月曜日。
登校中、昨日の試合の行方を考えている。のろのろと歩いては電柱や塀にぶつかるので、肩やおでこに鈍い痛みを感じる。昨日の試合は勝っていて欲しい。山田君は頑張ってるから報われて欲しいのだ。
もし、私の使ってない幸運を人にあげる事が出来るなら、山田君の甲子園行に使いたい。
私を追い越して行く人達を、横目で見る。明訓の制服を見つけると、学校が近くなっているのを痛感した。
学校の塀が見えて来ると、動悸が早くなる。

山田君に聞いて、明訓が負けてた時はなんて言ったらいいか分からない。
何で今日に限って寝坊してしまったのだろう。寝坊しなければ新聞を見て、こんなにやきもきしないで済んだのに。
ろくに前も見ずに考えながら歩いていたら、何か大きくて硬くない物にぶち当たった。

さん」

山田君だ。いきなり今日一番、気になる人に出くわしてしまった。

「…あ…おはよう」

「おはよう」

いつもの山田君だ。特にいつもと違う点は見られない。いつもの、人好きのする笑顔の山田君だ。

「もう風邪はいいのかい」

「うん。体がだるかっただけだし、もう大丈夫」

「転んだのは」

「…あ…平気だよ」

そうだ。そういえば、八つ当たりしたまま帰ってしまったんだ。大したことじゃないのに休んだ時は、人の心配そうな目線が痛い。
良心の呵責っていうのか…山田君だから、余計にそう思ってしまう節もあるけど。

「ごめんね。」

「いや、体調が悪くなさそうでよかったよ」

山田君が私を見て笑った。この前まで、ちょっとした表情の変化で“笑った”と判断することに気が引けてたけど、今はすんなり思える。
山田君の表情を間近で見てきたのと、と会ってけじめをつける事が出来たからだと思う。
どろどろしていた嫉妬に焚きつけられた心も、山田君が、今、確実に私に向けてくれる笑顔の前ではどうでもよくなってしまう。

「昨日の試合、来てくれたかい」

気になってる事を山田君から質問してきた。

「ごめん…行ってない」

正確には、とケジメをつける為とはいえ、会った後に山田君の試合を見に行くのは気が引けたからだ。別に付き合ってる訳じゃないし、自分でだってハッキリ好きと断定してないのに考えすぎかも知れない。だけど、山田君が精一杯野球をしてる所で、の事を少しでも考えたまま応援するというのは、自分を許せなくなりそうだった。
山田君は、私の方を見て眉を上げた。驚いているんだろう。

「そんな顔しないでくれよ。」

そんな顔…。自分で顔を触ってみる。眉と鼻筋の窪みに皺が寄っていた。試合に行かなかったことも、当然申し訳ないと思っているからか自然にこんな表情になったのかな。

「風邪で具合悪かったんだ。気にしないで」

「ありがとう。ところで、試合は…どうなったの?」

「勝ったよ」

山田君は、私に気を病ませまいとして優しい表情と言葉をかけてくれる。仮病を使った私は、申し訳ない反面、私の事を考えてくれてるのかなと照れくさい気分になる。

「次は必ず行くから」

次は絶対、山田君の雄姿を見たい。山田君は困ったように笑う。

「ありがたいけど…次は平日に試合なんだ」

「えっ、嘘…そうなの?」

でも、そういえば中学のときも、強い部活は平日に試合をしていた。明訓野球部は本当に強い。
当たり前といえば、当たり前か。

「うん。でも、準決勝と決勝は土日なんだ。」

「応援してる」

次の試合も、その先も勝てるように願いながら山田君を見つめたら、少し俯いてた。耳にほんの少し、血の気色が見て取れる。
この前より浅黒くなった肌。その皮膚の色に混じる赤が、私への好意だったらどんなにいいだろうか。

「来て、くれるかな?」

山田君が顔を上げて、いつも通りに落ち着いた笑顔になった。
もちろん、行くに決まってる。答えは決まってる。でも、山田君の耳の赤さに自分なりの希望を重ねると、心臓がよく動いて口も少し強張るので、すんなり言葉が出てこない。
それに伴って、そんな自分も恥ずかしく思う。

「あ…。絶対行くよっ」

山田君は一瞬眉を上げてキョトンとした表情になってから、少し声を出して笑い出した。
何かしたかな。今の返事、変だったかな。変な顔してなかったかな。
そう思うと恥ずかしくて、頭に熱が溜まってくのがわかる。

「ごめん、さんがあんまり必死だからさ」

「そんなに必死だった?」

「うん」

大げさな自分が余計に恥ずかしくて、山田君を見るのに気が引けて下を向く。

「あ、ごめん」

山田君が少し慌てたように、さっきまでとは少し違った声色で話しかけた。
山田君の声に耳を傾ける。まだ、山田君の顔を見るほど、顔から熱が引いてない。

「嬉しいと思ったんだ」

「え…」

恐る恐る山田君を見る。先程の若干動きのある笑顔ではなく、落ち着いて私を見てくれている。

「入学した頃より、心を開いてくれてるような気がしてさ」

入学した頃…一番、精神的に落ち着かなかった。
安易に近寄ってくる友達なんて要らない。気持ちを誰かに入れ込むだけ損。素直に感情を出すのが、バカバカしいを思っていた。次に失望した時に、立ち直れる自信が無かったから。

山田君が、なんでこんなに気になるのか。

一見、穏やかそうで大人しそうに見えるのに、野球に対してきちんと情熱を持っているところだろうか。それとも、こんな私にも嫌な顔をせずに接してくれるところかな。

解らない…。

頬に熱を感じながら、山田君と一緒に学校まで向かう。
この道が…二人で話していられるこの時間が終わらなければいいなと思いながら。



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2007/5/11