放課後グラウンドへ行くと、サチ子ちゃんが水道の側にいた。
「ねえ」
初めてサチ子ちゃんから話し掛けてくれたので、少し驚いた。
私から挨拶した事もなかったので、初めてなのは当たり前だが。
今まで私が挨拶しなかったのは、恥ずかしい事だと思えた。人見知りでは済ませられない年に近付きつつある。
「こんにちは」
「おねえちゃん、名前は」

「ふうん。あたしサチ子って言うんだ。」
サチ子ちゃんはこっちに近付いて来る。
今日は珍しく、山田君がグラウンドに居た。
ちゃんはお兄ちゃんを応援してるの」
「もちろん。」
サチ子ちゃんは急にニコっとした。山田君と違って表現にメリハリがある。
「分かってるねぇ。ちゃんは」
サチ子ちゃんは私の太股を思い切りよく叩く。パチンと音がした。
「痛っ」
「あっ、ごめん」
照れ半分に謝って、口を手で隠す仕草をした。
「つい嬉しくて」
キャラキャラとした笑顔で、サチ子ちゃんは私の患部をさすってくれた。
山田君を見ると、見ていたい気持ちと、焦りに似た気持ちが出てきた。
山田君はグラウンドで熱心に練習してるから、そんな私に気付く筈もなく…。

こんな中途半端な私じゃ山田君に友達として釣り合えない。
でも、山田君からは目が離せずに、動けないでいる。

私も、必死になれるものがあるべきなんだろうけど、思いあたらない。

結局今日も夢中な事もないのに、遅い時間まで山田君を見て帰るんだろう。

いつも、空が暗くなり始めるまでフェンスの近くに居る。



私、このままでいいのかな。

軽い不安を抱いた放課後だった。

***


「ただいま」

昨日、山田君の部活に打ち込む姿を見てから、もやもやしてしまい、今日は練習を見ないで帰ってきた。まだ太陽は夕日にもなっていない。
靴を脱ぐ時に足下をみると男物の靴が揃えて置いてあった。
そして見慣れないパンプス。

台所を覗くとテーブルに、お父さんとお母さん、それと知らない女の人が向かい合っていた。
みんな、表情が暗い気がする。

「ただいま」
三人とも、驚いた顔をして私を見た。

特にお母さんは、顔にいつもの力がない。
「おかえりなさい。、今日は早いじゃないの」
「生徒指導なかったから」
それに、山田君が練習してる姿に、取り残されてしまった気がして居たたまれなくなったから…。
「そう…、あ、お茶淹れなおしてちょうだい」
「うん」

急須にお茶っ葉とお湯を淹れなおして三人の湯飲みに注ぐ。
「ありがとうございます」
女の人が一瞬ペコリと頭を下げた。
その時、甘いフルーツ系の匂いがした。

…もしかして。

お父さんはたまにこの匂いをさせて帰って来てた。
、髪型は直さないのか」
急に、お父さんが話し掛けてきた。
私が彼女をじっと見てたからだろうか。
「…知らないよ」
「そうか」
お父さんとの会話はいつも続かない。話を終わらせてしまう返答が多い。

こんな雰囲気の場所なら、とりあえず席を外そう。
気持ちが悪くなりそうだ。

「着替えたら、と遊び行くから」
***


大急ぎで着替えて、自転車をとばして、私が通う筈だった高校…の居る高校に来た。
家でに電話したら、適当に用事を言って出て行ったとバレるから、まだの居る可能性のある学校で待ち伏せをする。
ただ、爆弾…に会ってしまうかも知れないけど…に話したい事がいっぱいあった。
校門の脇に自転車を停めて、塀に寄り掛かって待つ事にした。

ほんの少し空がオレンジっぽいクリーム色に染まり掛けている。

山田君は今頃、サチ子ちゃんと洗濯をしてるのかな。

一瞬、胸からジワっと熱が広がった。それは、ドキっとするほど高い熱で、体中の産毛が逆立つみたいな感じだ。

男の子に久々にドキドキしてる。

山田君を思い浮かべて目を閉じた。

何か目標を見つけなくちゃ。置いて行かれちゃう。

あれ。
急に暗くなって、しまった。しかも、ずっと暗い。
日の光は充分明るかったのに。
せっかく考え事をしてるのに。

顔を上げたら、急に胸ぐらを掴まれてビンタされ、バチンと音がした。
誰だろう。
顔を、犯人に向けたいけど、混乱して体が上手く動いてくれない。

何が起こったのか判らないまま、二発目。

ほのかな血の臭い。
口の中を切ったんだ。
このままじゃヤバい。
とりあえず腕をあげて、肩が痛い位に勢いをつけて水平に振った。

手応えがあって、私の腕も痛んだ。

「痛っ」
声が高い。女だろうか。
犯人の胸ぐらを掴む力が弱っている。

私は犯人の胴体に目星をつけて、精一杯の蹴りを入れる。

呻き声と同時に胸ぐらが開放され、犯人が尻餅をついた。
うずくまった犯人を見る。
ここの制服を着て、髪は肩くらい。見覚えのある体格。

の元カノ…。

そう言えばこの子も、この学校だったっけ。
私を睨んでいる。おとなしい子だったのに、なんでこんな事をしたんだろう。
「謝らないんだから」
彼女が私を見据えた。
に近寄らないでよ」
私がに会いに来たと思ったらしい。
は付き合ってた時だって、を好きじゃなかったじゃない」
彼女が泣き出した。
ちょっと待って。
何でこの子に、昔のを好きじゃ無かったって言われなきゃいけないんだ。
「なんでそんな事言われなきゃいけないの」
好きじゃなかったら、あんなに苦しくなかった筈だ。
「聞いたもん。いい雰囲気になりそうだとすぐに話を変えるって」
「なんの事よ」
「好きじゃないからエッチさせないんでしょ」
は、そんな事まで話してたのか。
「好きだったよ」
「好きじゃなかった」
すごく頭がカッとするし、胃もビクビクしてる。だけど、この気持ちをどう言ったらいいのか分からない。
をもう追い詰めないで」
頭にボワっとした炎が広がった。何もしてないのに、なんで、を困らせている様に言われなくてはいけないんだろう。
今度は私が彼女をぶった。
「したがってたら、させてあげるのが、好きって事じゃないでしょう」
口が震えてうまく言えない。
彼女は頬を押さえて、私を睨んだ。
「好きなら、触ったりキスとかしたいって思うのが普通でしょ。は思わなかったんでしょ」
思い切り肩を叩きながら、泣きわめかれる。

何も言えない。

たしかに、私は、に触れたいとか思わなかったから。

彼女は相変わらず、泣きながら私を力なく叩いている。

何となく周りを見渡すと、ギャラリーが集まっていて、中年位の男性が人を分けて私達の目の前に現れた。



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