「ただいま」
玄関に入ると割下を煮込んでる匂いがした。
今日はたぶん和食だ。
「おかえりなさい。ちゃん来てるわよ」
お母さんが台所から顔だけ出して迎えてくれた。
「え」
学校の前で喧嘩したら、の耳にもそりゃあ入るだろうな。
「え、じゃないの。の部屋に通しておいたから」
「はあい」
階段を上がって自分の部屋へ向かう。
上がりきったところで、が戸を開けて出てきた。
「おかえり」
はやけに笑顔だった。
過剰な笑顔が気持ち悪い。
「私、廊下に出てるから。着替えて着替えて」
そして急かす。
余計に気持ち悪い。

部屋で、Tシャツとジャージに着替えて、再びを通した。

「彼氏おめでとう」
入るなりハイテンションで私の肩を叩いた。
いきなりの事で面食らう。
「もしかして山田君の事を言ってるの」
「そう。」
の目は爛々としてる。
「残念でした。山田君はそんなんじゃないから」
「ふうん」
は、ニヤついた表情を変えない。
「さっき、引き止めてたよね」
「なっ」

見られてたのか。

そういえば部屋の窓からは門がよく見えるんだった。恥ずかしくて、一気に首から顔が暑くなる。
「しかも、最後に振り返っちゃって」
のテンションは、かなり上がっていた。
「振り返る事くらいあるでしょ」
「だって、振り返ってから見つめあってる時間が長かったんだもん」
は人の恋愛話が好きだ。
「好きなんでしょ、山田君の事」
「好きか嫌いかで言ったら、そりゃあ勿論好きな方だけど」
「まだ抵抗するか」
確かに山田君と居ると、もっと話していたいと思うし、心臓も忙しくなる。そして、そんな体調の変化も嫌いではなくて、むしろ楽しい事だから待ち遠しくもある。

だけど、それを「好き」と言うのは早計というか…。

「好き」と思ったら、不安な日々がやってくる。
だって、強い野球部は世間からのチェックが厳しい。
私は問題児と周りに見られてるから、山田君の私に対する評価を、ものすごく気にしてしまうと思う。
それなら、ギリギリまで明るく楽しい心で居たいのだ。

「まあ、今日はこれ位にしといてあげる」
は悪人とも芸人ともとれる言葉を吐いた。
「それより、喧嘩して昨日は大変だったんじゃないの、んとこ」
「いや…別に…」
「怒られなかったの」
「うん…何も。お母さんはの事も知ってるから、こういうのはハッキリさせるのはいい事だって、逆に励まされた」
昨日は、それどころじゃなかったっていうのもあるだろう。
お父さんは昨日私が帰ってきた時には家に居らず、それからも帰って来なかった。
お母さんも、昨日はお父さんの夕飯を用意していない。

やっぱり、昨日を境に何か崩れたのかもしれない。

今までは終電に乗って、お父さんはイレギュラー以外は必ず帰ってきていたのだ。何年も。
ここ数年、ほとんどすれ違いの生活で会わなかったお父さんだけど、不思議に恨みみたいな事は余り思わなかった。
それは多分、お母さんとの関係が、上手くいってるからだ。
だから、私はきっとお母さんの肩を持つと思う。

お父さんが居なくなるのは寂しいと思うけれど…仕方のない事なのかもしれない。

、ご飯もうすぐよ」
下からお母さんの声がした。
「あ、、夕飯は」
「うん、ごちそうになる」
「たーんとお食べ」
は、急に目線を床に落として、しみじみと呟いた。
「良かった」
やっぱり、派手に喧嘩したから、も心配してたんだ。
「球場のときより元気になったじゃない」
「そんなに暗かったかな」
「なんかロンリーウルフって感じだったよ」
笑い合って、お腹が空いて、お母さんの準備を手伝いに下へ降りることにした。
「帰りは、お母さんと送るよ」
「大丈夫。迎えきて貰うから」

親が迎えに…が羨ましく思えた。


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