工場への出前が始まってから一週間程で坂田さんと一方的にだけどタメ口で話せる様になった。そして仲良く話すたびに、坂田さんに興味を持っていった。坂田さんは有望な新人らしく、一分あたり30個のジャスタウェイを軽く作れるのだそうだ。
ジャスタウェイを見せて貰った事あるけど、一体何なのか全く分からなかった。なんと言うか…ムカっと腹が立つのだ。絶対、私は部屋に置かない。悪いけど、買う人の気が知れない。この工場の悪い噂もあって、坂田さんの事を心配に思った。
「さん」
いつもみたいに台車を押して貰って、ゆったり歩きながら話し掛けられた。
「日曜はお休みですか」
「うん。定休日」
「じゃあ、日曜日この近所を案内して貰えませんか。まだこの辺の事、よく分かってなくて。」
日曜日、父が高鼾で寝ているのを横目に見て、店の戸を開けた。待ち合わせは店の前。
今日は珍しくスカートを履いてみた。たまに女らしい格好をすると照れくさい。
「おはようございます」
「あ、おは…」
坂田さんの声が聞こえたので、挨拶しようとしたけど…ギョッとした。いつもの作業服を着て来るんだもの。
「え…作業服で」
「コレしか持ってないんですよ」
「ちょっと入って」
勢いよく坂田さんを引っ張りこんで、店の中に入れる。
こちとら、生まれて初めてのデートっぽいお出かけだぜ。見栄だって持ちたい。持たせて下さい。作業服でも充分格好いいけど、やっぱりそれ以外の格好が見たい。
「今、何か着るもの持って来るから。じっとしてて」
坂田さんを入口に置いて、父の部屋に音は極力立てずに忍び込む。昨日は常連さんと遅くまで飲んでたから、ちょっとやそっとじゃ起きないと思うけど。
タンスから父の着物一式を出して、また障子をそっと閉めた。
「作業服で歩くと目立っちゃうよ。コレ貸すから、着て」
「いえ、そんな」
「返して貰うんだから、気に病まなくていいの」
無理矢理に坂田さんの腕に着物を掛けて、私は調理場に引っ込んだ。
着物を着た坂田さんは、父の着物と言うのを忘れる位、格好よく着てくれた。そんな坂田さんと一緒に歩けると思うとニヤけてしまう。
あと、一つ決心。作業服以外に着る物がない坂田さんに、服を買う。
私は、お小遣いには手を付けなかったし、本格的に店を手伝う様になってからも少しばかりの給料だけどそっくり貯金していた。使う暇や機会がないのだ。
多分、しばらく使う宛もないお金だから、少しだけ使おうと思った。
「工場からスーパーとコンビニは見えるでしょ。だから、この辺歩いてみよっか。クリーニングや薬局もあるしね」
手当たり次第に、歩いて目に入ったものは説明して歩いた。坂田さんは興味ありげに聞いてくれている。
あっという間に商店街を説明し終わってしまい、店を出てからたった三十分で今日の目的を果たしてしまった。
「坂田さん、今日、時間あるの」
「はい、休みですから」
「じゃあ、もうちょっと歩いてデパート行こう」
返事を聞く前に、私は坂田さんの手をとって引っ張る。憧れてた同い年の子のデートの模様を実践しているんだ。恥ずかしいけど、楽しい。手を握っている。デパートが見えるまで、ハイテンションを通して早足で歩き続けた。
さすがに、入る直前で手は解いたけど。
「坂田さんはどんな服が好きなの」
「…よく分からないんです」
「え」
よく分からないと言った坂田さんの顔は、異様に寂しそうで妙に引っ掛かった。そんな坂田さんを、いつもの落ち着いた顔にさせたくて、私はせめて笑顔でいる。
「あ、ねえコレ着てみてよ。見てみたいな」
黒の身体の線に沿ってゆったりするニットと、ストレートなジーンズを差し出す。きっちり値段も見ていて、今日の持ち分で収まるものだ。胸元に中指の長さ程の切り込みがあり、その部分は編み上げになっている。坂田さんが着たらさぞかし艶っぽいのだろうな。
坂田さんは試着室でもそもそしている。洋服を着る人は滅多にいないから手間取っているのか。だけど着物より動きやすいし、すぐ着られるから私は好きなのだ。
しゃっとカーテンが開いて、坂田さんが出てきた。
思った通り。坂田さんの、程よい厚みのある体型にピッタリだ。
「似合うね。」
「そうですか」
「そうだよ。それ、下のは緩いとかないの」
「ごわごわしてますけど、ずり落ちる事はないと思います」
よし来た。店員さんに照準を定めて、呼び寄せる。
「すいませーん。今着てるのこのまま買いまぁっす」
坂田さんはギョッとした顔をする。
「さん、俺、今日はそんなに持ち合わせないから両方なんて買えないですよ」
「そうなんだ。大丈夫」
「持ち逃げするんですか。僕は犯罪に手は染めませんよ」
「サラっとやばい事言わないの。私のおごり」
「えっ、亭は儲けが少ないんじゃないんですか」
「ふふふ…一服もられたいの、坂田さん」
冗談で言ったつもりだけど、坂田さんは急に黙ってしまった。それはそれで返って失礼じゃないのか。
父の着物と作業服を紙袋に入れてもらって、デパートを後にした。二人揃って洋服を着てるのは私たちしか居なくて、風景から浮いている。でも、悪目立ちじゃない。それに段突に格好いい坂田さんと並んでるので、この目立ち方なら大歓迎だ。
「さん、僕ら浮いてますよ」
坂田さんが恥ずかしそうに、囁いた。
「浮いてるんじゃなくて、キマってるんだよ」
「それって精神的にヤバいキメですか」
「違うよ、格好いいって意味。みんなジロジロみるのは、好きな物を堂々と身に着けてる私たちが羨ましいからだよ」
「さんって…とっても幸せそうですね」
今日は坂田さんが、失礼な事をバシバシ言ってくる気がする。だけど不思議に、腹立たしくない。坂田さんが少し、私に対して心を開いてくれてるという事かも知れないから。
「さん、お腹空きませんか」
「うん、空いてる。もう昼時だもんね」
「食べたいものは、ありますか」
「スパゲッティとか…食べたいな」
すぐ近くにパスタ屋があったので、私たちはさほど迷わずそこへ決めた。
店内はもう席は埋まりかけていて、私たちまでが運良くすぐ案内された。
テーブルに着いて水を出されると、坂田さんは水を一気に飲んだ。
三分と経たないでウェイトレスさんが、水と伝票をもってきた。
「お水、お注ぎ致します。ご注文はお決まりですか」
「私、ホウレン草ドリアとレモンサラダ」
すんなりメニューを言い、坂田さんを見た。決まってなかったら、取り消しをしよう。
坂田さんは、特にうろたえず、すらすらとメニューを読み上げる。
「レアチーズケーキとベイクドチーズケーキとティラミス、コーヒーフロートとジェラートの抹茶、あとミートソースのスパゲッティ」
私は目を丸くして坂田さんを見た。
「デザートは食後で宜しいですか」
「はい。」
驚き顔の私を置いて、坂田さんもウェイトレスさんも会話している。ウェイトレスさんは、不思議な注文に慣れているのだろうか。
“ありがとうございます”とお辞儀をセットに、ウェイトレスさんは厨房へ伝票を届けに去っていった。
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