだ。
人気者という言葉で片付けていいのか迷う位に凄い。
あ。今思った事、知らない内に、さりげなく限りなく五・七・五・七・七に近くない?
やっぱり、創作活動時のサロンの冷抹茶は、私の感性を刺激してくれる。

「おい。

聞き覚えのある、有無を言わせないような強さを含む声に顔を上げる。
途端に、私の胸が音を立てる。

「お前は、飯も喰わねえのに、抹茶一つでテーブル占拠してんのか?」

お昼時のサロンは、私以外はトレイを持って、次々にテーブルに着いていく。
跡部君もトレイを手に、私を見下ろしていた。

「あ。ごめん。邪魔だよね」

グラスを手に、急いで抹茶を飲もうとしたけど、跡部君はそれを制した。

「待て。退けって言ってんじゃねえよ」

そう言って、私の意志も聞かずに跡部君は目の前に座った。

今日の跡部君のメニューは、クラブサンドのセットか。
お。デザートにレアチーズケーキ。
私も、レアチーズケーキだけ買って来ようかな。

「お前、飯、食べねえのか?」

「うん。今日は、ご飯食べる時間が勿体なくて!創作日和だよ」

「五限は、体育だろ。倒れねえようにしろよ」

「大丈夫。大丈夫」

私が返事し終わる前に、跡部君が私のノートを手に取って読み始めた。
当然、焦る。
人に見せたりする程、上手くないし、跡部君の事を詠んだものもあるからだ。

「勝手に見ないでってば!」

「領土侵犯してたのはだろ?」

「はあ!?」

「テーブルのこっち側半分に、ノート丸々一冊分来てただろ。だから、俺様にはこれを読む権利がある」

何!?この屁理屈。
これが噂の俺様ルール?

「…。お前、どんな時にこれを詠んだ?」

「へ?」

跡部君が、ノートの最初のページの歌を指して質問してきた。

“突然に足の間のを吹き抜ける風で下着の色を忘れた”
“見る方も見られた方も気まずいと思って忘れる桃色兎”

「な、なんてトコ見てんのっ!」

まさか、こんな歌をみつけられるとは思わなかった。
慌てて、差し出されたノートを引ったくる。恥ずかしくて、ノートを自分の膝の上に置いた。

「答えろよ。どんな状況だ?」

跡部君は涼しい顔をして、更に、意地悪な顔をしてクラブサンドを頬張った。

「…こういうのは、読んだ人が想像したものが答えなの。跡部君の中に出て来た状況でいいんだよ」

「確かにな。だが、詠み手がせっかく居るんだ。聞かせて貰おうじゃねえか」
…本当に、読んで想像する如しなんだって。読まれただけでも恥ずかし過ぎるのに、声に出して言うなんて拷問じゃないか。

「教えないったら、教えない!」

「そうかよ」

跡部君は、紅茶をすする。その、意地悪な顔は変えずに。

「なら、当ててやる。入学式の日だろ」

「なっ!?」

なんで!?周りに人は居ないと思ってたのに…!

「で、どうなんだ?」

跡部君は、さっきより更に意地悪な顔になっている。
私はというと、動悸が治まらず背中にじっとりと冷たい汗をかいている。きっと、恋のドキドキじゃあない。
嬉しさがあまりないから。
だけど、嫌いになろうという気持ちが湧かないのも確かだ。
きっと、こういう事を、惚れた弱みと言うんだろう。

惚れた方が負け、か。だから、この場は跡部君の好奇心を満たしてあげようじゃないか。

「そうだよ!風が吹いたから、焦って何を履いて来たか一瞬忘れたの!ついでに、一年生の子のピンクの兎も見ちゃったって事だよ」

声の調子だけ強めにボリュームを絞って答えたら、跡部君が眉を浮かして、驚いた顔をした。

「…桃色兎って、のじゃないのか?」

「そんな柄持ってないよ!そんなパン…」

“そんなパンツは卒業した”と言おうとしたら、跡部君に素早く口を塞がれた。

「馬鹿。周りに聞こえるだろうが」

はっと周りを伺えば、私の大声と、跡部君の人望で視線の大洪水が起きている。

「落ち着いたか?」

私は、必死に頷いた。
それを確認してから、跡部君はゆっくりと手を放した。

「ったく。お前と話すと大変だぜ」

「…ごめん」

私の方が恥ずかしい思いをしてる筈なのに、なんで謝ってるんだろう?

