今日、朝練にぎりぎり間に合った慈郎君に驚いた。今までは、絶対遅刻して来てたのに!まあ、案の定、眠いのか慣れてないのか、何回かヘバってたけど。
これは、もしかすると、もしかするかも!
お昼休みに、の所へお弁当を持って向かう。
教室から、丁度、慈郎君が出て来たところだった。
「あ〜…ちゃん〜」
「慈郎君。を」
“呼んで”とお願いしようとしたら、が勢い良く駆けてきた。
「ー!うぉぇっ……なんで芥川と一緒に居るの?」
は、下ネタが苦手だ。芥川君達のAV話を昨日聞いていたそうで、嫌な顔をする。そんなに構わず、慈郎君は話し掛けた。
「あ〜…、さん〜。今日からしばらく、俺にちゃん貸してくんない?昼休みとかー…」
「は?なんでよ?」
は、私と慈郎君を交互に、訝しげに見る。いや、私をそんな目で見ても…。
「ん〜とねー…部員同士の交流ってやつ〜…?俺、今までちゃんと話した事あんまねぇC〜。代わりにアイツと食べてEから〜」
慈郎君が指で示した先に、昨日、AVについて話していた男子が居て、陽気そうに手を振ったけど、は唾を吐く振りをした。ああ、昨日の今日だから…可哀相に。
「ふーん…。大変だって話は聞いてるよ。私にシモい害が無いなら、別にいいしぃ〜」
は、慈郎君の真似をして私を見捨てた後、“頑張ってね”と私の肩に触れて、教室に引っ込んだ。もちろん、AVの男子は無視。可哀相に。私は、いきなりの慈郎君の提案に、ただただ彼を見上げる。
「ええと…慈郎君?」
「眠ぃ〜!久々に早起きしたC。ちゃん、責任とってー…」
「責任!?」
何だ、それは!そもそも朝練に遅刻しないのは、至極当然な事じゃ…。あ、慈郎君にこの常識は通用しなさげだ。
諦めと混乱を抱えた私を余所に、慈郎君は私の手首を掴んで歩き出した。
交遊棟の従業員通路を、慈郎君は当然の顔で通り抜け、パートの人達と挨拶を交わして、交遊棟の屋上に出た。
しかも、屋上だけどバス停にあるようなささやか庇があって灰皿とベンチが置かれてる。
「…こんなとこ、あったんだ」
「穴場でしょ〜。なんか、他のとこの屋上だと人いっぱい来るけど、ここならおばちゃんたちしか来ないC〜。」
「でも…ここは、パートの人専用なんじゃないの?」
「大丈夫〜。俺、おばちゃん達公認だから〜…」
慈郎君はそういって、地べたに座り込んだ。
「ちゃんも、座って〜。」
私は、慈郎君の近くに横座りをして、お弁当を開けた。一昨日から昨日にかけての余り物がひしめきあってる。そういえば、慈郎君は手ぶらだけど…。
「慈郎君、ご飯は?」
「あ〜…、これ」
慈郎君がポケットから出したものは…“カロ○ーメイト”。
「え…ちょっとちょっと…足りる?」
「足りねぇけど…無いよりマシー…。それに、学食寄る時間があれば寝てえC」
「お弁当は?」
「んー…うち、自営業だからさ〜、兄弟三人分作るの大変らしいんだよね〜…」
…いくら何でも、空きっ腹で、フルで練習したら倒れないか?もしかして、練習は最後の方しか出ないのは、そのせい?
今日のおかずは、全部昨日までで口にしたものだから、未練は無い。
「あのさ、カロ○ーメイトとお弁当、交換しない?」
「気ぃ遣わなくてEって。そしたら、ちゃんが腹減るじゃん」
「私はマネージャーだから、激しい運動は無いけど、慈郎君が大変だよ。選手なんだもん。心配させたくないなら、お弁当食べて欲しいけどな」
「Eの?」
「いーの」
「やっりぃ!いただきまーすっ」
慈郎君は、お弁当を受け取ると、えらい勢いで食べ始めた。さすがに、朝練したら、余計にお腹すくよね。
私は、カロ○ーメイトを頬張る。甘い。そして、ぱさりとする。
「慈郎君。ご飯はタッパーに詰めたり、おむすびにして持って来れる?」
「んー…多分。タッパーに詰めるくらいなら、俺でも出来そうだな〜」
「そっか。なら、おかずは私が持ってくるよ。」
「えぇ〜…?悪ぃって」
「うちのおかずは余り物のみだよ。気を使わないで。みんなの、お弁当にしても余る時だってあるんだから」
それに、たまにお母さんが詰めきれなかったおかずを、忘れてる事もある。その場合は、かなり経ってから、無惨な姿に成り果てて冷蔵庫から発見されるんだよ。
「うーん…じゃあ、ちゃんの親がいいって言ったら、お願い〜」
「わかった」
私たちは、それから少しのあいだ無言でご飯を食べて、完食した。
少しぼーっとしていたら、腿の先あたりにくすぐったい感じが…。
慈郎くんがちゃっかり、私の足を枕にしてた。
「ちょっ…慈郎君!」
私が慈郎君を退けようとすると、慈郎君は私の腕を制した。
「責任とってー…」
「へ?」
「早起きしたキッカケはちゃんだから〜…」
…むちゃくちゃじゃないか?私も、一応、二週間きちんと出て来たら、胸触られちゃうんだし…。
でも、きっと、慈郎君には通用しないんだろうなあ…。諦めよう。
「…そういえば、慈郎君の友達…を好きなの?」
慈郎君は、さっきよりいくらか小さい声になって答える。
「うん…そうだよ〜…アイツ、ドMだから〜」
