今日も疲れた。
部長よ…なんで方針変更を、この時期に言い出すんだ。あれは、穴だらけだぞ。
「明日は、みんなで奴を止めよう」と打ち合わせをして、この時間。こんなのが、しょっちゅうなら堪ったもんじゃない。しょっちゅうになんて、させない。
でも…明日は、愛しい彼氏…侑士が駅まで迎えに来てくれるもんね!
誕生日に一緒に過ごせるのが、こんなに楽しみなのは、私が侑士を大好きだからだ。そんな大好きな人と付き合えてるんだもの、この際、明日からの仕事が大荒れなのは我慢しよう。
荒み半分、浮かれ半分な何とも言いがたい気分で、部屋のドアを開ける。いつもこの瞬間は、一日をやり切った気持ちで満たされる。
コートを脱いだ瞬間、違和感を感じた。
暖かい。今朝は暖房つけてないから、こんなに暖かい筈は無い。もしかして、カーテンを閉めてなかったからかな…。
とりあえず、電気をつけよう。
スイッチを押して、部屋が明るくなったら、テーブルに紙が置いてあった。
“。おかえり。今日も、お疲れさん。→クローゼット”
侑士の字。
何だ。部屋が暖かかったのは侑士が来てたからか。泥棒じゃなかった…安心した…。
クローゼットに向かえって事だよね?コートを椅子にかけて、クローゼットの前へ移動し、手をかける。
中には、ラインストーンのついたストッキングと紙。
ラインストーンのついたストッキングは、自分では中々手が出せない。ストッキングはいつか、伝線してしまうから。本当は欲しいのだけど、買うのを躊躇う。
ストッキングを手にとったら、また紙があった。
“明日、それ履いて来て。楽しみにしとる。→トイレ”
次は、トイレに何かしてるのかな?
よかった…トイレ掃除したばっかりで。
胸を撫で下ろして、トイレに入ると…トイレの蓋の上に、紙と…今、流行りの可愛らしい芳香剤が置いてあった。
“ほな、次は風呂場へ→”
今度はお風呂場…。
次は、何が来るんだろう?少し、わくわくして来た。
お風呂場…何を置いてくれたのかな。
電気を点けたら、洗面台には紙があるのが目について、入浴剤がその下に何個か置かれていた。
“近いうちに、一緒に入ろうな。→冷蔵庫”
…いやいやいや!恥ずかしいからね!?…でも、やっぱりそういう事したいのかなぁ、侑士。
どんどん、顔に熱がたまってくるのが分かる。
…冷蔵庫?何か食べるものかな…。
一人で顔を熱くして、冷蔵庫を開けた。冷気が頬に気持ちいい。
そんなに入れるものの無い冷蔵庫の中央には好きなメーカーのプリンが、真ん中に、誇らしげに陣取っていた。疲れてるから、きっと、今日は美味しい。願ったり叶ったりだ。
そして、やっぱりプリンの上には紙が乗っていた。
“やったな、。今日の夕飯(もしくは朝飯)はデザート付きや。次で最後。→本棚”
うわあ、まだあったんだ。何だろう。
急いで、本棚に向かう。
本棚には小さな箱が置いてあって、ちゃんと封筒に入ったメッセージカードも置いてあった。
まず、箱に手をかける。
中には…指輪。
ワイヤーが幾重かに巻いてあって、真ん中にアシンメトリー気味なオープンハートが上ずって存在してた。ハートを繋げているのは左右二本づつ。センスがいいと思う。
右の薬指にはめてみる。指輪の冷たさに、ぞくりとした。きちんと、ぴったりのサイズを選んでくれた事が嬉しかった。痛くないし、少し関節に引っ掛かったけど、身につけるのに問題無い。仕事中に身に付けるには、少しロックかも…。でも、仕事以外なら活躍しそう。
まだ見てないメッセージカードを手にとる。封筒の中にはシンプルな上質紙が二つ折りで入っていた。
開く瞬間、どきどきと鼓動が強くなった。早く見ないとどうにかなってしまいそう…。深呼吸で酸素確保して、紙を開いてみる。
“へ。
今年も、一つ歳が離れてまうけど、また俺も追い付くからな。また宜しゅう。
今は、指輪作るくらいしか出来へんけど…。
明日、手ぇ繋ぐ時にの指にはまってたら最高やなー…って思ったら、明日まで待ち切れなくて、今日渡しに来てもうた。
に似合う指輪は追い追い近い将来選ぼうと思う。
それまで、それ付けててくれるか?
明日、また駅で。おやすみ。
侑士。”
…手紙を読んだら、ものすごく顔が熱くなって、鼻がツンとした。
私、幸福だ…。侑士がそれぞれ置いていったものは、私が何気なく“欲しい”とか“いい”と言ったものばかりだったし、この右薬指にしっくり嵌まる指輪は手作りなのだ。これで、涙が出ない方がおかしい。
きっと、時間のやり繰りは大変だっただろう。頑張ってる侑士が作ってくれた指輪…。
金属だけどとっても暖かい光を放って、私をどうしようも無く溶かしてしまう。溶けて流れてしまったらどうしよう。
早く明日にならないかな。逢いたくておかしくなってしまいそうだよ。
幸せを感じて、二本の足で自分を支えられなくなったなら、侑士が受け止めてくれる。
【了】
2007/11/27