−−粉が多い。市販のドリンクと同じ濃さで考えちゃダメ!−−

−−ランニング、先頭グループはラスト一周になったよ。早くタオル出して!−−

−−二人で固まらない!仕事は手分けして!!−−

−−ボール、一杯になったよ!予備カゴ持って来る!−−

−−もう皆、最後のストレッチ入ってる!タオル回収カゴ出して!貯まったら、すぐに洗濯行く!−−

後輩達は、やっぱり覚えてなかった。
聞いてるだけじゃなくて何回も実際に動かなきゃ覚えられないから、それは当たり前なんだけど。

……これが、私が諦めて何も言わなかった現状なんだ。私が作ってしまった最悪な状況。私の引退まで引きずることにならなくてホっとする反面、自分の不甲斐なさにぞっとした。

何回も、後輩達に割って入り、指令を飛ばす。
その度に、後輩は戸惑い、不服そうな表情をした。勿論、私だって指図する度に緊張した。今まで怖くて向き合えなかった人間だから。

情けない人間に指図されて苛立つ、その気持ちは分かる。
昨日まで、黙って仕事してて難無くサポートに回っていた便利な人間に指示されてるのだ。悔しいだろう。

でも、跡部君が様子を見に来てくれるのと、一週間という期限が抑止力となったのか、彼女達も投げ出したりはしなかった。

やっぱり今日は、タオル出しとドリンク出しは遅くなったし、ボールの散乱率は高かった。

だけど、こんなのにはびびってられない。
備品管理や報告業務も、おいおい教えて行かなくてはいけない。

一人で、ため息をついた。
更衣室は窓がなく、余計に気分は落ち込みそうになる。
今頃、後輩たちは洗濯室で乾燥機にタオルを放り込んでいるのだろうか。

私も着替えて、タオルの保管場所や鍵の所在を教えなくては。

Tシャツを脱いだら、見慣れた体。
数少ない私の長所、胸が目に入る。
慈郎君…。

もしかしたら、とっくに触られてたかも知れない。あの時、慈郎君が期間を延ばすと言わなかったら。

私、今のところ慈郎君以外に胸を許してない。
慈郎君が触るまでは、誰にも触らせるつもりもない。

……どうしたら、慈郎君はやる気を取り戻してくれるかな。

しばらく胸を見詰めていたけど、少し肌寒く感じたので慌てた。
後輩達を放っておいたら、余計に帰りが遅くなる。冷たいブラウスに袖を通して、急いで着替えた。

鞄を持って、洗濯室に向かう。すっかり日も落ちて、辺りは薄暗い。洗濯機のけたたましい音と、入口から明かりが漏れてるのと、誰かが立ってるのが見えた。

その人も私に気付いたらしく、こっちに来る。だんだん近くなり、ようやく認識出来た。跡部君だ。
口に人差し指を当てて「静かに」のジェスチャーをしている。

「どうしたの?」

「今日は、もう帰れ」

「何で?」

「とりあえず、あいつらの出来なさを自覚させる必要がある。そうすれば、今日みたいな態度もちったあマシになるかも知れねえぜ」

…やっぱり、気付いてた。私が相変わらずナメられてるのを。
だけど、ここまで来て仕事が出来ないのも私の責任だ。せめてタオルの保管場所は教えなくては。

「…でも、最初だけは教えなきゃ。それ位は、してあげなきゃでしょ。明日からは、口だしせず黙ってるからさ」

とりあえず、笑顔を無理して作る。

落ち込みそうな気分を誤魔化したくて、小走りをする。跡部君が制する声が聞こえたけど、聞こえない振りをして。
入口に差し掛かった時、聞きたくなかった言葉が聞こえて足を止めた。

