ああー…とうとうこの日が来てしまった…。
今、目の前には、二週間練習をサボらなかった奇跡の慈郎君が居る。
ちなみに、此処は私の部屋。私の部屋は台所に近い。悲鳴をあげれば、万が一の時にお母さんが駆け付けてくれる算段だ。
部室だといつ誰が来るか分からないし、来なくても万が一の時に助けて貰えない。
慈郎君の部屋は、勝手が分からないから候補から外した。慈郎君のお母さんには、慈郎君を担いで帰る度に会ってるので顔見知りにはなったけど。
…緊張しすぎて、余計な事ばかり考えてしまう…。
もう!きっと、こういうのは注射と一緒なんだよ。ちょっと我慢してれば、気付いた時に終わってるんだよ、きっと。
私は慈郎君に背を向けて、腕を水平にして上げた。
「……はい。」
「…ちゃん?」
「は…ははは恥ずかしいから、後ろ向かせてっ」
向かい合ったら余計に緊張する気がする。
本当は、付き合ったりしてない人に胸を触らせるのは嫌だ。それに、私は彼氏なんて甘い響きを持った役割の人が居た事もない。余計に躊躇うし、緊張する。
だけど、約束を破るのも嫌だ。それに慈郎君がこの二週間頑張ってたのを知ってる。最初はヘバってた練習もついて行けるようになったし、なんだかんだできちんと練習してる。それは素敵な事だと思う。きちんと努力してくれてる慈郎君なら、触られてもいい。
私はドキドキしながら慈郎君が触って来るのを待つ。
ところが、慈郎君は一向に触れようとしない。
恐る恐る振り返ると、慈郎君は頭を掻いていた。
「慈郎君…?」
「あー…あのさぁ、俺、もうちょっと頑張れそうだから、一ヶ月にチャレンジしてみるよ〜」
え…それって。
「更にこれから一ヶ月?」
「いや、出来ればまた二週間がいいな〜」
慈郎君は、にっこりと笑って私の頭に触れた。
「また、二週間よろしく〜」
慈郎君に触れられると、なんだか不思議な感覚が襲ってきた。
髪を通して、手が暖か過ぎる様な…きっと、こういう風に男子に触れられ馴れてない所為だと思うのだけど。
そんな私の焦りを余所に、慈郎君は撫できったとでも言う様な顔をしてから、顔の力を抜いた。
「それよりさぁー」
慈郎君は一つ欠伸をして、嬉しい申し出とスキンシップで固まってた私を見る。
「ちゃんと改まって話すの、初めてじゃない?」
「そういえば…あまりないね」
確かに。
慈郎君は、いつもお昼食べたらすぐに寝ちゃうし。帰りも夢うつつで、私はよく慈郎君を背負って帰るし。
確かに、一人で帰るよりは安全だろうから、頑張ってる。今日も、私が此処まで背負って来た。
何故か今は起きているけど。
「でしょーっ?家もこんなに近いのに、何で、今まで話さなかったんだろうね〜」
そう。私と慈郎君の家は歩いて10分位しか離れて無い。
私は七年以上、氷帝生なのに。それは多分、慈郎君も同じ筈なのに今まで疎遠だった。
「中学入るまで、私は運動部に居なかったし…友達は殆ど女の子だからじゃないかな」
「それはあるかもね〜…。なんで運動部じゃなかったのに、急にマネージャーになったの?」
「お兄ちゃんがテニス部だったから、何となく」
「あぁ、そうだったよね〜。先輩、元気〜?」
「元気、元気。」
お兄ちゃんは、かなり頑張ってる。家に居る時は素振りをしてるし、帰りが遅いのも学校以外で練習してるからだ。元々要領がよくないから、人より練習をしないと追いつけない。
それでなくても、氷帝は抜きん出るには苦労する所だ。
「そういえばさ…ちゃんは、後輩の子に仕事しろって言ってる〜…?」
「何で、また急に?」
「急に、思い出したから」
慈郎君の、柔らかい、羽毛のように軽そうな笑顔に、少し切ないような、悲しいような気分になる。
「言って…た。」
物凄く情けないけど、言って、注意して、教えて…を最初の二週間位は頑張ってやってた。何回も、何回も話し掛けて…。
だけど、彼女達に私の言った事が届いてないと気付いた時にものすごく虚しくなった。
彼女達は、聞こうとしてない。
彼女達に届くのは、彼女達の好きな人達の、練習中の掛け声だけなんだろう。
「どんなに教えようとしても、聞く耳を持たないっていうか…その内、教えてる時間が勿体なくなって、私一人で出来るだけやってるの」
「へ〜…」
慈郎君は、少し間を置いて相槌をうった後、欠伸をした。
眠いのを堪えててくれたのかな。
「もしかしてさぁ…ちゃんが、黙ってても仕事するのがいけないんじゃない?」
「え?」
「俺も、練習があっても面白くなる迄には樺地が連れてってくれるから、つい安心して寝ちゃってたんだよね〜」
…それは、樺地君は気の毒な…。
「全部やっちゃうから、仕事しなくなるんじゃない?ちょっとずつ仕事任せてみたら〜?」
慈郎君の言葉は、変な説得力がある気がする。
多分、今まで目を伏せて、避けていた事を言われたからだろう。
また、言っても通じない彼女達に向き合うのは、辛い。でも、私が教えないと、来年困るのは一年生部員と彼女自身だ。
もう一度…教育に励もうかな……。
ちょっと、今までの彼女達の様子じゃ不安だから、権力は諦められないけど。
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2008/01/09
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