「ドM?!」
「なんかね〜、さんと話したりー…、冷たくされたり気持ち悪いとか言われるとね…嬉しいんだってさ〜…」
「そうなんだ…」
そういえば、さっきの場面を思い出したら…全くめげてなかったな。
「協力してあげてるんだ?慈郎君、偉いじゃん」
エロいだけじゃないんだね。と思いながら話し掛けたら、慈郎君は既に夢の世界に旅だったようで…初めてゆっくり見た慈郎君の寝顔は、安らかそのものだった。
*………*
放課後、慈郎君は練習に出てきた。
よかった。お昼交換しておいて。
コート内の仕事は、全て後輩の子達に取られちゃうので、私は裏でドリンク作りやら、支給する為のタオル準備で忙しく動いている。
本当ならこの作業だって、二〜三人でするものなのに…。
後輩の子を怒りたいけど、怒れない。後輩に対しての怒り方が解らない。感情の爆発のさせ方が分からない、と言った方がいいかもしれない。
先輩達に怒られた事が無いから、怒っていいのかどうか…。いや、この状況は、怒ってもいいだろうと思う。思うけど…。
先輩たちなら、こんな状況を、上手く切り抜けられると思うのに。
最近、ふっと思う事がある。
後輩達は、私が怖くないから、そして先輩が怖いから、先輩達が引退してから入部したのかな…。
…今はこんなこと考えたらダメだ。
用意出来たドリンク第一陣を持って、コートに行かなきゃ。
コートにドリンクサーバーを置いて、ダッシュで物置に向かう。
やっぱり、いつもより力は入らない。お昼、カロ○ーメイトだけだし…。
あーあ…アイツらはいいよなー!重いドリンクサーバーを持たないで、カップにドリンクを注いで並べて行けばいいのだもの。
その他に、ボトルを持って来てる子には、作って用意しておくけど、準備してるのは私だしさ。
好きな人を見ていたいって気持ちは、まあ分かる。でも、義務も果たしてくれ。
神様が居るなら、いっぱいいっぱいな私を見てくれてるなら、道端に百万円落としてくれないかな。警察に届けて一割貰いたい。
「ちゃーん…」
タオル詰めをしてたら、慈郎君が居た。汗をだらだら流して。
「慈郎君。どうしたの?」
「…タオル…」
肩で息をして、慈郎君は近づいてくる。私が、用意してた中の一つを取り出して渡したら、慈郎君は気持ち良さげに顔にタオルを当てた。
「ごめんね。」
慈郎君は整いつつある呼吸を繰り返してる。
「…どうして〜?」
「用意するのが遅くて。」
「遅くないってー…今日の一番は俺だしねー…」
更に“一周早く上がったから、まだ大丈夫〜”というオマケまでつけてくれた。
え!朝練で、へばってた癖に、その成績?
「凄すぎだよ、それ!てか、朝の様子じゃ想像出来ない!」
「ありがとう。もっと褒めて〜。こういうのは早く終わらせた方が休めるからさ〜」
自分で労いの言葉を強要しちゃうのは、どうなんだろうか?そして、休む為に早く終わらせたのか。
でも、こんなに部員が居るのに一位は本当にすごい。
「見直しちゃった」
「ありがと〜」
慈郎君はまだ疲れてるみたいで、床にへたり込む。私は、タオルをつめたカゴを両脇に抱えて立ち上がる。
「じゃ、私、行くね!また戻って来るけど。」
一周差があるとはいえ、早めに持って行って、仕事を前倒しにしないと、慌てた時にミスしやすい。小走りに、コートへ向かう。
コートに着いたら、丁度二番目の子が戻ってきたところだった。
カゴをコートに置いて、また倉庫に向かおうとしたら…慈郎君が残りのカゴを持って歩いて来た。
「慈郎君!いいって」
「ついでだC」
慈郎君は、少し笑って足早にこっちに来た。今まで、そんなに話した事なかったから分からないけど、案外、気が利く子なのかも。
昨日は、一人だと言ったら「一緒に帰る」と言って、心配してくれたし。
まあ、そのあと慈郎君を背負って帰ったけれど。
昼休みは、友達の恋に協力するために、私と一緒に食べたし。
まあ、無断で私の足を枕にしたけれど。
今も、走ったから疲れてる筈なのに、タオルを持って来てくれた。
のんびりしてるけど、実は気を遣う子なのかも。
*………*
部活終了少し前、タオルを回収しに来たら慈郎君が寄ってきた。
跡部君と打ち合いをしたからか、テンションが高い。
…そういえば、打ち合い中の慈郎君、楽しそうだった。それに、頑張って無理な体制でもボールを返してた。
ああいう所を見ると、男子っていいなぁ…と思う。
「ねえ、ちゃん。帰りは昨日と同じ!?」
「うん。いつもあの時間だよ。」
「んじゃ、今日も待ってるから〜!」
「え、ちょ…ちょっと待」
私の言い分も聞かずに、慈郎君は皆の所に戻っていった。また、私に背負われるつもりなのかな。
…とりあえず、突っ立ってても埒があかないから、仕事片付けよう…。
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07/11/19
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