「ミゾオチ、痛くないの」
昼休み、山田君に話しかけてみる。
「うん…」
改造制服で金髪グリグリ頭の、変な女に話掛けられて山田君はびっくりしてるみたいだ。
「野球部続けるの」
「昨日、入部したばかりじゃないか」
山田君は少し笑った。
変だ、私なら絶対に行かない。
「あんなに、殴る人のもとで続けられるのかと思って。」
山田君は驚いた顔をしてる。と思う。
「殴るなんて、あの人やりすぎじゃないの。」
山田君が私を、何も言わずに見てる。
「何」
「いや、土井垣さんのファンなのかと思ってたから」
知らない名前が出てきた。そんな名前、聴いた事ない。
「ドイガキさん、って誰。」
「その殴ってた人だよ。」
「ドイガキっていうんだ、あの人。」
いかつい感じの音で怖そうな読み方だと思う。ぴったり、イメージ通りな感じ。
「昨日、土井垣さんを見てたから、ファンなんだろうなって思ったんだ」
あんな怖い人、暖かい気持ちでなんて、とても見られない。
私は、ジトリとした視線を山田君に向けた。
「土井垣さんは野球に対して真面目なんだよ。悪く思わなくてもいいと思うけど」
'ごちそうさま'と言って、山田君は空の大きな弁当箱を閉じた。
何回か見に行ったら、山田君が'悪く思わなくていい'と言うのが判った。確かに土井垣さんは理不尽に怒鳴ったり、殴ったりはしなかった。
しかし、山田君が一人で洗濯をしているのが気になる。しかも、手洗い。
「いつも一人で洗濯してるけど、何で手洗いなの」
つい聞いてしまった。
里中君も岩鬼君も練習してるのに、山田君だけが雑用をしていて、たまにイジメにすら見えたりした。
山田君は、力加減を変える事なく答える。
「洗濯機がないからさ。それに土井垣さんと僕は捕手で、守る場所がかぶってるからね」
あの威圧的な土井垣さんと同じ…。
土井垣さんがどれだけ巧いのか分からないし、山田君もどんな技術を持ってるのか分からないから、どう返答すればいいのか分からない。
「土井垣さんが捕手って、知ってて入ったんだ。」
そう言った山田君は、かなり明るい顔だった。
「…耐えられるんだ」
私はつい萎縮して聞いてしまう。やっぱり、山田君は表情を変えずに答えてくれる。
「来た時にしっかり力が出せるように、準備してるんだ。」
山田君は裏付けがあるみたいな、いたずらっぽい笑顔になった。
水が、乾いた土に落ちた時、ゆっくりと広がる様な速さで、胸が痛くなった。
山田君の部活姿を見てると、頭に靄がかかったみたいで、すっきりしない。
「さん、野球好きなのかい」
今日は初めて山田君から話しかけてきた。
山田君は圧倒的に…完璧なまでに炭水化物な弁当を頬張って、私の返答を待っている。
そんな山田君を見ると、少し心苦しい。野球は、好き嫌い以前に全く分からない。
それに、最初に野球部を覗いたキッカケを聞いたら、いくら毎日昼休みの度に金髪カールの問題児の話相手になってくれてる山田君でも呆れるんじゃないだろうか。
「どうしたの」
山田君は中々喋り出さない私を、弁当を食べる手を止めてじっと見る。
「…野球…よく分からないんだよね」
「え」
山田君が思ってる事は分かる。
“だったらなんで、練習を見に来てるんだ”って絶対思ってるはず。
「てっきり、野球好きなんだと思ってたよ」
山田君の驚きの顔は変わらない。
「面白そうだったから」
山田君は、箸を一旦置いて私を見る。
なんだか、話さなきゃいけない気がしてきた。
「面白い事ないかなって思ったら、野球部から大声が聴こえてきて、何となく覗いて」
山田君は微動だにしない。
「そしたら、山田君がサーカスみたいに球拾いしてて」
最後に息を軽く吸い込んで、少し眼力を込めて山田君を見据える。
「殴られても練習させて貰えなくても山田君がしてる野球って、魅力があるんだろうなって思って見に行ってるの」
山田君が肩をすくめた。
よく見ると耳がほんのり赤いから照れたのかも知れない。ゆっくりした動作が、世界的に有名な黄色いクマみたいで可愛いと思ってしまった。
不思議に、山田君は見ていたくなる。洗濯を頑張ってるかと思ったら、人を喰った様な笑顔をしたり、あまりお和のないお弁当をキレイに平らげたり。今みたいに、ちょっとした事で照れてしまったり…見ていて飽きない。
じっと見ていたら、急に山田君が姿勢を正した。
「そういえば、土曜って空いてるかな」
「空いてるけど」
なんでだろう。学校以外の日を気にして貰えた事が嬉しい気分だ。
「ベンチ入り出来たんだ。良かったら応援に来てよ。」
私は必要以上の力を使って頷いた。
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