次の日の昼休み、山田君と話していて、視線を感じた。
女子数人で固まってこっちを見ている。私と目が合うと急に反対へ顔を背ける。
山田君は、普通に女の子から話し掛けられたりもしてるから、私が邪魔なんだろう。
この学校のお嬢様な彼女達には、私がものすごく怖い人に見えるらしい。
山田君に用があるなら、私が邪魔しては駄目だ。
「お茶買ってくるね」
席を立った瞬間、彼女達がほっとした表情を浮かべ、中でもクラス一女の子らしい子が席を立ったのが目についた。
教室から出るまで、耳を澄ました。彼女と山田君の会話が気になって仕方なくて。
「今日は私たちで掃除やるから、山田君は部活行っていいよ」
「でも…」
「うふふ。甲子園、出て欲しいもの」
そこまで聞いて、ものすごい嫌悪が込み上げてきた。

私は彼女が苦手なのだ。
美人で、性格よくて、成績よくて、気遣いも出来て、恥じらいも持ち合わせていて、それから…いいところが有り過ぎて何か気に食わない。
キレイすぎる水には魚も住めないって言うみたいに、息が詰まる。
これを「ひがみ」って言うんだろうな。
早足で自販機に向かう。頭のムシャクシャを、踏み出す足にぶつけながら余計に苛々した。

左足に何か引っかかった。
引っかかったと思ったら、バランスを崩して、床がゆっくりと迫って来ていた。
かろうじて手は着いたけど、胸やお腹に鈍い痛みが広がる。
前をろくに見ないで歩いてたからだ。

二日連続でこけるなんて…。情けなくなってくる。

「邪魔。いつまで寝てるんだよ」

しかも人が見てたなんて。

「すみません」
急いで起き上がる。
見上げると、声の主は里中君だった。

「大丈夫」
「うん…」
あらためて見ると、やっぱりキレイな顔のつくりをしている。さっき、山田君に話し掛けてた子よりもずっと。
里中君がいつも側にいるんだもの…山田君はきっと、あの子に心動かないだろう。
そう思うと、さっきまでの苛々が無くなっていた。

待てよ。
あの子になびかないって事は、私になんか、もっとなびかないじゃないか。
そうしたら、今度は絶対になびかないであろう山田君に苛々してきた。
「ありがとう」
里中君に起き上がる時に手をかして貰ったので、お礼を言って自販機までまた向かおうとした。
里中君が私の背に言葉を投げた。
「あんまり山田を振り回すなよ」
やっぱり、私は山田君を振り回しているのだろうか。



「おかえり」
教室に戻ると、山田君が声を掛けてくれた。
「ただいま」
答える私。
少し、胃の辺りでぐるぐると嫌悪が渦巻いている。
「あれ、お茶は」
結局、お茶は買う気にならず買わずに戻ってきてしまった。
「途中で飲む気がなくなっちゃった」
「大丈夫かい」
山田君の優しい言葉を聞いて、一気に切なくなって胃を締め上げられた気がした。

心配しないで。

期待して、もし引き返しの出来ない場所までいってしまったら…私はきっと、どうかしてしまう。
さん」
「優しくしないでよ」
心配そうに覗き込む山田君に、思わずポツリと言ってしまった。
「え」
山田君は、困った顔をしている。
やっぱり、私は山田君を振り回している。
どうしよう。
今は、とても嫌な女だ。
気付いたら、涙が溜まっていて、堪えてはいるのだけど、溜め切れなくなって、雨みたいに一つ二つと流れ出た。

「やっぱりまだ痛いか。派手に転んだもんな」

声のした方を見ると里中君が居た。
「保健室行った方がいいよ」
立つように促して、肩を押して私を教室から出した。

「振り回すなって言っただろ」
教室を出てから里中君が吐き捨てる様に言った。
「ごめん」
「それは山田に言ってくれよ」
それから保健室までは無言だった。
保健室に入ったら「痛いみたいなんです」とだけ言ってすぐに里中君は戻っていった。



擦りむけた膝と肘の手当てをして貰い、すぐに保健室を出たけど、山田君の居る教室に戻る気になれない。
申し訳なくて、恥ずかしくて、気まずくて。

…謝らなきゃ…。
でも、あの子と話した時の山田君を思い出すと、苛々して上手く話せなくなる。
明後日は試合を控えてるから、里中君も山田君のコンディションを心配してるんだろう。だから、初めて口をきく私にもキツい物言いをしていたんだ。

「…決めた」
一人呟いて、保健室に引き返す。
わざと息を止めて、ゆっくりと歩いた。

…………………。
口許が震えてきた。
保健室のドアは、もうすぐだ。
控え目に息を鼻から仕入れて、ゆっくりと選択した言葉を復習。
ノック二回。
「どうぞ」
「先生、くらくらします」



昨日早退して、今日も休んだ。
休むつもりはなかったけど、朝起きたらなんだか熱っぽい気がしたので休んでしまった。

体が暑くてだるい。

『伸ばして伸ばして…力が湧いてきただろう』
「…効くわぁ」
休んだ日の午前中は子供番組が楽しい。
滅多に見ないのでつい一緒に体操してしまう。
「アグラかいちゃって。オバさんみたい」
「体操してるんです」
お母さんが洗濯ものを持って入ってきた。
「交替。時代劇見るから。干して来てちょうだい」
「…お母さんもオバさんじゃん。時代劇なんて」
「私は現実を受け入れてるんです」
お母さんがチャンネルを変えて、テレビの前に正座した。

あれ。

「お母さん、顔青くない」
いつもより赤味の少ない顔色だ。
「そうかしら。別にどこも悪くないけど」
不思議そうに答えつつも画面の将軍様からは目を離さない。
「そんな事より、早く干して来てね」
9割仮病なので、お母さんは容赦ない。
階段をのっしりと上がって、お父さんの寝室の窓からベランダに出た。

洗濯物を広げながら、昔かくれんぼをしてお父さんの寝室を散らかし、怒られた事を思い出した。
こんな思い出もあるのに、離れる事になるのは辛いかもしれない。

だけど、今まではきっと愛人さんが泣いたりしてたのだろうから、今回は私たちが父から離れなければいけないのかも知れない。

そんな事を考えながらでも、洗濯物はどんどん干せるから不思議だ。


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