そんな私の考えを余所に、見つめたテーブルの視界にレアチーズケーキが舞い込んで来た。
お皿にくっついた指をたどれば、跡部君が笑っている。やはり、意地悪に。

「…なに、これ」

「なんだかんだ言って、答えてくれたからな。やるよ」

「いいの?」

「ああ。五限で倒れない様に、味わって食べろよ」

多分、答えてなくてもケーキはくれたと思う。“倒れない様に”ってところに、そう思った。
何だかんだいって優しいなあ。

「ありがとう!」

早速、一口運んでみる。滑らかなレアチーズケーキの舌触りに、思わず目を閉じた。
ご飯いらないとは思っていても、空きっ腹には変わりなくて胃に沁みていく。

「この瞬間ってさ、世界で一番幸せって錯覚しちゃうんだよね」

「ハッ!安い女だな。」

生まれて持ったものが沢山あればこその台詞を、お得意の感嘆詞と共に吐き出した跡部君。
今、言われて気に障らないのは、私が恋してるからか。それとも、彼なりの敬意が常に心の底に流れている(であろう)からか。
跡部君と同じテーブルについて食べてるから、尚更美味しいんだとは、恥ずかしいから言わないけど。

「いいの。私は価格以上を提供する女なんだから!心は西陣織なの」

「バーカ。それを言うなら“心は錦”だろ。」

どんなに意地悪そうな笑い顔でも、またすぐにこの顔が見たくなる。これは、もうかなり重傷だ。

「そういえば、跡部君の勘ってスゴイね。あの歌を見ただけで入学式だって当てちゃうんだもん」

「は?んなもん、いくら俺だって当てられるか。見てたに決まってるだろ」

「へえ。見てたんだ。よく覚えてるね」

「見たモノがモノなだけに、な」

跡部君は愉快そうだ。

「何よ。私の生足は汚いって?」

「足じゃないが、色気が無さ過ぎて驚いた」

肝心な事は言わずに、跡部君は形容だけを述べる。もどかしくて、むず痒くて、口元が覚束ないくらいに嬉しい。こんなに話した事は無いから。

「的を得ないなあ…何を見たの?」

「さあな。当ててみな」

「分からないから聞いてんの」

「なら、尚更だ。分かったら聞きに来い」

そう言うと、残りのクラブサンドに手をかけた。
私も、真っ白なレアチーズケーキに取り掛かる。
家に帰ったら、日記でも読み返そう。

*******

今日の昼は、ずっと歌を作って居ようと思ってたのに。
…でも、好きな人を思う気持ちって、一番の燃料だから、不謹慎にも量りにかけたら、跡部君に傾くに決まってたのだ。

。俺も一首思い付いた。ノートを貸せ」

「え…」

また見られないかな?
すんなりと出せない。

「…心配しなくても、見やしねえよ。」

「信じるからね」

「ああ。」

ノートとシャープペンを渡して、私は再び抹茶に口をつけた。
既に氷も溶けきって、抹茶も少し沈澱してる。



「はいっ?」

跡部君がノートから目を離さず、いきなり喋りかけるものだから、間抜けな声を出してしまった。

「いっその事台風になれよ」

「へ?」

「俺を巻き込んでみな」

ノートを私に返して、トレーを手に跡部君は去って行った。

跡部君、何を書いたんだろう?

…見るなって言われてないから、いいよね?

ノートをめくれば、一番新しく作った台風の日に作った歌のすぐ下に、私以外の筆跡で歌が印されていた。

“気が付けば隣を抜ける風速く、俺の気持ちも巻き込め台風”

見ないと約束したのに。とか、そんな事を思う前に、私の頭の中には色々な考えが過ぎっていった。


“いっその事、台風になれよ”
“俺を巻き込んでみな”

そして、多分、私の歌に対する返歌。

跡部君の残していった、さほど難しくないパズルのピースみたいな言葉と歌。
それらが指し示した意味を理解したら、とてつもない熱が私を襲った。



台風に…成ってみようか。投げられた挑戦状は、私次第よ。




*…【了】…*
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*2007/09/16*
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“恋の歌に対する返歌”て趣深いなあ…と思い立って書き始めたはずなのに、返歌するまでに、パンツやパンチラの話になってしまって趣が台なし・汗。
あと、跡部さんは、もっと巧い歌を読むと思います。
跡部さんの誕生日が近かったから、前書いたものをUPしようという無計画さ加減・汗。
誕生日に無関係な夢小説ですが、せめて記念に…。