先輩、調子づいてない?」

「うん。ムカついた」

心臓がざわめき、背中に嫌な感覚が走る。

……覚悟、していた筈。
慈郎君に指摘されてから自覚して、今日の練習中に出来た急ごしらえの覚悟だけど。
……どうしよう。動けない。足が言うことをきかない。

「そういえばさぁ、芥川先輩、来てないよね」

「あ!確かに。」

「昨日まで先輩にべったりだったのに、いきなり…で、今日は跡部先輩がいきなり先輩の味方になっちゃったじゃん。変じゃない?」

「何で?」

後輩たちは、声が大きくなっていく。

「だって…芥川先輩はまともに練習出たことなかったのに、急に出て来たら先輩にべったり。跡部先輩は今日いきなり先輩の味方してるし。変にタイミング良すぎない?」

「あ…」

「芥川先輩を捨てて、跡部先輩に取り入って…で、芥川先輩は傷心で練習に来れなかったんじゃないの?」

「えぇー?でも…先輩だよ?地味だし、美人でもないし、はっきり言ってモテるタイプじゃないでしょ」

「分かんないよ?裏じゃ何やってるか…。うちの近所のお姉さん、ブスだけど男、取っ替え引っ替えしてるし…。あ、体使ったとか?」

「嘘!?最悪じゃん」

…確かに、私は裏で権力を欲して、クビを引き合いに出して彼女達を脅そうとした。彼女達からしたら、“何してるか分からない”。その通りだ。
彼女達の算段と、実際に取ろうとした手段は違えど、私に何が言える?
自分ですべき事をせずに権力に縋ろうとしたし、その為に慈郎君に胸を引き合いに出して取り入った。そして結果的に、慈郎君が頑張ったお陰で跡部君が動いた。

…私一人じゃ、何も出来なかった。それに、気付けなかった。
その上、慈郎君に失望させて…最悪で器の小さな奴だ。
彼女達の言うような悪女と私に、どんな違いがある?
弁明する資格なんてない。

拳を作って、ずっと力を入れてた。短く爪を切り揃えても掌に食い込む。
その時、肩に手が置かれた。
誰…も、何も、廊下には跡部君しかいない。

、保管場所の鍵寄越せ」

小声で耳打ちされた。

「何で?」

「後は、俺様がやっとく。俺様に対して妙な誤解しやがって。ジローといい、あいつらといい。馬鹿にも程があるぜ、ったく」

ああ。そうだ。跡部君は被害者だ。
我らが部長が、そんな情に流されるような男だと思われて良いわけが無い。
ポケットから鍵を出して、跡部君に渡す。

「…ごめん。跡部君と慈郎君は、そんな安い男じゃないって…教えといて」

無責任だけど、ナメられてる私が説明するよりも跡部君が出ていった方が、耳を傾けて貰える。

「当たり前だ。」

鍵を受け取り、跡部君は続ける。

「…だが、ジローの誤解は、お前じゃねえと解けねえ。明日までに、お前がなんとかしろ。」

慈郎君の名前を聞いて、一瞬耳が痛くなった気がした。
失望させてしまった私が、慈郎君に会えるのか?

……いや、ケジメはつけなくては。
二度と目を合わせて貰えなくても、詰られても、嫌われても、なんとかしなくてはいけない。それだけの事に発展してしまった。
慈郎君は、テニス部の貴重な戦力。マネージャーとして、部の為にも…。
…ううん、私個人としてだって、こんなのは嫌だ。
また、一緒にお昼食べたい。仕事が片付け終わるまで、待ってて欲しい。
また、一緒に帰りたい。寝ててもいいから…。
私の弱くて間違った所を、指摘して欲しい。
慈郎君がしてくれて嬉しかった分、私も返したい。

「うん。絶対、何とかする…」

私は踵を返して、来た道を帰ろうとした。

「ああ、それと…」

跡部君が何か言いかけたので振り返る。洗濯機の音が、脱水に入ったのか一層けたたましい。
跡部君は、いつものように威厳に満ちた顔で、私をまっすぐ見据えてる。

は、安かねえと俺も思ってるぜ。ウチのマネージャー張ってんだ。もっと堂々としてろ」

跡部君が、にやりと口の端を吊り上げた。
一般的に、嫌な笑いに入るだろうけど、何だか認めて貰えてるような気がして嬉しくなった。

私も、暗がりで見えないかも知れないけど、片方の口の端だけ吊り上げて、嫌な感じで笑ってみる。

跡部君が、ふっと息を吐いて顔の力を抜いたのを確認して、私は走り出した。




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2008/03/24
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